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「大変だぁぁぁ! 魔獣が出たぞぉぉぉ!」
早朝の静寂を破ったのは、村の半鐘の音と、男たちの叫び声だった。
リリアンナは優雅にモーニングティーを飲んでいた手を止め、テラスから身を乗り出した。
「騒がしいですね。朝のニュース番組代わりですか?」
「どうやら、森から『グレートボア』が降りてきたらしいよ」
隣のテラス(距離数メートル)から、ルーカスが涼しい顔で教えてくれる。
「グレートボア?」
「巨大な猪の魔獣だね。突進力は岩をも砕き、その牙は鉄板を貫く。この辺りの村にとっては天災級の脅威だ」
「天災級……それはまずいのでは?」
リリアンナが眉をひそめると、ルーカスはふわりとテラスを飛び越え、こちらに着地した。
「安心していいよ。僕が軽く『消滅』させてくるから」
彼は指先にどす黒い闇魔法をチャージし始めた。
「待ちなさい」
リリアンナは即座にその手を掴んで止めた。
「消滅? 今、消滅と言いましたか?」
「ああ。骨も残さず塵にするのが一番手っ取り早い」
「バカをおっしゃい! 資源の無駄遣いです!」
リリアンナの目が、カネの亡者のごとく怪しく光った。
「グレートボアといえば、冬の高級食材! その肉は脂が乗って極上の味わい、毛皮は防寒具として高値で取引され、牙は工芸品になります! 市場価格で金貨十枚は下らない『歩く宝箱』ですよ!」
「……君、本当にブレないね」
「消滅させるなんて言語道断。傷を最小限に抑えて仕留めるのです。──ミナ! 出番ですよ!」
「はい師匠! スクワット二千回、ちょうど終わりました!」
裏庭から湯気を立ててミナが現れる。
リリアンナは不敵な笑みを浮かべ、二人に指示を出した。
「これより『冬の鍋用食材確保作戦』を決行します。私が作戦立案(プロット)、ミナが前衛(壁)、ルーカスが後方支援(罠)。いいですね?」
「了解です! 肉ですね!」
「……やれやれ。宰相を雑用係にするのは君くらいだよ」
ルーカスは苦笑しながらも、楽しそうに杖を取り出した。
◇
村の広場はパニックに陥っていた。
「逃げろ! バリケードが破られるぞ!」
「ダメだ、槍が通じねえ!」
村の自警団たちが必死に抵抗するが、体長三メートルはある巨大な猪──グレートボアは、鼻息荒く柵を破壊していく。
その巨体が、逃げ遅れた子供に迫る。
「危ない!」
誰もが目を覆った、その時だった。
「そこまでですわ、豚さん」
凛とした声が響き渡る。
同時に、一陣の風が吹き抜け、子供の体がふわりと浮き上がって安全圏へと移動した。
「ブギッ!?」
獲物を見失った猪が足を止める。
その視線の先に立っていたのは、腕を組んで仁王立ちするリリアンナ(農作業着姿)だった。
「お、お前さん! 逃げろ! 食われるぞ!」
村長が叫ぶが、リリアンナは扇子(農協でもらった団扇)を優雅に仰ぐだけだ。
「ご心配なく。今日の夕食のメインディッシュが配送されてきただけですので」
「はあ!?」
リリアンナは猪に向かって、挑発するように指を振った。
「さあ、いらっしゃい。脂肪たっぷりのその体、美味しく調理してあげますわ」
「ブモォォォォォッ!!」
挑発に乗った猪が、蒸気機関車のような猛スピードで突進を開始した。
地面が揺れる。
誰もがリリアンナの死を予感した。
だが、彼女は動かない。
衝突の寸前、彼女は短く命令を下した。
「ミナ、迎撃(ブロック)」
「ラジャー!!」
ドォォォォォン!!
轟音。
しかし、吹き飛んだのはリリアンナではなかった。
彼女の前に割り込んだ小柄な少女──ミナが、猪の突進を素手で受け止めていたのだ。
「ぬんっ!」
ミナは足を踏ん張り、地面を削りながらも、三トンの巨体を完全に静止させた。
「なっ……!?」
村人たちの目玉が飛び出る。
「師匠! 活きがいいです! 霜降りが期待できます!」
「よろしい。では角度調整。右へ三十度、仰角十五度で放り投げてください」
「アイアイサー!」
ミナは猪の牙を掴むと、「ふんっ!」と背負い投げの要領でブン投げた。
「ブヒィィィィ!?」
宙を舞う巨大猪。
「ルーカス、座標固定(ロック)。あそこの岩場へ誘導して」
「仰せのままに、マイ・レディ」
屋根の上で待機していたルーカスが、指先を振る。
「エアロ・ロード(風の回廊)」
空中に風のトンネルが出現し、猪の落下軌道を強制的に修正する。
猪はなす術なく滑空し、リリアンナが事前に計算した「処刑台」──尖った岩が林立するエリアへと吸い込まれていく。
「仕上げです。皮を傷つけずに、脳震盪で沈めます」
リリアンナは懐中時計を見ながら、指パッチンをした。
「今」
「グラビティ・プレス(重力圧)」
ルーカスの魔法が発動。
猪の真上だけに局所的な超重力が発生し、巨体が一気に地面へと叩きつけられた。
ズドンッ!!
