悪役令嬢の契約期間が終了です!優雅に高飛びします!

ちゅんりー

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王城の正門をくぐった瞬間、リリアンナは鼻を覆った。

「……焦げ臭いですわね」

漂ってくるのは、紙が燃えるような匂いと、絶望の香り。

衛兵たちは皆、死んだ魚のような目をしており、リリアンナたちの馬車を見ても敬礼さえ忘れて呆然としている。

「あらあら。たった二週間で、ここまで世紀末感が出せるなんて。ある意味才能ですね」

「感心している場合じゃないよ。急ごう」

ルーカスが先に馬車を降り、リリアンナの手を取る。
二人は足早に城内へと入っていった。
ミナも「お土産の大根」を片手に後に続く。

廊下は酷い有様だった。
書類が雪のように散乱し、どこからか食器の割れる音や、メイドの悲鳴が聞こえてくる。

「宰相閣下!? おお、閣下がお戻りになられた!」

通りがかりの文官が、ルーカスの姿を見て泣き崩れた。

「閣下ぁぁ! 助けてください! もう無理です! 殿下が……殿下が『文字が多すぎて目が回る』と言って、決裁印をサイコロにして遊び始めました!」

「……末期だね」

ルーカスは冷ややかな目で呟き、執務室への扉を蹴り開けた。

バンッ!!

「フレデリック! 遊んでいる場合か!」

部屋の中は、カオスの一言だった。

床が見えないほど積み上げられた書類の山。
その中心で、やつれ果てた金髪の青年──フレデリック王子が、暖炉に書類を投げ込んでいた。

「燃えろ……全部燃えてなくなれ……。そうすれば、僕は自由になれるんだ……」

「殿下! それは隣国との不可侵条約の原本です! 燃やさないでください!」

側近が必死に止めようとしているが、王子の目は虚ろだ。

「あ、兄上……? それに、リリアンナ……?」

フレデリックが二人(と背後のゴリラ……ミナ)に気づき、動きを止めた。

次の瞬間、彼はゾンビのような動きで這い寄ってきた。

「リリアンナぁぁぁぁッ!!」

「寄らないでください。煤がつきます」

リリアンナは扇子でピシャリと王子の顔面をブロックした。

「ひどい! でも、その冷たさが懐かしい! 戻ってきてくれたんだね! やっぱり僕のことを愛して……」

「いいえ。貴方が我が国の経済を破綻させ、私の老後資金を紙屑にしようとしていると聞いたので、資産防衛に来ました」

リリアンナは王子を足(ドレスの下の靴)でグイと押し戻し、室内を見渡した。

「……それにしても、酷い惨状ですこと。これでは仕事が回るはずがありません」

「だって! 字が細かいんだよ! 難しい言葉ばかりだし! 兄上はこれを毎日涼しい顔でやってたの!? 化け物だよ!」

「ええ、貴方の兄君は化け物ですが、それはそれとして」

リリアンナは腕まくりをした。
彼女の「業務改善スイッチ」が入った音だ。

「これより、緊急経営再建会議を行います。私はコンサルタントのリリアンナ。これより私の指示は絶対です。異論のある方は?」

「いません! 全部従いますから助けて!」

王子と側近たちが即答する。

「よろしい。ではミナ、まずは物理的な掃除から」

「はい師匠! この書類の山、全部窓から捨てますか?」

「捨ててはいけません。分類です。ルーカス、貴方は鑑定魔法で『重要書類』『不要書類』『王子の落書き』を色分けしてください」

「人使いが荒いなあ。……まあいいだろう。『オート・ソーティング(自動分類)』」

ルーカスが指を鳴らすと、部屋中の紙が嵐のように舞い上がり、三つの山に分かれた。
驚くべきことに、全体の六割が『不要書類(または落書き)』だった。

「……殿下?」

リリアンナの目が据わる。

「は、はい……」

「この『僕のかんがえた最強の騎士団』というイラスト入りの紙は、予算案ですか?」

「……気晴らしに……」

「ゴミ箱へ。次、この『ミナちゃんへのポエム』は?」

「そ、それは青春の……」

「焼却炉へ。──いいですか、まずは可視化です。業務の優先順位をつけ、不要なタスクを断捨離する。それが効率化の第一歩です」

リリアンナはテキパキと指示を飛ばした。

「側近の皆様は、稟議書のフォーマットを統一してください。殿下が読む気力を失わないよう、要点は三行以内にまとめること。専門用語は禁止、五歳児でもわかる言葉に翻訳してください」

