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「次の方、どうぞー」
王城の宰相執務室前。
そこには、まるで人気スイーツ店の行列のような光景が広がっていた。
色とりどりのドレスを着た令嬢たちが、ずらりと並んでいるのだ。
彼女たちの目的はただ一つ。
「独身」と公表された(※リリアンナとの関係はまだ公式には曖昧)宰相ルーカスの座を射止めること。
そして、その行列の最前線にデスクを構え、事務的な声で案内しているのは──リリアンナである。
「エントリーナンバー5番、伯爵令嬢マリアンヌ様ですね。志望動機は?」
「る、ルーカス様をお慕いしております! 幼い頃、一度だけ微笑みかけてくださったのが忘れられなくて!」
「はい、よくある『勘違い系』ですね。審査料として金貨五枚いただきます」
「審査料!?」
「当然です。宰相閣下への謁見にはコストがかかります。お支払いが無理なら、お引き取りを」
「は、払います! 払えば会えるのですね!?」
チャリン。
リリアンナの手元の金庫に金貨が吸い込まれていく。
「では、第一関門『書類選考』です。こちらの用紙に、実家の資産状況、借金の有無、過去の異性交遊歴をすべて記入してください。虚偽申告は即失格、および詐欺罪で告発します」
「そ、そんなことまで書くのですか……?」
「閣下は潔癖ですので。──はい次の方ー」
リリアンナは涼しい顔で列を捌いていた。
その手際は、熟練の役所窓口職員そのものだ。
執務室の中から、その様子をマジックミラー越しに見ているルーカスは、深い溜息をついた。
「……ミナちゃん」
「はい! ここにいます! このクッキー美味しいですね!」
護衛として室内にいるミナが、口をもぐもぐさせながら答える。
「君の師匠、僕を『見世物小屋の珍獣』か何かだと思っていないかい?」
「いえ、師匠は『閣下は金の生る木です。揺らせば揺らすほど落ちてきます』と言っていました」
「……あながち間違っていないのが悲しいね」
ルーカスは苦笑しつつ、リリアンナの働く姿(金儲け姿)を愛おしそうに見つめた。
普通の令嬢なら嫉妬して排除しようとするだろうが、彼女はライバルたちを「集金システムの一部」として利用している。
その強欲さが、たまらなく頼もしい。
その時、廊下から黄色い悲鳴が上がった。
「きゃあ! わ、私は認めませんわ! こんな受付!」
行列をかき分けて現れたのは、儚げな美貌を持つ令嬢だった。
白い肌、濡れたような瞳。
守ってあげたくなるような「薄幸の美少女」系だ。
「私は子爵令嬢ソフィア。……ゴホッ、ゴホッ! ルーカス様に……一目お会いしたくて……」
彼女はハンカチで口元を押さえ、よろめくようにリリアンナのデスクに手をついた。
「体が弱くて……いつ死ぬかもわからない私の……最後の願いなのです……ゴホッ」
周囲の令嬢たちがざわめく。
「まあ、可哀想に……」
「先を譲ってあげるべきかしら……」
同情ムードが漂う中、リリアンナは無表情でマスク(布切れ)を装着した。
「感染症の疑いあり。ミナ、隔離病棟へ搬送して」
「えっ」
ソフィアの咳が止まった。
「い、いえ、これは持病の……」
「持病ならなおさら、国家の中枢である宰相府に持ち込むのはバイオテロ行為です。はい、医療費と搬送費、あわせて金貨二十枚の前払いでお願いします」
リリアンナは請求書を突きつけた。
「そ、そんな……! 人の心はないのですか!」
「心はありますが、ウイルスへの耐性はありません。さあ、払うのですか? 払えないなら帰って寝てなさい」
「くっ……! 覚えてらっしゃい!」
ソフィアはハンカチを投げ捨て、健康そのものの足取りでスタスタと去っていった。
「……あいつ、仮病だったのか」
「騙されたわ!」
周囲の空気が一変する。
「はい、次の方ー」
リリアンナは動じない。
次に現れたのは、派手なドレスを着たグラマラスな美女だった。