岩場に激突した猪は、白目を剥いてピクリとも動かなくなった。
外傷ゼロ。
内臓破裂なし。
完璧な「活け締め」状態だ。
シン……と静まり返る広場。
リリアンナは埃を払い、満面の笑みで振り返った。
「駆除完了です。村長さん、解体は村の方にお任せしても? お肉の半分を報酬として差し上げますので」
「あ……あぁ……」
村人たちは言葉を失っていた。
素手で魔獣を止める少女。
魔法で魔獣を空飛ぶボールのように扱う男。
そして、それらを眉一つ動かさずに指揮する農作業着の美女。
「……リリーちゃん」
村長が震える声で尋ねる。
「あんたの旦那さん、作家だと言っていたが……もしかして『宮廷魔導師』とかか?」
「え?」
「それにあの娘さんも、ただの力自慢じゃねえ。伝説の『剛力一族』の生き残りか?」
誤解が加速している。
しかし、ここで否定すると「じゃあ何者だ」と怪しまれるだけだ。
リリアンナはチラリとルーカスを見た。
彼は「任せるよ」と楽しそうに笑っている。
「……ええ、まあ。主人はちょっと昔、やんちゃをしておりまして。今は引退して、静かに暮らしたいのです」
「やっぱりか! いやあ、すげえもんを見せてもらった!」
「村の英雄だ!」
「今夜は猪鍋パーティーだぞー!」
ワァァァッ! と歓声が上がる。
リリアンナは安堵の息をついた。
(よし。これで『頼れる隣人』としての地位を確立しました。多少の不審点は、猪肉の美味しさで誤魔化せるはずです)
「リリアンナ、お疲れ様」
ルーカスが屋根から降りてきて、彼女の肩を抱く。
「見事な采配だったね。君が指図する時の冷徹な横顔、ゾクゾクしたよ」
「……褒め言葉に聞こえません」
「ご褒美に、一番美味しい部位を君のために焼いてあげるよ」
「それは……まあ、悪くない提案ですね」
リリアンナは絆されそうになる自分を引き締めた。
いけない。
この男は、隙あらば餌付けしてくる。
「師匠ー! お腹空きましたー! あ、猪の牙引っこ抜いていいですか? ダンベルにします!」
「ダメです。それは売って現金にします」
騒がしくも平和な(?)日常が戻ってくる。
しかし、この一件がきっかけで、リリアンナたちの噂──『辺境に住む、魔獣を素手で狩る最強夫婦(と侍女)』の話が、風に乗って遠くへ運ばれていくことになるとは、まだ誰も知らなかった。
「さて、計算しましょう。肉の卸値と、牙の加工賃で……ふふふ、黒字ですわ!」
そろばんを弾く元悪役令嬢の笑顔は、魔獣よりも逞しかった。
早朝の静寂を破ったのは、村の半鐘の音と、男たちの叫び声だった。
リリアンナは優雅にモーニングティーを飲んでいた手を止め、テラスから身を乗り出した。
「騒がしいですね。朝のニュース番組代わりですか?」
「どうやら、森から『グレートボア』が降りてきたらしいよ」
隣のテラス(距離数メートル)から、ルーカスが涼しい顔で教えてくれる。
「グレートボア?」
「巨大な猪の魔獣だね。突進力は岩をも砕き、その牙は鉄板を貫く。この辺りの村にとっては天災級の脅威だ」
「天災級……それはまずいのでは?」
リリアンナが眉をひそめると、ルーカスはふわりとテラスを飛び越え、こちらに着地した。
「安心していいよ。僕が軽く『消滅』させてくるから」
彼は指先にどす黒い闇魔法をチャージし始めた。
「待ちなさい」
リリアンナは即座にその手を掴んで止めた。
「消滅? 今、消滅と言いましたか?」
「ああ。骨も残さず塵にするのが一番手っ取り早い」
「バカをおっしゃい! 資源の無駄遣いです!」
リリアンナの目が、カネの亡者のごとく怪しく光った。
「グレートボアといえば、冬の高級食材! その肉は脂が乗って極上の味わい、毛皮は防寒具として高値で取引され、牙は工芸品になります! 市場価格で金貨十枚は下らない『歩く宝箱』ですよ!」
「……君、本当にブレないね」
「消滅させるなんて言語道断。傷を最小限に抑えて仕留めるのです。──ミナ! 出番ですよ!」
「はい師匠! スクワット二千回、ちょうど終わりました!」
裏庭から湯気を立ててミナが現れる。
リリアンナは不敵な笑みを浮かべ、二人に指示を出した。
「これより『冬の鍋用食材確保作戦』を決行します。私が作戦立案(プロット)、ミナが前衛(壁)、ルーカスが後方支援(罠)。いいですね?」
「了解です! 肉ですね!」
「……やれやれ。宰相を雑用係にするのは君くらいだよ」
ルーカスは苦笑しながらも、楽しそうに杖を取り出した。
◇
村の広場はパニックに陥っていた。
「逃げろ! バリケードが破られるぞ!」
「ダメだ、槍が通じねえ!」
村の自警団たちが必死に抵抗するが、体長三メートルはある巨大な猪──グレートボアは、鼻息荒く柵を破壊していく。
その巨体が、逃げ遅れた子供に迫る。
