悪役令嬢の契約期間が終了です!優雅に高飛びします!

ちゅんりー

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「奥さん、これ持っていきな! サービスだよ!」

「あら、すみません。こんな立派な大根を」

「いいんだよ。旦那さん、昨日は大活躍だったじゃないか。精をつけてもらわないとね!」

翌朝。
リリアンナが村へ買い物に出ると、そこはパラダイス──もとい、奇妙な熱気に包まれていた。

行く先々で野菜や果物をタダでもらえるのだ。

最初は「魔獣退治のお礼」だと思っていた。
しかし、村人たちの視線がどうも生温かい。

「見て、あれが噂の奥様よ」

「細い体で気丈よねえ」

「あんなイケメンの旦那様を尻に敷いてるって話よ?」

ひそひそ話が聞こえてくる。
リリアンナは笑顔を張り付けたまま、八百屋の店主に尋ねた。

「あの……何か噂になっております?」

「噂も何も、昨日の宴会で旦那さんが全部話してくれたよ。あんたらの『馴れ初め』をさ」

「馴れ初め?」

嫌な予感がした。
背筋に冷たいものが走る。

「ああ。『身分違いの恋だったが、親の反対を押し切って、すべてを捨てて愛の逃避行をしてきた』んだろ?」

「……は?」

「しかも、旦那さんは元々、裏社会の殺し屋で、あんたはそれを更生させた聖女様だってな!」

「設定が盛りすぎです!!」

リリアンナは思わず叫んだ。
作家志望の設定はどうした。殺し屋ってなんだ。

「いやあ、泣ける話だよなあ。追っ手から逃げるために、こうして辺境まで流れてきたなんて……。俺たちは応援するぜ! 二人の愛を!」

店主が涙ぐみながら、カゴにオマケの山芋(滋養強壮に効く)をねじ込んでくる。

「こいつも持っていけ! 夜のスタミナは大事だからな!」

「間に合ってます! というか、夜とかありませんから!」

「照れなくていいって! 昨日の夜も、旦那さんが『妻は激しいのが好きでね』って言ってたぞ!」

「あの変態宰相ぉぉぉぉッ!!」

リリアンナは顔を真っ赤にして絶叫した。
激しいとは、主に「口喧嘩」と「金銭交渉」のことだ。
だが、この文脈では意味が完全にねじ曲がっている。

「訂正してきます! あの男、あることないこと吹き込んで……!」

リリアンナは野菜カゴをひっつかみ、猛然とダッシュした。
目指すは村の集会所。
今日、ルーカスがあそこで「子供たちの勉強を見る」と言っていたはずだ。

   ◇

「──というわけで、愛とは『奪うもの』ではありません。『契約するもの』でもありません。互いの弱さを補い合い、共に歩むことなのです」

集会所の窓から、朗々とした美声が聞こえてくる。

リリアンナが窓からこっそり覗くと、そこには即席の教壇に立つルーカスの姿があった。

村の子供たちが、目をキラキラさせて彼を見上げている。

「先生! じゃあ、先生と奥さんはどうして逃げてきたの?」

一人の少女が質問する。
ルーカスはふっと遠い目をして、窓の外(リリアンナがいる方向)を見つめた。

「彼女が……高貴な家に縛られていたからさ」

「縛られてた?」

「ああ。彼女の家はとても厳しくてね。彼女は『自由』を求めていた。でも、一人では鳥籠から出られなかった。だから僕が、彼女の手を引いて連れ出したんだ。『地獄の果てまで一緒に行こう』とね」

「キャー! ステキ!」

子供たちが歓声を上げる。

リリアンナは窓枠を握り潰しそうになった。

(嘘は言っていない……! 嘘は言っていないけれど、ニュアンスが詐欺レベルです!)

確かに家は厳しかったし、連れ出された(追いかけ回された)のも事実だが、そこにあるのは愛ではなく「執着」と「債権回収」だ。

「でもね、先生」

男の子が尋ねる。

「奥さん、いつも怒ってるよね? 先生のこと嫌いなんじゃないの?」

ナイス質問。
リリアンナは心の中で拍手した。
そうだ、子供の純粋な目で真実を見抜くのだ。

しかし、ルーカスは聖母のような微笑みを浮かべた。

「ふふ。それはね、『ツンデレ』という高度な愛情表現なんだよ」

「ツンデレ?」

「そう。『嫌い』と言いながら、僕の作ったご飯を完食してくれる。『あっちへ行け』と言いながら、僕が怪我をしたら真っ先に心配してくれる(※治療費請求のため)。彼女の言葉の裏にある愛を読み解くのが、大人の男の嗜みさ」

「へえー! 先生、大人だー!」

「教育に悪いことを教えないでください!!」

我慢の限界に達したリリアンナが、勢いよく扉を開けて乱入した。

バンッ!