「ふふん。子供騙しは終わりね。私は男爵令嬢ジェシカ。……武器は、これよ」
彼女はバサッと扇子を閉じると、胸元を大きく強調するポーズをとった。
強烈なフェロモン攻撃だ。
「ルーカス様は、大人の女性がお好みのはずよ。貴女のようなお子様体型とは違うの」
ジェシカはリリアンナの胸部(慎ましやか)を憐れむように一瞥した。
これは怒るか。
ルーカスが心配して腰を浮かせかけた、その時。
「ふむ」
リリアンナは真顔で、ジェシカの胸元を定規で測り始めた。
「な、なによ!?」
「露出面積30%……。甘いですね」
「は?」
「閣下の過去の女性遍歴データ(捏造)によれば、彼が反応するのは『チラリズム』であり、ただ肉を出せばいいというものではありません。貴女のそれは『精肉店の陳列』です」
「せ、精肉店ですってぇ!?」
「それに、その香水。……『魅惑のローズ』ですね? 成分が強すぎて、閣下の敏感な鼻には毒ガス扱いです。公害防止条例違反で罰金です」
「キーッ! もういいわよ! あんたなんかじゃ話にならない! ルーカス様を出して!」
ジェシカが強引に執務室のドアを開けようとする。
「実力行使ですか。……ミナ、つまみ出して」
「ラジャー!」
室内にいたミナが飛び出し、ジェシカを俵担ぎにした。
「キャーッ! 何よこのゴリラ!」
「ゴリラではありません! 乙女です! さあ、出口まで空中散歩ですよー!」
「離してぇぇぇぇ!」
ジェシカの悲鳴が遠ざかっていく。
残された令嬢たちは、完全に戦意を喪失していた。
「……他に、挑戦者は?」
リリアンナが氷の微笑みで問いかけると、令嬢たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「あら、もう終わり? 本日の売上、目標に届いていませんのに」
リリアンナは残念そうに金庫を閉じた。
そこに、ルーカスがパチパチと拍手しながら出てくる。
「お見事。最強の門番だね」
「門番ではありません。集金係です」
リリアンナは売上金を数えながら答える。
「しかし、どの方も根性が足りませんわ。悪役令嬢として十年耐え抜いた私のメンタルに比べれば、豆腐のようなものです」
「君と比べちゃ可哀想だよ。君は鋼鉄……いや、オリハルコン級だからね」
ルーカスはリリアンナの肩を抱き、耳元で囁く。
「でも、少しは嫉妬してくれなかったのかい? 僕が他の女性に言い寄られているのに」
「嫉妬? ……そうですね」
リリアンナは手を止めた。
少し考えるように小首を傾げる。
「もし、私より稼げる女性や、私より計算高い女性が現れたら……その時は、危機感を覚えるかもしれません」
「金勘定の話かい?」
「ええ。貴方は優良物件(金脈)ですから。他の投資家に奪われるのは損失です」
リリアンナはあくまで「ビジネス」を強調する。
だが、その耳がほんのりと赤いことを、ルーカスは見逃さなかった。
「素直じゃないな。……まあいい。今日はもう閉店だ」
ルーカスは執務室のドアに『本日終了・妻が怖いので帰ります』という札をかけた。
「妻じゃありません」
「予約済み、ということにしておいてくれ。さあ、稼いだ金で美味しいものでも食べに行こう」
「奢りですか?」
「もちろん。君の稼ぎは君のもの、僕の稼ぎも君のものだ」
「……ジャイアン理論の逆バージョンですね。悪くありません」
二人は腕を組んで廊下を歩き出す。
ミナも「ご飯! ご飯!」と嬉しそうについてくる。
自滅していったライバルたちのおかげで、リリアンナの懐は潤い、ルーカスの愛情は深まり、二人の絆(共犯関係)はより強固なものとなった。
もはや、王都にリリアンナの敵はいない──ように思えた。
しかし。
最大の敵は、外から来るのではない。
内部から、それも最も予期せぬタイミングで現れるものだ。
翌日。
王城の地下牢から、ある男が脱走したという報告が入る。