「危ない!」
誰もが目を覆った、その時だった。
「そこまでですわ、豚さん」
凛とした声が響き渡る。
同時に、一陣の風が吹き抜け、子供の体がふわりと浮き上がって安全圏へと移動した。
「ブギッ!?」
獲物を見失った猪が足を止める。
その視線の先に立っていたのは、腕を組んで仁王立ちするリリアンナ(農作業着姿)だった。
「お、お前さん! 逃げろ! 食われるぞ!」
村長が叫ぶが、リリアンナは扇子(農協でもらった団扇)を優雅に仰ぐだけだ。
「ご心配なく。今日の夕食のメインディッシュが配送されてきただけですので」
「はあ!?」
リリアンナは猪に向かって、挑発するように指を振った。
「さあ、いらっしゃい。脂肪たっぷりのその体、美味しく調理してあげますわ」
「ブモォォォォォッ!!」
挑発に乗った猪が、蒸気機関車のような猛スピードで突進を開始した。
地面が揺れる。
誰もがリリアンナの死を予感した。
だが、彼女は動かない。
衝突の寸前、彼女は短く命令を下した。
「ミナ、迎撃(ブロック)」
「ラジャー!!」
ドォォォォォン!!
轟音。
しかし、吹き飛んだのはリリアンナではなかった。
彼女の前に割り込んだ小柄な少女──ミナが、猪の突進を素手で受け止めていたのだ。
「ぬんっ!」
ミナは足を踏ん張り、地面を削りながらも、三トンの巨体を完全に静止させた。
「なっ……!?」
村人たちの目玉が飛び出る。
「師匠! 活きがいいです! 霜降りが期待できます!」
「よろしい。では角度調整。右へ三十度、仰角十五度で放り投げてください」
「アイアイサー!」
ミナは猪の牙を掴むと、「ふんっ!」と背負い投げの要領でブン投げた。
「ブヒィィィィ!?」
宙を舞う巨大猪。
「ルーカス、座標固定(ロック)。あそこの岩場へ誘導して」
「仰せのままに、マイ・レディ」
屋根の上で待機していたルーカスが、指先を振る。
「エアロ・ロード(風の回廊)」
空中に風のトンネルが出現し、猪の落下軌道を強制的に修正する。
猪はなす術なく滑空し、リリアンナが事前に計算した「処刑台」──尖った岩が林立するエリアへと吸い込まれていく。
「仕上げです。皮を傷つけずに、脳震盪で沈めます」
リリアンナは懐中時計を見ながら、指パッチンをした。
「今」
「グラビティ・プレス(重力圧)」
ルーカスの魔法が発動。
猪の真上だけに局所的な超重力が発生し、巨体が一気に地面へと叩きつけられた。
ズドンッ!!
岩場に激突した猪は、白目を剥いてピクリとも動かなくなった。
外傷ゼロ。
内臓破裂なし。
完璧な「活け締め」状態だ。
シン……と静まり返る広場。
リリアンナは埃を払い、満面の笑みで振り返った。
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「あ……あぁ……」
村人たちは言葉を失っていた。
素手で魔獣を止める少女。
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「……リリーちゃん」
村長が震える声で尋ねる。
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「え?」
「それにあの娘さんも、ただの力自慢じゃねえ。伝説の『剛力一族』の生き残りか?」
誤解が加速している。
しかし、ここで否定すると「じゃあ何者だ」と怪しまれるだけだ。
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ワァァァッ! と歓声が上がる。
リリアンナは安堵の息をついた。
(よし。これで『頼れる隣人』としての地位を確立しました。多少の不審点は、猪肉の美味しさで誤魔化せるはずです)
「リリアンナ、お疲れ様」
ルーカスが屋根から降りてきて、彼女の肩を抱く。
「見事な采配だったね。君が指図する時の冷徹な横顔、ゾクゾクしたよ」
「……褒め言葉に聞こえません」
「ご褒美に、一番美味しい部位を君のために焼いてあげるよ」
「それは……まあ、悪くない提案ですね」
リリアンナは絆されそうになる自分を引き締めた。
いけない。
この男は、隙あらば餌付けしてくる。
「師匠ー! お腹空きましたー! あ、猪の牙引っこ抜いていいですか? ダンベルにします!」
「ダメです。それは売って現金にします」
騒がしくも平和な(?)日常が戻ってくる。
しかし、この一件がきっかけで、リリアンナたちの噂──『辺境に住む、魔獣を素手で狩る最強夫婦(と侍女)』の話が、風に乗って遠くへ運ばれていくことになるとは、まだ誰も知らなかった。
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