「あ、噂の奥さんだ!」

「ツンデレの人だ!」

子供たちが指差す。
リリアンナは肩で息をしながら、ルーカスを睨みつけた。

「貴方ねえ! 子供たちに何を吹き込んでいるんですか! あと村の人たちにも! 殺し屋ってなんですか!」

「おや、リリアンナ。来てくれたのかい?」

ルーカスは悪びれもせず、教壇から降りてくる。

「お弁当の差し入れかな? 愛妻弁当なんて嬉しいな」

「違います! 苦情を言いに来たんです!」

「ほら見てごらん、子供たち。『違います』と言っているけれど、その手には山芋(滋養強壮)がいっぱいだ」

ルーカスがリリアンナのカゴを指差す。

子供たちが「おおー!」と納得の声を上げた。

「本当だ! 先生のために元気が出るやつ持ってきたんだ!」

「ツンデレだ!」

「ち、違……これは八百屋さんが勝手に!」

リリアンナは顔を赤くして否定するが、状況証拠が真っ黒だった。
しかも、走ってきたせいで息が上がり、頬が紅潮しているのが、余計に「恥じらっている」ように見えてしまう。

「リリアンナ、そんなに僕の体が心配かい?」

ルーカスが距離を詰める。
子供たちの手前、邪険に払いのけるわけにもいかず、リリアンナは後ずさった。

「心配なんてしていません! 貴方なんて、野垂れ死ねばいいと思っていますわ!」

「うんうん。『一生離さないで』ってことだね。わかっているよ」

「翻訳機能が壊れていますよ!?」

「僕も愛しているよ」

ルーカスがいきなりリリアンナの手を取り、甲に口づけを落とした。

「キャーーーーッ!!」

教室中が黄色い悲鳴に包まれる。
リリアンナは沸騰したヤカンのように硬直した。

「……っ、こ、この……!」

「顔が赤いよ? 熱があるのかな? 今夜は看病が必要だね」

ルーカスが耳元で「もちろん、朝まで寝かせないけどね」と囁く。

リリアンナの思考回路が焼き切れた。

「もう……知りませんッ!! 勝手にしてくださいッ!!」

彼女はルーカスの足を思い切り踏みつけると、脱兎のごとく教室から逃げ出した。

「あ、逃げた!」

「照れて逃げちゃった!」

背後で子供たちの笑い声と、ルーカスの「いてて……愛が重いなあ」という楽しげな声が聞こえる。

   ◇

リリアンナは家まで全力疾走し、テラスで膝をついた。

「ハァ……ハァ……。完敗です……」

訂正しようとすればするほど、深みにハマる。
もはや「ツンデレ」という免罪符のせいで、何を言っても「愛の裏返し」に変換されてしまうのだ。

「おかえりなさい師匠! 早かったですね!」

庭で丸太を投げていたミナが、爽やかな汗を流しながら迎えてくれる。

「どうでした? 誤解は解けましたか?」

「……いいえ。むしろコンクリートで固められました」

リリアンナは虚ろな目で空を見上げた。

「ミナ。もう諦めましょう。この村では、私は『元殺し屋の夫を更生させた、ツンデレで夜は激しい妻』として生きていくしかありません」

「よくわかりませんが、キャラ設定が濃いですね! カッコいいです!」

「カッコよくはありません。社会的死です」

リリアンナは項垂れた。
しかし、転んでもただでは起きないのが悪役令嬢だ。

「……でも、考えようによっては利用できます」

「利用ですか?」

「ええ。これだけ『おしどり夫婦』として認知されれば、もし王都から本物の追っ手(騎士団)が来た時、村人全員が私たちを匿ってくれる防壁(ガード)になります」

「なるほど! 人間の盾ですね!」

「言い方! ……まあ、そういうことです」

リリアンナは拳を握りしめた。

「ルーカスめ。私の評判を地に落とした代償は、高くつきますよ。この『愛妻家設定』、逆に利用してこき使ってやりますわ!」

「さすが師匠! 転んでも相手の足を折って起き上がる精神、勉強になります!」

リリアンナの目は死んでいなかった。
誤解されたなら、その誤解に乗っかって搾取する。
それが元・悪役令嬢の生存戦略(ライフハック)だ。

しかし、彼女の決意とは裏腹に、ルーカスの策略はさらに深く、静かに進行していた。

村の酒場では、ルーカスが村長たちと酒を酌み交わしながら、とんでもない賭けを始めていたのだ。

「へえ、あんたの奥さんが本音を言うのを聞きたいって?」

「ええ。彼女、素直じゃないから。もし彼女が『好き』と言ってくれたら、皆さんに樽酒を奢りましょう」

「乗った! 俺たちが協力して言わせてやるよ!」

知らぬ間に、リリアンナ包囲網は村全体に広がっていたのである。
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