「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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翌朝、王都は重苦しい雨に包まれていた。

「出ろ、犯罪者」

乱暴な声と共に、私の部屋のドアが開けられた。

手枷(てかせ)を持った騎士たちが、土足で部屋に入ってくる。

私は鏡の前で、最後の身支度を終えたところだった。

黒いドレスに、真紅のルージュ。帽子はあえて被らず、髪を高く結い上げた。

「……犯罪者呼ばわりは心外ですわね。まだ判決も出ていないのに」

「減らず口を。さっさと歩け」

騎士の一人が私の腕を掴もうとする。

「触らないで! 自分で歩きます」

私はその手を振り払い、凛として顔を上げた。

屋敷のホールを通ると、使用人たちが並んで泣いていた。

「お嬢様……!」

「信じております! お嬢様は無実です!」

父様は姿が見えない。おそらく、別の場所ですでに連行されたか、部屋に閉じ込められているのだろう。

私は立ち止まり、泣き崩れるメイド長に向かって微笑んだ。

「泣き顔がお見苦しくてよ、マリー。私が留守の間、屋敷の掃除を怠らないようにね。埃一つでも見つけたら、戻ってきた時に雷を落としますから」

「うっ……うう、はい……! お待ちしております、必ず……!」

私は一度だけ振り返り、生まれ育った公爵邸を目に焼き付けた。

(行ってきます。……必ず、奪い返しに戻りますわ)

外には、鉄格子のはめられた粗末な馬車が待っていた。

罪人護送用の馬車だ。窓はなく、雨風が吹き込む隙間だらけの代物。

私は優雅に――まるで舞踏会の馬車に乗るかのように――その薄汚い箱へと乗り込んだ。



ガタゴトと車輪が軋む音がする。

馬車の中には、私と監視役の騎士が一人。

雨音が屋根を激しく打ち付け、車内の会話を遮断している。

「……おい」

向かいに座る騎士が、ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべて私を見ていた。昨夜、地下牢送りを告げに来た男だ。

「なんだ、その態度は。これから地下牢でネズミの餌になるんだぞ? 少しは泣いて命乞いでもしたらどうだ」

「貴方こそ、そのドブ川のような口を閉じたらどうです? 車内の空気が腐りますわ」

「あぁ? ……ふん、強気なのも今のうちだ」

騎士は腰の剣を弄びながら、じろじろと私の体を舐め回すように見た。

「公爵令嬢と言っても、今はただの罪人だ。地下牢に着くまでの間、俺が『取り調べ』をしてやってもいいんだぜ?」

男の手が、私の膝に伸びてくる。

その瞬間。

(今よ!)

私はスカートの裾を捲り上げ、太ももに隠していた短剣を引き抜いた。

「なっ……!?」

男が反応するより早く、私は短剣の切っ先を男の喉元に突きつけた。

「ひっ!?」

「動かないで。この宝石入りの短剣、飾りじゃありませんのよ」

「き、貴様、どこにそんなものを……!」

「言ったでしょう? 私の肌に触れるなと」

私は冷ややかな瞳で男を射抜いた。

「御者に馬車を止めさせなさい。さもなくば、貴方のその汚い舌を切り落として差し上げますわ」

男の顔から血の気が引いていく。

私は本気だ。

震える男が窓の外に向かって叫ぼうとした――その時だった。

ドオォォォン!!