それは、リリアンナが悪役令嬢時代に破滅させたはずの、「横領犯の元貴族」だった。
王城の宰相執務室前。
そこには、まるで人気スイーツ店の行列のような光景が広がっていた。
色とりどりのドレスを着た令嬢たちが、ずらりと並んでいるのだ。
彼女たちの目的はただ一つ。
「独身」と公表された(※リリアンナとの関係はまだ公式には曖昧)宰相ルーカスの座を射止めること。
そして、その行列の最前線にデスクを構え、事務的な声で案内しているのは──リリアンナである。
「エントリーナンバー5番、伯爵令嬢マリアンヌ様ですね。志望動機は?」
「る、ルーカス様をお慕いしております! 幼い頃、一度だけ微笑みかけてくださったのが忘れられなくて!」
「はい、よくある『勘違い系』ですね。審査料として金貨五枚いただきます」
「審査料!?」
「当然です。宰相閣下への謁見にはコストがかかります。お支払いが無理なら、お引き取りを」
「は、払います! 払えば会えるのですね!?」
チャリン。
リリアンナの手元の金庫に金貨が吸い込まれていく。
「では、第一関門『書類選考』です。こちらの用紙に、実家の資産状況、借金の有無、過去の異性交遊歴をすべて記入してください。虚偽申告は即失格、および詐欺罪で告発します」
「そ、そんなことまで書くのですか……?」
「閣下は潔癖ですので。──はい次の方ー」
リリアンナは涼しい顔で列を捌いていた。
その手際は、熟練の役所窓口職員そのものだ。
執務室の中から、その様子をマジックミラー越しに見ているルーカスは、深い溜息をついた。
「……ミナちゃん」
「はい! ここにいます! このクッキー美味しいですね!」
護衛として室内にいるミナが、口をもぐもぐさせながら答える。
「君の師匠、僕を『見世物小屋の珍獣』か何かだと思っていないかい?」
「いえ、師匠は『閣下は金の生る木です。揺らせば揺らすほど落ちてきます』と言っていました」
「……あながち間違っていないのが悲しいね」
ルーカスは苦笑しつつ、リリアンナの働く姿(金儲け姿)を愛おしそうに見つめた。
普通の令嬢なら嫉妬して排除しようとするだろうが、彼女はライバルたちを「集金システムの一部」として利用している。
その強欲さが、たまらなく頼もしい。
その時、廊下から黄色い悲鳴が上がった。
「きゃあ! わ、私は認めませんわ! こんな受付!」
行列をかき分けて現れたのは、儚げな美貌を持つ令嬢だった。
白い肌、濡れたような瞳。
守ってあげたくなるような「薄幸の美少女」系だ。
「私は子爵令嬢ソフィア。……ゴホッ、ゴホッ! ルーカス様に……一目お会いしたくて……」
彼女はハンカチで口元を押さえ、よろめくようにリリアンナのデスクに手をついた。
「体が弱くて……いつ死ぬかもわからない私の……最後の願いなのです……ゴホッ」
周囲の令嬢たちがざわめく。
「まあ、可哀想に……」
「先を譲ってあげるべきかしら……」
同情ムードが漂う中、リリアンナは無表情でマスク(布切れ)を装着した。
「感染症の疑いあり。ミナ、隔離病棟へ搬送して」
「えっ」
ソフィアの咳が止まった。
「い、いえ、これは持病の……」
「持病ならなおさら、国家の中枢である宰相府に持ち込むのはバイオテロ行為です。はい、医療費と搬送費、あわせて金貨二十枚の前払いでお願いします」
リリアンナは請求書を突きつけた。
「そ、そんな……! 人の心はないのですか!」
「心はありますが、ウイルスへの耐性はありません。さあ、払うのですか? 払えないなら帰って寝てなさい」
「くっ……! 覚えてらっしゃい!」
ソフィアはハンカチを投げ捨て、健康そのものの足取りでスタスタと去っていった。
「……あいつ、仮病だったのか」
「騙されたわ!」
周囲の空気が一変する。
「はい、次の方ー」
リリアンナは動じない。
次に現れたのは、派手なドレスを着たグラマラスな美女だった。
