悪役令嬢の契約期間が終了です!優雅に高飛びします!

ちゅんりー

文字の大きさ
13 / 29

13

しおりを挟む
「さあさあ奥さん! 今日は村の収穫祭の前祝いだ! どんどん飲んでくれ!」

「あら、悪いわね。でも私、お酒は強いのよ?」

「いいってことよ! 今日は旦那さんの奢りだからな!」

村の酒場『酔いどれ熊亭』は、かつてないほどの熱気に包まれていた。

村人たちの視線が、カウンター席に座るリリアンナに集中している。

彼らの目的は一つ。
ルーカスとの賭け──『奥さんのデレを引き出す』ことだ。

そのために、彼らは村一番の度数を誇る火酒『ドラゴン殺し』を、次々とリリアンナに勧めていた。

「タダ酒……ふふ、いい響きですわ」

リリアンナは機嫌よくグラスを空けた。
彼女の計算では、タダでカロリーとアルコールを摂取できるなら、夕食代が浮くので黒字である。

「ぷはーっ! 喉が焼けるようですけど、悪くない味ですね!」

「おおっ、奥さん豪快!」

「もっと持ってこい! チーズも追加だ!」

リリアンナのピッチが上がる。
少し離れたテーブル席では、スポンサーであるルーカスが、頬杖をついてその様子を眺めていた。

「……閣下、よろしいのですか?」

隣で巨大な骨付き肉をかじっているミナが尋ねる。
彼女は先ほど、村の男たちとの腕相撲大会で全勝し、賞品の肉をゲットしていた。

「リリアンナ様、ああ見えて限界を超えると記憶が飛ぶタイプですよ?」

「構わないさ。むしろ、理性のタガが外れた彼女がどんな顔を見せるか、楽しみじゃないか」

ルーカスは悪い顔で笑った。

「普段は金の話か減らず口しか叩かない彼女だ。酔えば泣き上戸になるか、甘えん坊になるか……どちらに転んでも、僕にとっては極上の肴(さかな)だよ」

「性格が悪いです……」

ミナは呆れつつ、肉に齧り付いた。

   ◇

一時間後。

酒場の空気はカオスと化していた。

「──聞いてくださいよぉ! 皆さん!」

カウンターで、出来上がったリリアンナが叫んでいる。

顔は真っ赤、目は据わり、手には空のボトルが握られている。

「あの男……ルーカスとかいう眼鏡タヌキはね! 本当に性格が悪いんです!」

「うんうん、そうだな。旦那さんは悪い男だな」

村人たちがニヤニヤしながら相槌を打つ。
これは「俺様系旦那への惚気」の前フリだと信じているからだ。

「大体ねぇ、なんであんなに執着するんですか! 私は静かに暮らしたいだけなのに! 畑を耕して、お金を貯めて、老後は年金暮らしをするのが夢なのにぃ!」

「愛されてるってことだよ、奥さん!」

「愛!? あれは愛じゃありません! ただの嫌がらせです! 私の反応を見て楽しんでるだけのドS野郎です!」

リリアンナはバン! とテーブルを叩いた。

「あーあ、嫌だ嫌だ! なんで私の人生、こんなハードモードなんですか!」

「まあまあ、そう言うなって」

「うるさいわね! ……あーあ。私だってねぇ……」

リリアンナが急に声を落とし、グラスの中の氷をカランと揺らした。

その瞳が、とろんと潤む。

「……私だって、本当は……」

「おっ? 来るか?」

村人たちが固唾を呑む。
ルーカスも少し身を乗り出した。

ついに「本当はルーカスが好き」という言葉が出るか──。

「本当は……もっと可愛げのある令嬢になりたかったんですぅぅぅ!!」

「……へ?」

予想外の言葉に、全員がズッコケた。

リリアンナはテーブルに突っ伏して、うわぁぁんと泣き出した。

「十歳ですよ!? 十歳の誕生日に『お前は今日から悪役だ』って言われて! 毎日鏡の前で『おーっほっほ!』って高笑いの練習させられて!」

「え、英才教育?」

「私だって! 本当はピンクのフリフリドレスが着たかった! リボンもつけたかった! 王子様に『君の瞳は綺麗だね』って言われたかったぁ!」

リリアンナの口から溢れ出るのは、十年間の「悪役業務」に対する怨嗟と、押し殺してきた乙女心だった。

「なのに! 現実はどうですか! 着るのは原色の派手なドレスばかり! セリフは『お黙りなさい』か『身の程を知りなさい』の二択! 目つきが悪いのは生まれつきですけど、もっとメイクで可愛くしたかったのにぃ!」