「は、はい!」

「そして殿下。貴方は今からこの椅子に座り、私が選別した『超・重要書類』だけにハンコを押してください。内容は読まなくて結構です。私がチェック済みですので」

「よ、読まなくていいの!? ハンコ押すだけでいいの!?」

フレデリックの顔がパァッと輝く。

「ええ。貴方はただの『承認マシーン』になってください。思考停止してハンコを押す。それが今の貴方にできる唯一の貢献です」

「わかった! 僕、ハンコ押しなら得意だ!」

「ではスタート! 目標、一時間で百枚!」

「うおおおおおッ!」

フレデリックが猛烈な勢いでハンコを押し始めた。
バン! バン! バン!
そのリズムに合わせて、リリアンナが次々と書類を差し出す。

「はい次。予算承認」
「はい次。河川工事」
「はい次。ルーカスの給与三割カット案(こっそり混ぜた)」

「はい承認!」
バン!

「おっと、それは却下だ」
横からルーカスが書類をひったくる。
「油断も隙もないね、リリー」

「チッ、バレましたか」

作業は驚異的なスピードで進んだ。
ミナがものすごい速さで書類を運び、リリアンナが即断即決で仕分け、王子がハンコを押し、ルーカスが最終チェック(と魔法による修正)を行う。

その連携は、まるで長年連れ添ったチームのようだった。

数時間後。

あれほど山積みだった未決裁書類の山が、綺麗に消滅していた。

「お……終わった……?」

フレデリックが、インクで汚れた手を見つめて呆然とする。

「信じられない……。一ヶ月分溜まっていた仕事が、半日で……」

側近たちが涙を流して抱き合っている。

「これが『業務効率化』です」

リリアンナは涼しい顔で紅茶(自分で淹れた)を飲んだ。

「無駄を省き、適材適所で人を動かし、決定プロセスを簡略化する。……まあ、今回は殿下の『考える』という工程を省いたのが最大の勝因ですね」

「なんか馬鹿にされてる気がするけど、終わったからいいや!」

フレデリックは満面の笑みでリリアンナに抱きつこうとした。

「ありがとうリリアンナ! やっぱり君は最高だ! もう一度婚約を──」

「お触り禁止です。別料金が発生します」

リリアンナは扇子で防ぎつつ、冷徹に告げた。

「勘違いしないでください。これはあくまでビジネスです。今回のコンサル料、および特別手当の請求書はこちらになります」

彼女が差し出したのは、書類の山よりも分厚い請求書の束だった。

「……えっ」

「基本給に加え、深夜残業代、精神的疲労手当、ミナの筋肉使用料、そしてルーカスの魔法使用料(私が代理徴収します)が含まれております」

金額を見たフレデリックが白目を剥く。

「こ、国が買える値段……!?」

「いいえ、国家予算のほんの数パーセントです。国が滅ぶよりは安いでしょう?」

リリアンナはニッコリと微笑んだ。
その笑顔は、かつて夜会で見せた「悪役令嬢」のそれよりも、数倍邪悪で、そして頼もしかった。

「さて。王城の火消しは終わりましたが、まだ問題は山積みです」

彼女は窓の外、王都の街並みを見下ろした。

「社交界の混乱、そして……外交官の接待。これらを片付けない限り、私の完全なる資産防衛は完了しません」

「やる気満々だね」

ルーカスが隣に立つ。

「君がその気なら、僕も全力でサポートするよ。……『偽の婚約者』としてね」

「……その設定、まだ生きてるんですか?」

「村での既成事実は、王都でも有効だよ。さあ、次は外交官との晩餐会だ。君の悪役スキルと、僕の話術で、他国の狸親父たちを黙らせてやろう」

リリアンナは溜息をつきつつも、覚悟を決めたように扇子を閉じた。

「仕方ありませんね。乗りかかった船……いえ、乗りかかった泥舟です。沈む前に、金目のものをすべて回収して脱出しますわよ!」

こうして、王城の機能は回復した。
だが、リリアンナの戦いはまだ終わらない。
次は、他国の外交官が集まる晩餐会。
そこで彼女は、再び「悪役令嬢」としての仮面を被ることになる──ただし今度は、国を守るための「最強のヒール」として。
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