「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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「時間だ、迎えに来た」

約束の時間ピッタリ、一分の狂いもなくキース様が現れた。

公爵家の応接間に通された彼は、今日も今日とて全身黒ずくめの軍服風スタイルだ。けれど、胸元のクラバットだけが、私が昨日投げつけた言葉を意識したのか、深紅の色に変えられていた。

(……少しは学習したようですわね)

私は扇子で口元を隠し、ニマリとするのを堪える。

「ごきげんよう、キース様。早すぎもせず、遅れもせず。軍人らしい几帳面さですこと」

「待たせるのは性に合わん」

彼は私の姿を見ると、一瞬だけ目を瞠り、それから不自然に咳払いをした。

「……そのドレスも、派手だな」

「褒め言葉として受け取っておきますわ」

今日の私は、カナリアイエローのドレスに、羽根をあしらったつば広の帽子。

婚約破棄されて謹慎して泣いていると思っている世間の予想を、全力で裏切るスタイルだ。

「行きましょうか。今日は私に『似合うもの』を探してくださるのでしょう?」

「ああ。俺にはセンスがないからな。あんたが選んでくれれば、代金は全て俺が払う」

「ふふ、頼もしいお財布様ですこと!」

私たちは馬車に乗り込み、王都のメインストリートへと繰り出した。



王都一番の高級ブティック『ル・レーヴ』。

ここは王族も御用達の店で、最新の流行は全てここから生まれると言われている。

店に入ると、店員たちがぎょっとして動きを止めた。

無理もない。昨日の今日で婚約破棄された公爵令嬢と、噂の相手である「氷の城壁」が並んで入ってきたのだから。

「い、いらっしゃいませ……ローズブレイド様、ヴェルンシュタイン辺境伯様……」

店長が引きつった笑顔で近づいてくる。

私は堂々と胸を張った。

「新作を見せてちょうだい。とびきり華やかで、この方が腰を抜かすようなやつをね」

「は、はい! ただいま!」

店長は慌てて奥へ引っ込み、次々とドレスを運んできた。

深紅のベルベット、目の覚めるようなロイヤルブルーのシルク、金糸をふんだんに使った刺繍入りのガウン。

「さあ、試着ショーの始まりよ!」

私は次々とドレスを着替え、カーテンを開けてキース様の前に立った。

一着目、背中が大きく開いたマーメイドライン。

「どう?」

キース様は腕を組み、眉間に皺を寄せて凝視する。

「……背中が出すぎではないか」

「あら、これくらい普通よ。自信がないと着られませんもの」

二着目、フリルを重ねた可愛らしいピンク。

「……あんたにしては、色が甘い気がする」

「たまにはこういうのもギャップがあって良くない?」

三着目、黒地に金の刺繍が入った、シックだがゴージャスな一着。

「……それは」

キース様が言葉を詰まらせた。

「これは俺の色に近いな」

「ええ。貴方の隣に並ぶなら、これくらい重厚感がないと釣り合いませんわ」

私がウィンクしてみせると、彼はまた耳を赤くして視線を逸らした。

「……なるほど」

彼は立ち上がり、控えていた店長に向かって指を振った。

「これと、さっきのと、その前のやつ。それから、あっちの棚にある靴と、ショーケースの宝石もだ」

「は、はい? どれを……?」

店長が困惑していると、キース様は真顔で言い放った。

「全部だ。店にあるもの、あんたのサイズに合うものは全て包んでくれ」

店内が静まり返った。

「ぜ、全部……ですか?」

「ああ。どれも似合っていた。選ぶ時間が惜しい」

店長の目が金貨の形になったのが見えた。

「かしこまりましたーっ! さあ皆様、総出でお包みして!」

「ちょっと待ちあそばせ!」

私は慌てて扇子でキース様の腕を叩いた。

「貴方、バカなの!?」

「何がだ。財力ならある。辺境では金を使う場所がないからな、腐るほど貯まっているんだ」

「そういう問題ではありません! 成金趣味丸出しで恥ずかしいですわ!」

私は彼を睨みつけた。

「いいですか、キース様。お洒落というのは、『選ぶ』過程こそが至高なのです。全部買い占めてしまったら、今日どれを着ようかと悩む楽しみがなくなってしまうでしょう?」

「……そういうものか」

「そうですわ。それに、貴方にすべて買い与えられたら、私が貴方の着せ替え人形になったみたいで癪(しゃく)ですの」

私はハンガーにかかったドレスたちを愛おしそうに撫でた。

「私は自分で選びたいの。自分の意志で、今日一番輝ける鎧を」