「ふふん。子供騙しは終わりね。私は男爵令嬢ジェシカ。……武器は、これよ」
彼女はバサッと扇子を閉じると、胸元を大きく強調するポーズをとった。
強烈なフェロモン攻撃だ。
「ルーカス様は、大人の女性がお好みのはずよ。貴女のようなお子様体型とは違うの」
ジェシカはリリアンナの胸部(慎ましやか)を憐れむように一瞥した。
これは怒るか。
ルーカスが心配して腰を浮かせかけた、その時。
「ふむ」
リリアンナは真顔で、ジェシカの胸元を定規で測り始めた。
「な、なによ!?」
「露出面積30%……。甘いですね」
「は?」
「閣下の過去の女性遍歴データ(捏造)によれば、彼が反応するのは『チラリズム』であり、ただ肉を出せばいいというものではありません。貴女のそれは『精肉店の陳列』です」
「せ、精肉店ですってぇ!?」
「それに、その香水。……『魅惑のローズ』ですね? 成分が強すぎて、閣下の敏感な鼻には毒ガス扱いです。公害防止条例違反で罰金です」
「キーッ! もういいわよ! あんたなんかじゃ話にならない! ルーカス様を出して!」
ジェシカが強引に執務室のドアを開けようとする。
「実力行使ですか。……ミナ、つまみ出して」
「ラジャー!」
室内にいたミナが飛び出し、ジェシカを俵担ぎにした。
「キャーッ! 何よこのゴリラ!」
「ゴリラではありません! 乙女です! さあ、出口まで空中散歩ですよー!」
「離してぇぇぇぇ!」
ジェシカの悲鳴が遠ざかっていく。
残された令嬢たちは、完全に戦意を喪失していた。
「……他に、挑戦者は?」
リリアンナが氷の微笑みで問いかけると、令嬢たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「あら、もう終わり? 本日の売上、目標に届いていませんのに」
リリアンナは残念そうに金庫を閉じた。
そこに、ルーカスがパチパチと拍手しながら出てくる。
「お見事。最強の門番だね」
「門番ではありません。集金係です」
リリアンナは売上金を数えながら答える。
「しかし、どの方も根性が足りませんわ。悪役令嬢として十年耐え抜いた私のメンタルに比べれば、豆腐のようなものです」
「君と比べちゃ可哀想だよ。君は鋼鉄……いや、オリハルコン級だからね」
ルーカスはリリアンナの肩を抱き、耳元で囁く。
「でも、少しは嫉妬してくれなかったのかい? 僕が他の女性に言い寄られているのに」
「嫉妬? ……そうですね」
リリアンナは手を止めた。
少し考えるように小首を傾げる。
「もし、私より稼げる女性や、私より計算高い女性が現れたら……その時は、危機感を覚えるかもしれません」
「金勘定の話かい?」
「ええ。貴方は優良物件(金脈)ですから。他の投資家に奪われるのは損失です」
リリアンナはあくまで「ビジネス」を強調する。
だが、その耳がほんのりと赤いことを、ルーカスは見逃さなかった。
「素直じゃないな。……まあいい。今日はもう閉店だ」
ルーカスは執務室のドアに『本日終了・妻が怖いので帰ります』という札をかけた。
「妻じゃありません」
「予約済み、ということにしておいてくれ。さあ、稼いだ金で美味しいものでも食べに行こう」
「奢りですか?」
「もちろん。君の稼ぎは君のもの、僕の稼ぎも君のものだ」
「……ジャイアン理論の逆バージョンですね。悪くありません」
二人は腕を組んで廊下を歩き出す。
ミナも「ご飯! ご飯!」と嬉しそうについてくる。
自滅していったライバルたちのおかげで、リリアンナの懐は潤い、ルーカスの愛情は深まり、二人の絆(共犯関係)はより強固なものとなった。
もはや、王都にリリアンナの敵はいない──ように思えた。
しかし。
最大の敵は、外から来るのではない。
内部から、それも最も予期せぬタイミングで現れるものだ。
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