彼女は泣きながら、近くにいたルーカスを指差した。

「そこの眼鏡! あんたもそうよ!」

「僕かい?」

「そうよ! あんた、いっつも私のこと『面白い』って言うけどねぇ! 女性に対する褒め言葉として『面白い』は最下位よ! そこは嘘でも『可愛い』って言いなさいよこの朴念仁!」

リリアンナはフラフラと立ち上がり、ルーカスの胸倉を掴んだ。

「私だって……たまには、甘やかされたいんです……。計算とか、契約とか、お金とか抜きで……ただの女の子として、優しくされたいんですぅ……」

彼女の瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。

その顔は、いつもの鉄壁の「悪役令嬢」ではない。
ただの、愛に飢えた不器用な少女の顔だった。

「……うぅ……バカぁ……」

リリアンナはそのまま糸が切れたように、ルーカスの胸にコテッと頭を預けて気絶(寝落ち)した。

シン……と酒場が静まり返る。

村人たちは顔を見合わせた。

「……なぁ、今の」

「めちゃくちゃ可愛くなかったか?」

「ああ。なんかこう、守ってあげたくなるというか……」

村人たちのハートが鷲掴みにされていた。
しかし、それ以上にダメージを受けている男が一人。

ルーカスだ。

彼は胸元で眠るリリアンナを抱き止めたまま、石のように固まっていた。

ドクン。

心臓が、嫌な音を立てた。

(……なんだ、今の)

「面白い」女だと思っていた。
生意気で、金に汚くて、自分の手を噛もうとする野良猫のような存在だと。

けれど、今の無防備な涙。
「可愛いと言われたい」という切実な本音。

(……反則だろう、それは)

ルーカスは片手で口元を覆った。
耳まで熱くなっているのが自分でもわかる。

計算高い悪役令嬢が見せた、ほんの一瞬の「素」。
そのギャップ(Gap Moe)の破壊力は、国一番の策略家である彼の防御壁を、いとも容易く粉砕したのだ。

「……閣下?」

ミナが心配そうに覗き込む。
ルーカスは深呼吸をして、リリアンナを横抱き(お姫様抱っこ)に抱え上げた。

「……お開きだ。彼女を連れて帰る」

「あれ? 賭けはどうなったんだ?」

村人が尋ねるが、ルーカスは振り返らずに金貨袋をカウンターに投げた。

「君たちの勝ちでいい。今日は……僕の負けだ」

彼の声は、いつもより少しだけ低く、そして優しかった。

   ◇

夜道を歩くルーカスの腕の中で、リリアンナはすやすやと寝息を立てている。

「むにゃ……金貨……百枚……」

夢の中でも金の話をしている。
ルーカスは苦笑した。

「まったく。君には敵わないな」

彼はリリアンナの、涙で濡れた頬を指先で拭った。

「可愛いって言われたかったのか」

今まで、散々からかってきた。
彼女が強がるのを見るのが楽しかったからだ。
だが、その強がりが「演技」と「我慢」の上に成り立っていたと知ってしまった今、愛おしさが別の形へと変わり始めていた。

「言わないよ。……今はまだね」

ルーカスは夜空を見上げる。
月が綺麗だ。

「簡単に言ってやったら、君は調子に乗るからな。……でも、ピンクのドレスか。似合うかもしれないね」

独り言のように呟き、彼は腕の中の温もりを少しだけ強く抱きしめた。

リリアンナは知らない。
彼女の酒乱による失態が、最強のラスボス(宰相)を「ガチ恋」モードへとシフトさせてしまったことを。

「んぅ……ルーカス……嫌い……」

「はいはい。僕も愛してるよ」

二人の影が、月明かりの下で一つに重なる。
スローライフへの道のりは、ここに来て急激に「ラブコメ」の気配を帯び始めた。

次なる展開は、王都からの急使。
甘い雰囲気(?)を引き裂くように、現実が彼らを呼び戻す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺愛令嬢の学生生活はとことん甘やかされてます。

