悪役令嬢の契約期間が終了です!優雅に高飛びします!

ちゅんりー

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「お達者でー! 旦那さんと仲良くやるんだぞー!」

「たまには遊びに帰って来いよー!」

「猪狩りの時は呼んでくれー!」

エデンの村人たちの温かい(そして誤解に満ちた)声援を背に、一台の漆黒の馬車が走り出した。

宰相ルーカスが空間魔法で呼び寄せた、王家専用の最高級魔導馬車である。

揺れは皆無、防音完備、内装は総ベルベット張り。

まさに走る貴賓室だ。

その車内で、リリアンナは腕を組み、ふんぞり返っていた。

「……解せません」

「何がだい?」

向かいの席で、ルーカスが優雅に脚を組んでいる。

「村人たちのあの反応です。『旦那の実家の借金トラブルを解決しに行く健気な嫁』って、どういうシナリオですか。私はただ、私が預けている銀行の金を守りに行くだけですのに」

「結果的には同じことさ。君が国を救えば、僕の『実家(王家)』も助かる。夫婦共同作業だね」

「夫婦ではありません。ビジネスパートナーです」

リリアンナはピシャリと言い放つと、懐から羊皮紙とペンを取り出した。

「さて、移動時間はもったいないので、契約の詰めを行いましょう。今回の王都行き、および業務改善コンサルティングに関する報酬についてです」

「やれやれ。君は色気より金気(かねけ)だね」

ルーカスは苦笑するが、その目は楽しそうだ。

「いいだろう。君の望みは?」

「まず、基本給として金貨五百枚。これは前払いで」

「相場の十倍だね。でも、君の能力なら安いくらいだ。承認しよう」

「次に、成功報酬。国の経済危機を回避できた場合、王立銀行の金利優遇措置と、生涯の税金免除を要求します」

「大きく出たね。まあ、国が潰れるよりはマシだ。僕の権限で決済しよう」

「最後に……」

リリアンナが言葉を切った瞬間、馬車がガタン! と大きく揺れた。

「きゃっ!?」

バランスを崩したリリアンナの体が、前へと投げ出される。

床に落ちる──と思った瞬間、たくましい腕が彼女を空中でキャッチした。

「……っと。危ないよ」

気づけば、リリアンナはルーカスの膝の上に抱きとめられていた。

いわゆる「お膝抱っこ」の状態である。

至近距離にある美貌。

甘い香水の香り。

「……路面の石を避けただけみたいだね。御者(ミナちゃん)の運転が少し荒いのかな」

ルーカスが耳元で囁く。

そう、現在、御者台には「馬より速く走れるから」という理由でミナが座っている。彼女のドライビングテクニックは物理法則を無視するため、時折こうしてGがかかるのだ。

「……離してください。体勢が不適切です」

リリアンナは顔を背けて逃れようとするが、ルーカスの腕は鉄の鎖のように腰に回されている。

「このままでいいじゃないか。狭い車内だ、君の席より僕の膝の方がクッション性がいいよ?」

「そういう問題ではありません! セクハラで追加料金を請求しますよ!」

「いくらだい? 体で払おうか?」

「現金でお願いします!」

リリアンナが叫ぶが、ルーカスは離さない。

それどころか、彼はリリアンナの首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。

「……ん。君からは、いい匂いがするね」

「し、しません! 土と大根の匂いです!」

「いいや。太陽の匂いと……ほんの少し、甘いミルクの香りがする。ずっと嗅いでいたいくらいだ」

チュッ、と首筋に唇が触れる。

「ひゃうッ!?」

リリアンナの背筋に電流が走った。

心臓が跳ね上がる。

昨夜の「デレ事件」の記憶がフラッシュバックし、顔がカァァァと熱くなる。

(ダメです! ペースを握られてはいけません! この男の毒牙にかかれば、骨まで愛(喰)い尽くされます!)

リリアンナは必死に理性を総動員した。

ときめくな。計算しろ。

この状況を打開する「損得勘定」を弾き出すのだ。

「……る、ルーカス様」

「なんだい? リリー」

「追加の条件があります」

リリアンナは震える声で、しかし瞳だけは鋭く光らせて言った。

「今回の業務期間中、私に対する『口説き行為』および『過度なスキンシップ』を禁止します。違反した場合は、一回につき罰金として金貨一枚……いえ、十枚を徴収します!」

「ほう」

ルーカスは目を細めた。

「僕の愛に値段をつけるのかい?」

「愛ではありません。精神的平穏のための防衛費です」

「なるほど。一回につき金貨十枚か……」

ルーカスは顎に手を当てて考え込む。

そして、ニッコリと、最高に魅力的な笑顔を見せた。

「安いね」

「は?」

「前払いしておくよ」

ルーカスはポケットから革袋を取り出し、ドサッとリリアンナの膝の上に置いた。

中からジャラジャラと音がする。

「ここにとりあえず、金貨百枚ある。……つまり、あと十回はキスしてもいいってことだよね?」

「なっ……計算がおかしいです!!」

「おかしくないさ。契約成立だ」

言うが早いか、ルーカスはリリアンナの顎をクイッと持ち上げた。

逃げ場のない瞳が絡み合う。

「……一回目」

唇が重なる。

首筋への挨拶代わりのキスではない。

深く、甘く、とろけるような口づけ。

「んっ……!?」

リリアンナの頭が真っ白になる。

抵抗しようとした手から力が抜け、ルーカスのシャツを握りしめてしまう。

長い、長い時間の後。

ようやく唇が離れると、リリアンナは酸欠で肩で息をしていた。

「はぁ、はぁ……! こ、この……契約違反……!」

「違反じゃないよ。代金は払った」

ルーカスはペロリと唇を舐め、妖艶に笑う。

「あと九回分残っている。……次はどうする? 王都に着くまで、まだ時間はたっぷりあるけど」

「ひぃぃぃッ!!」

リリアンナは悲鳴を上げ、金貨袋をひっつかんで馬車の隅(ドア付近)へと転がるように退避した。

「ぼったくりです! 詐欺です! クーリングオフを要求します!」

「残念ながら、特約事項に『返品不可』と書いてある(心の契約書に)」

ルーカスは楽しそうに笑いながら、追い詰めるように席を立つ。

その時。

「師匠ーッ! 見えてきましたーッ!」

天井の小窓が開き、ミナの声が降ってきた。

「王都です! なんか黒い煙が上がってますけど、大丈夫ですかね!?」

「えっ」

リリアンナが窓の外を見ると、確かに遠くの王都から不穏な煙が立ち上っていた。

「……暴動かな」

ルーカスが真顔に戻り、窓の外を睨む。

「思ったより限界が近かったみたいだね。……遊びはここまでだ」

彼はリリアンナに向き直り、手を差し出した。

「さあ、行こうかリリアンナ。君の手腕で、あの火の車を鎮火してくれ」

「……言われなくてもやります」

リリアンナはその手を取る前に、乱れた服を整え、パンパンと頬を叩いた。

「ただし! 残りの九回分は繰り越しです! 利子はつきませんので!」

「ふふ。了解した」

馬車が王都の城門を突破する。

そこには、かつての栄華を失い、書類と混乱の嵐に沈みかけた王城が待ち構えていた。

「さあ、残業(戦争)の始まりですわ!」

リリアンナの目が、『悪役令嬢』のそれに戻る。
カモ(王子)を見つけ、毟り取るための狩人の目に。
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