悪役令嬢の契約期間が終了です!優雅に高飛びします!

ちゅんりー

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晩餐会での「外交官撃退(および物理的制裁)」から一夜明け。

王城の執務室では、リリアンナが優雅に電卓(魔導計算機)を叩いていた。

「……ふふ。素晴らしい。昨夜の慰謝料と口止め料だけで、向こう三年の生活費が確保できましたわ」

彼女の目の前には、ガルド大使から巻き上げた小切手と、各国の要人から贈られた「お近づきの印(賄賂)」が山積みになっている。

「これで心置きなく田舎に帰れます。ミナ、荷造りは済みましたか?」

「はい師匠! 王家の食料庫から頂いた乾燥肉も、樽ごと詰め込みました!」

「よろしい。では、ルーカスに別れの挨拶をして、さっさと撤収しましょう」

リリアンナが席を立とうとした、その時だ。

ガチャリ。

重厚な扉が開き、この部屋の主であるルーカスが入ってきた。
彼はリリアンナの荷物(と肉の樽)を一瞥し、眉を下げた。

「……つれないな。もう帰る支度かい?」

「当然です。契約通りの業務は完遂しました。王子はハンコ押しマシーンとして再起動しましたし、外交官たちは私のドレスを見ただけで震え上がるようになりました」

リリアンナは胸を張る。

「私の仕事は終わりです。あとは貴方の手腕で国を立て直してください」

「君がいなくなったら、またフレデリックが発狂するかもしれないよ?」

「その時は追加料金で『叱咤激励(罵倒)ボイス』を録音した魔石を送ります」

「商魂たくましいね」

ルーカスは苦笑しつつ、リリアンナに近づいてくる。
その足取りが、いつになく重く、そして真剣な気配を帯びていた。

「リリアンナ。……少し、二人で話せないか」

「二人で? 今もそうですが」

「ミナちゃん」

ルーカスが視線を送る。
ミナは察しが良い(というより餌に弱い)ので、即座に反応した。

「あ! 私、廊下の警備(つまみ食い)をしてきます! どうぞごゆっくり!」

バタン!
ミナが風のように退出し、広い執務室には二人だけが残された。

静寂が落ちる。
リリアンナは、なぜか居心地の悪さを感じて扇子を握りしめた。

(……なんですの、この空気は)

いつもの軽口や、ふざけた掛け合いが始まらない。
ルーカスは机に寄りかかり、リリアンナをじっと見つめている。
その瞳は、獲物を狙う猛禽類のものではなく、もっと深く、熱い何かを宿していた。

「……リリアンナ」

「な、なんです? 追加の報酬なら値引きしませんよ」

「金の話じゃない。……昨夜のダンスの時、言ったことを覚えているかい?」

『世界中を敵に回してでも、君を手に入れたい』

リリアンナの脳裏に、あの時の熱い囁きが蘇る。
彼女は動揺を隠すように顔を背けた。

「……ダンスの演出でしょう? 周囲に見せつけるための」

「違う」

ルーカスが否定する。
彼は一歩踏み出し、リリアンナの手を取った。

「演技じゃない。演出でもない。……僕は、本気で君を欲しているんだ」

「……っ」

「最初は面白半分だった。君の強欲さと、その裏にある不器用な優しさが、退屈な日常のスパイスになると思ってね」

ルーカスはリリアンナの手を引き寄せ、自分の胸に当てた。
ドクン、ドクンと、規則正しくも強い鼓動が伝わってくる。

「でも、気づけば目が離せなくなっていた。君が笑うと嬉しい。君が怒ると楽しい。君がいなくなると……世界から色が消えたように寂しい」

「ポ、ポエムですか? 王子の悪影響を受けてますよ」

リリアンナは茶化そうとするが、声が震えてしまう。

「笑ってくれてもいい。でも、これは紛れもない本心だ」

ルーカスはリリアンナの顎に指をかけ、優しく上を向かせた。
逃げ場のない紫水晶の瞳が、彼女を射抜く。

「リリアンナ。スローライフもいい。田舎で静かに暮らすのも悪くない。……でも、その隣に僕がいちゃダメかな?」

「……貴方は、宰相でしょう。国の要です」

「辞めてもいいよ」

さらりと、とんでもないことを言った。

「なっ……!?」

「君が王都を嫌うなら、僕も引退してエデンの村に行く。あそこで君と畑を耕し、下手くそな料理を作り、喧嘩しながら年老いていく。……それこそが、僕にとっての『理想郷(エデン)』だ」