しろねこ。
恋愛
体の弱いミューズは小さい頃は別邸にて療養していた。 気候が穏やかで自然豊かな場所。 辺境地より少し街よりなだけの田舎町で過ごしていた。 走ったり遊んだりすることができない分ベッドにて本を読んで過ごす事が多かった。 そんな時に家族ぐるみで気さくに付き合うようになった人達が出来た。 夏の暑い時期だけ、こちらで過ごすようになったそうだ。 特に仲良くなったのが、ミューズと同い年のティタン。 藤色の髪をした体の大きな男の子だった。 彼はとても活発で運動大好き。 ミューズと一緒に遊べる訳では無いが、お話はしたい。 ティタンは何かと理由をつけて話をしてるうちに、次第に心惹かれ……。 幼馴染という設定で、書き始めました。 ハピエンと甘々で書いてます。 同名キャラで複数の作品を執筆していますが、アナザーワールド的にお楽しみ頂ければと思います。 設定被ってるところもありますが、少々差異もあります。 お好みの作品が一つでもあれば、幸いです(*´ω`*) ※カクヨムさんでも投稿中

不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる
恋愛
 フローレス侯爵家の次女のレティシアは、この国で忌み嫌われる紫の髪と瞳を持って生まれたため、父親から疎まれ、ついには十歳の時に捨てられてしまう。  孤児となり、死にかけていたレティシアは、この国の高名な魔法使いに拾われ、彼の弟子として新たな人生を歩むことになる。  レティシアが十七歳になったある日、事故に遭い瀕死の王子アンドレアスを介抱する。アンドレアスの体には呪いがかけられており、成人まで生きられないという運命が待ち受けていた。レティシアは試行錯誤の末、何とか呪いの進行を止めることに成功する。  アンドレアスから、王宮に来てほしいと懇願されたレティシアは、正体を隠し王宮に上がることを決意するが……。  呪われた王子×秘密を抱えた令嬢(魔法使いの弟子)のラブストーリーです。  ※残酷な描写注意 10/30:主要登場人物•事件設定をUPしました。  

【完結】余命半年の元聖女ですが、最期くらい騎士団長に恋をしてもいいですか?

金森しのぶ
恋愛
神の声を聞く奇跡を失い、命の灯が消えかけた元・聖女エルフィア。 余命半年の宣告を受け、静かに神殿を去った彼女が望んだのは、誰にも知られず、人のために最後の時間を使うこと――。 しかし運命は、彼女を再び戦場へと導く。 かつて命を賭して彼女を守った騎士団長、レオン・アルヴァースとの再会。 偽名で身を隠しながら、彼のそばで治療師見習いとして働く日々。 笑顔と優しさ、そして少しずつ重なる想い。 だけど彼女には、もう未来がない。 「これは、人生で最初で最後の恋でした。――でもそれは、永遠になりました。」 静かな余生を願った元聖女と、彼女を愛した騎士団長が紡ぐ、切なくて、温かくて、泣ける恋物語。 余命×再会×片恋から始まる、ほっこりじんわり異世界ラブストーリー。

冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~

白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…? 全7話です。

悪魔憑きと呼ばれる嫌われ公爵家の御令嬢になりましたので、汚名返上させて頂きます

獅月@体調不良
恋愛
フィッダ•リュナ•イブリース公爵家。 冷酷な北領土主である、 悪魔憑きと呼ばれる一族。 彼等は皆、色素の薄い白髪に血のような赤い瞳を持ち、 死者の如く青白い肌をしている。 先祖が悪魔と契約した事で、人離れした魔力を待ち、 魔法に優れた彼等は… 森深くの屋敷で暮らしていた。 …なんて、噂されていますけど。 悪魔憑きでは無く、悪魔と言うか吸血鬼ですし、 冷酷と言われますが家族愛が重い程の、 優しい人達ばかりですの。 そんな彼等を知らないなんて、 勿体無いお人間さん達ですこと。 フィッダ•リュナ•イブリース公爵家の 御令嬢として、汚名返上させて頂きますわ!! 表紙•挿絵 AIイラスト ニジジャーニー エブリスタにも公開してます

【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!ー新たなる王室編ー

愚者 (フール)
恋愛
無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! 幼女編、こちらの続編となります。 家族の罪により王から臣下に下った代わりに、他国に暮らしていた母の違う兄がに入れ替わり玉座に座る。 新たな王族たちが、この国エテルネルにやって来た。 その後に、もと王族と荒れ地へ行った家族はどうなるのか? 離れて暮らすプリムローズとは、どんな関係になるのかー。 そんな彼女の成長過程を、ゆっくりお楽しみ下さい。 ☆この小説だけでも、十分に理解できる様にしております。 全75話 全容を知りたい方は、先に書かれた小説をお読み下さると有り難いです。 前編は幼女編、全91話になります。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...