悪役令嬢の契約期間が終了です!優雅に高飛びします!

ちゅんりー

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「……星が綺麗ですね」

王城の広いバルコニー。
夜風が心地よく吹き抜ける中、リリアンナは手すりに寄りかかり、夜空を見上げた。

隣にはルーカスがいる。
彼はリリアンナのために用意した特製ソルベ(シャーベット)を片手に、その横顔を愛おしそうに見つめていた。

「君の方が綺麗だよ」

「……そのセリフ、本日五回目です。聞き飽きました」

「本当のことだから仕方ないだろう。……あーん」

「自分で食べます!」

リリアンナはスプーンを奪い取ろうとするが、ルーカスはひょいと避ける。

「ダメだ。これは『宰相による特別給仕』というオプションだ。君の手は汚させない」

「過保護すぎます。……んむ」

結局、口を開けてソルベを放り込まれる。
甘酸っぱい冷たさが口の中に広がり、晩餐会での緊張を解きほぐしていく。

(……悔しいですが、美味しいです)

リリアンナは心の中で負けを認めた。
この男、ムカつくが気遣いは完璧なのだ。

二人きりの静寂。
遠くから漏れ聞こえる舞踏会の音楽。

(……なんだか、調子が狂いますわ)

いつもなら「金よこせ」「嫌だ」の応酬なのに、今夜のルーカスは妙に真剣だ。
先ほどのダンスでの「世界中を敵に回しても」という言葉が、まだ胸の奥で燻っている。

その時だった。

「──見つけたぞ、このアマ!」

ロマンチックな空気を切り裂く、下品な怒声。

バルコニーの入り口に、数人の男たちが立っていた。
先頭にいるのは、晩餐会でリリアンナに恥をかかされたガルド大使だ。
その背後には、護衛という名の屈強な傭兵たちが控えている。

「あら。ゴミ掃除をしたはずなのに、まだ残っていましたの?」

リリアンナはソルベを飲み込み、冷ややかに振り返った。

「ガルド大使。会場から逃げ出した負け犬が、何の用です?」

「黙れ! よくも公衆の面前で恥をかかせてくれたな!」

大使は顔を真っ赤にして唾を飛ばした。

「ただで済むと思うなよ。ここは人目につかないバルコニーだ。宰相ともども、痛い目を見せてやる!」

「ほう」

ルーカスがスプーンを置いた。
その瞳から感情が消え、絶対零度の殺気が漏れ出す。

「僕の婚約者に手を出そうとは……。ガルド大使、宣戦布告と受け取っていいのかな?」

「ふん! 所詮は文官上がりの宰相だろう! 私の部下は戦場帰りのプロだ。お前たちなど、悲鳴を上げる暇もなく──」

大使が部下に目配せをする。
傭兵たちがニタニタと笑いながら、剣やナイフを抜いてにじり寄ってきた。

「へへっ、綺麗な姉ちゃんじゃねえか」

「宰相サマの前で可愛がってやるよ」

下卑た言葉に、リリアンナの眉がピクリと動く。
恐怖ではない。
不快感と、そして「哀れみ」で。

「……ルーカス様」

「なんだい?」

「私のドレス、汚したくありませんの。……『掃除』をお願いしても?」

「お安い御用だ。闇魔法でミンチに……」

ルーカスが指を鳴らそうとした、その瞬間。

ヒュンッ!!

何かが凄まじい速度で飛んできた。

ガッ!!

「ぐべっ!?」

先頭の傭兵の顔面に、銀色の円盤が突き刺さった──いや、めり込んだ。
傭兵は白目を剥いて、人形のように吹き飛んだ。

「な、なんだ!?」

大使が悲鳴を上げる。
地面に落ちてカラカラと回っているのは、ただの『銀のお盆』だった。

「お食事中失礼いたします~☆」

バルコニーの手すりを乗り越えて(三階なのに)、一人の給仕服の少女がスタッと着地した。
フリフリのエプロンドレスに身を包んだ、小柄で可憐な少女。

しかし、その腕には丸太のような太さの『ローストビーフの塊(骨付き)』が抱えられていた。

「み、ミナ……?」

リリアンナが目を丸くする。

「はい! 給仕係(潜入中)のミナです! デザートのおかわりをお持ちしました!」

ミナはニコニコと笑いながら、傭兵たちの前に立ちはだかった。

「な、なんだこのガキは! やっちまえ!」

残りの傭兵たちが襲いかかる。
大人の男が三人、剣を振りかぶって少女に斬りかかる。
普通なら惨劇になる場面だ。

だが。

「ふんっ!」

ミナは手に持っていたローストビーフ(鈍器)を一閃した。

ドゴォォォォン!!