リリアンナは言葉を失った。
この男、本気だ。
国よりも、地位よりも、リリアンナとの生活を選ぼうとしている。

計算高い悪役令嬢としての脳が警鐘を鳴らす。
『損得勘定で考えなさい。宰相の座を捨てるなんて、資産価値の暴落よ』と。

しかし、彼女の心臓(ハート)は別の答えを出していた。
『嬉しい』と。

「……バカなこと、言わないでください」

リリアンナは涙声で呟いた。

「宰相が抜けたら、この国は終わりです。私の資産も紙切れになります。だから……」

「だから?」

「……だから、貴方はここで働きなさい。私は、その……たまには、顔を見せに来てあげてもいいですから」

精一杯の譲歩。
あるいは、事実上の陥落宣言。

ルーカスの表情が、パァッと輝いた。

「リリアンナ……!」

彼は愛おしそうに彼女を抱きしめようとした。

「──失礼いたしますわ!」

その時。
空気を読まない高らかな声と共に、扉がバーンと開かれた。

「あら? お取り込み中でしたか、ルーカス様?」

二人が弾かれたように離れる。
入り口に立っていたのは、豪奢なピンクのドレスを着た、金髪縦ロールの令嬢だった。

扇子で口元を隠し、コテコテの「お嬢様」オーラを放っている。

「……エ、エリーゼ?」

ルーカスが嫌そうな顔をした。

「ええ、お久しぶりですわ! 公爵令嬢エリーゼ・フォン・ローゼンバーグ、留学先より帰国いたしました!」

彼女は室内に入ってくると、リリアンナを一瞥し、フンと鼻を鳴らした。

「そちらの地味な方は、新しい秘書か何かですの? ……まあいいですわ。ルーカス様、お約束通り、私の『婚約者』になっていただきますわよ!」

「は?」

リリアンナとルーカスの声が重なった。

「約束? そんな覚えはないが」

「お忘れですか? 五年前、私が留学する際におっしゃったではありませんか。『君が立派なレディになって戻ってきたら、考えてやる』と!」

「それは『断り文句』だ。社交辞令だよ」

「いいえ! 私はそれを糧に、地獄の淑女教育に耐えてきたのです! 今の私は完璧(パーフェクト)なレディ! さあ、その泥臭い女を追い出して、私と愛を育みましょう!」

エリーゼはリリアンナに向かって、ビシッと扇子を突きつけた。

「そこの貴女! 手切れ金を差し上げますから、即刻退場なさい!」

「……手切れ金?」

リリアンナの瞳が、チャリンと音を立てて金貨マークに変わった。

「いくらです?」

「リリアンナ!?」

ルーカスが叫ぶ。

「ええっと、金貨百枚くらいでしてよ!」

「安いですね。桁が二つ足りません」

リリアンナは冷たく一蹴した。

「それに、私は秘書ではありません。……彼の、債権者です」

「さ、さいけんしゃ……?」

「ええ。この男には多額の貸し(精神的苦痛と労働対価)があります。それを回収するまで、誰にも渡すつもりはありませんわ」

リリアンナはルーカスの腕をガシッと掴み、エリーゼを睨み返した。
それは恋敵への嫉妬というより、自分の所有物(金づる)を守る番犬の目だったが、ルーカスにとっては最高のご褒美だった。

「……ふっ。そうか、僕は君のものか」

ルーカスは嬉しそうに笑い、リリアンナの腰を引き寄せた。

「聞いた通りだ、エリーゼ嬢。僕は彼女に心も体も(財布も)握られている。残念だが、君の入る隙間はないよ」

「なっ……なななっ!?」

エリーゼは顔を真っ赤にしてプルプルと震えた。

「わ、わたくしをコケにして……! ただで済むと思って!? お父様に言いつけてやりますわ!」

「どうぞ。ちなみに君のお父上の横領疑惑ファイル、ここにあるけど見る?」

ルーカスが書類をチラつかせると、エリーゼは「ひぃっ!」と悲鳴を上げて後ずさった。

「お、覚えてらっしゃい! 次はもっと凄い手土産を持ってきますわ!」

捨て台詞を残し、嵐のように去っていくエリーゼ。

「……やれやれ。騒がしいのが増えたな」

ルーカスが溜息をつく。
しかし、リリアンナはニヤリと笑っていた。

「あら、いいカモ……いえ、お客様ではありませんか。彼女、お金持ちそうですし」

「……リリアンナ?」

「ルーカス。私、決めました」

リリアンナは高らかに宣言した。

「田舎に帰るのは延期します。……この王都で、貴方の横にいて、襲い来る『自称婚約者』たちから貴方を守って差し上げますわ」

「守る?」

「ええ。撃退料は、一件につき金貨五十枚でどうです?」

「……ははは!」

ルーカスは腹を抱えて笑った。

「最高だ。やっぱり君は、僕の運命の人だ」

「勘違いしないでください。ビジネスです」

「わかっているよ。……契約更新だね、パートナー」

二人は握手を交わした。
その手は、契約書以上の強い絆で結ばれていた。

しかし、この「ライバル登場」は、これから始まる「婚約者選定バトルロイヤル(物理)」の序章に過ぎなかったのである。
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