キース様は少し驚いたような顔をして、それから、ふっと優しげに目を細めた。

「……そうか。あんたは、本当に媚びないな」

「当たり前ですわ」

「わかった。全部買うのは取り消す。だが、その黒いドレスだけは買わせてくれ」

「あら、どうして?」

「俺の隣に立つために選んでくれたんだろう? ……嬉しかったんだ」

不意打ちの直球。

私はカッと頬が熱くなるのを感じた。

この男、無自覚なのか計算なのか、たまに心臓に悪いことを言う。

「……し、仕方ありませんわね! それ一着だけなら、プレゼントとして受け取って差し上げます!」

「感謝する」

結局、私はその黒いドレスと、それに合う靴だけを買ってもらった。

店を出ると、街の人々の視線が私たちに集まっているのを感じる。

「見て、あれ……」

「タリー様よ。すごく堂々としてる」

「辺境伯様とあんなに仲良く……」

「捨てられたなんて嘘じゃない?」

ひそひそ話が聞こえてくるが、不思議と昨日の夜会のような棘は感じられない。

むしろ、驚きと羨望の色が混じっている。

「噂になっているな」

キース様が周囲を警戒するように睨みを利かせる。

「いいえ、睨まないで。笑顔ですわ、笑顔!」

私が彼の頬を指でつつくと、彼はぎこちなく口角を上げた。

「……こうか?」

「ふふ、引きつってますわよ。まあ、及第点かしら」

その時だった。

人混みの向こうから、見覚えのある豪奢な馬車が通りかかったのは。

王家の紋章が入った馬車。

窓の隙間から、アラン殿下とミナの姿が見えた。

向こうも私たちに気づいたらしい。馬車の中でアラン殿下が目を見開き、何か叫んでいるのが見えた。

しかし、馬車は止まらずに通り過ぎていく。

「……王太子か」

キース様の声が低くなる。

「無視しましょう。今の私にとって、あの方々は道端の石ころと同じですわ」

私はわざとらしく扇子を開き、通り過ぎる馬車に向かって優雅に手を振ってやった。

余裕の笑みを浮かべて。

馬車の窓が乱暴に閉められる音が聞こえた。

「ははっ、いい気味!」

私が笑うと、キース様も肩を震わせて笑った。

「あんたは強いな」

「貴方が支えてくれているからよ」

ポロリと本音が漏れた。

私は慌てて口をつぐんだが、キース様は聞き逃さなかったらしい。

彼は歩調を緩め、私の手を握り直した。

その手は大きく、温かく、そして力強かった。

「タリー。俺はもっとあんたを知りたい」

「……何よ、改まって」

「来週、辺境の屋敷に来てくれないか。まだ準備中だが、どうしても見せたいものがある」

「辺境へ?」

王都から馬車で三日。気軽に行ける距離ではない。

けれど、私の心はすでに決まっていた。

「ええ、いいわよ。貴方が生まれ育った場所、査定しに行ってあげる」

「手厳しいな」

「覚悟おし。もしセンスが悪かったら、私が徹底的に改造して差し上げますから!」

「……お手柔らかに頼む」

こうして、私たちは次のデートの約束をした。

それが、王家を巻き込む大事件の引き金になるとも知らずに――。



一方その頃、王宮の一室にて。

「くそっ! なんだあの態度は!」

アラン王太子は、部屋にある花瓶を床に叩きつけていた。

ガシャン! という破壊音が響く。

「タリーのやつ、謹慎どころか、あんな野獣と連れ立って街を練り歩くなど……王家を愚弄しているのか!」

ソファーに座るミナが、震える声で媚びるように言う。

「アラン様ぁ……怖いですぅ。タリー様、きっと何か企んでますよぉ」

「ああ、そうだ。あの女がただで引き下がるはずがない」

アランはギリギリと歯ぎしりをした。

公爵家の後ろ盾を失うのは痛手だが、それ以上に、自分の捨てた女が幸せそうにしているのが許せなかった。

自分の選択が間違いだったと、突きつけられているようで。

「ミナ、心配するな。僕には考えがある」

アランは歪んだ笑みを浮かべた。

「辺境伯は国境警備の要だが、最近、国庫への納金が滞っているという噂がある」

「え? そうなんですかぁ?」

「事実かどうかは関係ない。『疑惑』があればいいんだ」

アランの目が暗く濁る。

「タリーの実家であるローズブレイド公爵家も巻き込んで、横領の罪を着せてやる。そうすれば、二度とあんなふざけた顔はできなくなるはずだ」

王太子の嫉妬と、ミナの保身。

二つのドス黒い感情が混ざり合い、破滅へのカウントダウンが始まろうとしていた。
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