肉塊が剣をへし折り、そのまま傭兵たちの胴体を薙ぎ払った。

「がはっ!?」
「ぶべっ!?」

プロの傭兵たちが、ボーリングのピンのように宙を舞う。
壁に激突し、絵画のように張り付いてずり落ちた。

「……えっ?」

ガルド大使が腰を抜かす。

「お、おい……嘘だろ……?」

「お肉はよく焼いた方が美味しいですよね!」

ミナは爽やかに言い放つと、今度は大使に向かって一歩踏み出した。

「ひ、ひぃぃッ! 来るな! 私は外交官だぞ! 不逮捕特権が──」

「物理法則(マッスル)の前では平等です!」

ミナが大使の襟首を片手で掴み上げ、軽々と宙に吊るした。

「師匠! どうしますか? 星にしますか? それとも地面に埋めますか?」

「……埋めると掃除が面倒ですね」

リリアンナは扇子を開き、優雅に大使に近づいた。

「ガルド大使。……いえ、元・大使」

「な、何を……」

「先ほど、貴方の部下が抜剣しましたね? 王城内での抜剣、および宰相への襲撃未遂。これは立派なテロ行為です」

リリアンナの冷徹な声が、夜風に乗って響く。

「これにより、貴方の外交官特権は剥奪されます。さらに、この騒ぎを私が大声で叫べば、会場にいる各国の要人たちが証人となるでしょう。『ガルド帝国はテロ国家だ』とね」

「ま、待ってくれ! 金なら払う! だから……!」

「お金? もちろんいただきますわ」

リリアンナはニッコリと微笑んだ。

「慰謝料、口止め料、ドレスのクリーニング代(精神的汚れ)、そしてミナの特別ボーナス。……締めて金貨一千枚。今すぐ誓約書にサインなさい」

「い、一千枚!? そんな金……!」

「払えないなら、ミナ。……『高い高い』をして差し上げて」

「ラジャー! 成層圏まで行きますよー!」

ミナが構える。
本気だ。この娘は本当にやる。

「か、書く! 書きますぅぅぅ!!」

大使は泣きながら懐から小切手帳を取り出し、震える手でサインをした。

「……はい、確かに」

リリアンナは小切手を受け取り、満足げに懐へしまった。
そして、冷たい目で見下ろす。

「二度と私の前に顔を見せないこと。……失せなさい」

「ひぃぃぃぃッ!」

解放された大使は、這いつくばって逃げ出した。
気絶した部下たちを置き去りにして。

「……やれやれ。騒がしいデザートだったね」

一部始終を見ていたルーカスが、感心したように拍手をした。
彼は魔法を使うまでもなかった。

「ミナちゃん、ナイスマッスルだ。特別ボーナスとして、王家の食料庫の鍵をあげよう」

「本当ですか!? 牛一頭丸ごと食べていいですか!?」

「いいよ。好きなだけ食べなさい」

「やったー! 一生ついていきます!」

ミナが歓喜の舞(筋肉ポーズ)を踊る中、リリアンナは大きく息を吐いて手すりに寄りかかった。

「……疲れました」

「お疲れ様。でも、君の采配は見事だったよ」

ルーカスが隣に来て、リリアンナの肩に自分のジャケットをかける。

「暴力(ミナ)と権力(僕)と経済力(君)。……この三つが揃えば、無敵だね」

「物騒なトライアングルですこと」

「どうだい? このまま三人で世界征服でもしてみるかい?」

ルーカスが冗談めかして言う。
だが、リリアンナはその言葉に、妙なリアリティを感じてしまった。

この男となら。
そしてこの弟子となら。
本当に世界を征服して、全ての通貨を独占することも可能かもしれない。

(……いけません。思考が侵食されています)

リリアンナは首を振った。

「お断りです。私は田舎に帰って、平和に暮らすんです」

「まだ言うのかい?」

「当然です。……でも」

リリアンナは空を見上げたまま、小さく呟いた。

「……たまには、こういう刺激的な夜も、悪くはない……かもしれません」

「……!」

ルーカスが目を見開く。
リリアンナは慌てて付け加えた。

「あ、あくまで『たまには』です! 臨時ボーナスが入ったからです! 深い意味はありません!」

「ふふ。わかっているよ」

ルーカスは愛おしそうに彼女の髪を撫でた。

「今はそれでいい。……少しずつ、君の日常に僕を侵食させていくから」

「怖いです! 通報しますよ!」

「僕が警察トップだけどね」

二人が笑い合った時、バルコニーの下から新たな悲鳴が聞こえてきた。

どうやら逃げ出した大使が、庭の噴水に落ちて溺れているらしい。

「……ミナ。助けてあげなさい。死なれると小切手が不渡りになります」

「はい師匠! 救助(物理)してきます!」

ミナが手すりからダイブする。

騒がしくも痛快な夜。
リリアンナの「王都出張」は、大成功(大黒字)のうちに幕を閉じようとしていた。

……しかし。
運命は彼女をそう簡単には逃がしてくれない。
翌日、王城に「予期せぬ来訪者」が現れることで、物語は新たな局面へと突入する。
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