凄まじい衝撃と共に、馬車が大きく跳ね上がった。

「きゃあ!?」

私はバランスを崩し、床に投げ出された。

短剣が手から滑り落ちる。

「な、なんだ!?」

騎士も慌てて窓の外を見ようとする。

馬車は急停止し、外から御者の悲鳴と、何かが砕ける音が聞こえてきた。

「敵襲か!?」

騎士が剣を抜き、ドアを蹴破って外へ飛び出そうとする。

しかし。

「――邪魔だ」

氷点下の声と共に、巨大な黒い影がドアの前に立ちはだかった。

次の瞬間、騎士の体はボールのように車内へ吹き飛ばされ、壁に激突して気絶した。

「……え?」

私は床に座り込んだまま、呆然と開いたドアを見上げた。

雨脚が強まる中、そこに立っていたのは。

ずぶ濡れの黒髪をかき上げ、青い瞳を爛々と輝かせた、私の「氷の騎士」だった。

「キース……!」

彼は車内を素早く見渡し、私が無事なことを確認すると、安堵のため息をついた。

「……間に合ったか」

彼は大きな手を差し伸べてきた。

「怪我はないか、タリー」

「え、ええ。平気よ」

私は彼の手を取って立ち上がった。

足元には、気絶した騎士と、私が落とした短剣が転がっている。

キースは短剣を拾い上げ、フッと笑った。

「抜いたのか」

「……ええ。もう少しで自力で脱出するところでしたわ」

「そうか。やはりあんたは守られるだけの女じゃないな」

彼は私の肩を抱き寄せ、馬車の外へとエスコートした。

外に出て、私は息を呑んだ。

護送していた他の騎士たちが、全員地面に転がっていたのだ。それも、氷の魔法で足を固められたり、剣の峰で叩かれたりして、完全に無力化されている。

「こ、これを全部、貴方一人で……?」

「手加減するのに骨が折れた」

キースは事もなげに言うと、近くに繋いであった自分の愛馬――黒毛の巨馬を引いてきた。

「タリー。ここから先は馬だ。馬車は目立つ」

「馬? 私、ドレスなんですけど……それに、横座りしかできませんわよ?」

「問題ない。俺の前に乗れ」

彼は私をひょいと持ち上げ、軽々と馬の背に乗せた。

そして自分もひらりと飛び乗り、私を背後から包み込むように手綱を握る。

彼の逞しい腕と広い胸板に挟まれ、私は雨の寒さを忘れるほどドキドキしていた。

「……どこへ行くの?」

「とりあえず、王都を出る。北の国境へ向かう検問所は、俺の部下が抑えている」

「逃げるの?」

私は少し抵抗を感じた。

「逃げるんじゃない。戦略的撤退だ」

キースは私の耳元で囁いた。

「アランたちは、あんたを地下牢に入れたと思って油断する。その隙に、俺たちは辺境へ向かい、反撃の準備を整える」

「……公爵家はどうなるの? お父様は?」

「安心しろ。公爵の身柄は、俺の別の部隊が確保に向かっている。王都の隠れ家で匿う手はずだ」

「準備万端すぎませんこと?」

「愛する女のためだ。これくらいの手回しは当然だろう」

サラリと言ってのける彼に、私は顔を覆いたくなった。

「……貴方、本当に『氷の城壁』なの? 中身がすり替わってるんじゃないかしら」

「あんたの前でだけだ」

キースは短く言い、手綱を引いた。

「掴まっていろ。飛ばすぞ」

「きゃっ!」

馬がいななき、雨の中を疾走し始めた。

水しぶきを上げて走る黒馬。

背後から伝わる彼の体温。

本来なら、泥まみれで惨めな逃避行のはずだ。

なのに、どうしてこんなに胸が高鳴るのだろう。

「ねえ、キース!」

私は風の音に負けないよう、大声で叫んだ。

「何だ!」

「私、決めたわ!」

「何をだ!」

「辺境に行ったら、貴方の領地を世界一お洒落で煌びやかな場所に変えてみせるわ! 王都の人間が悔しがって歯ぎしりするくらい、素敵な場所にね!」

「……ははっ!」

キースが珍しく、声を上げて笑った。

「そいつは楽しみだ! 俺の灰色の領地が、あんた色に染まるのを待っている!」

雨雲の切れ間から、一筋の光が差し込む。

私たちは王都の門を突破し、広大な荒野へと駆け出した。

さようなら、私の王都。

さようなら、アラン殿下、ミナ。

次に会う時は、私が貴方たちを見下ろす番よ。

悪役令嬢タリー・ローズブレイドの、華麗なる逆襲劇の幕開けだわ!



数日後。

王宮の執務室で、アラン王太子は報告書を握りつぶしていた。

「逃げられた、だと!?」

「は、はい……護送中の馬車が襲撃され、タリー嬢の姿が消えました。現場の状況から、手練れの魔法使いと剣士による犯行かと……」

「キースだ……! あの野郎、北に足止めされていたんじゃなかったのか!」

アランは机を蹴り飛ばした。

隣でミナが青ざめた顔をしている。

「ど、どうしましょうアラン様……タリー様、逃げちゃったんですかぁ?」

「くそっ、指名手配だ! 国中に手配書を回せ! 見つけ次第、即刻処刑しろ!」

アランの怒号が響く。

しかし、彼はまだ知らなかった。

逃げた獲物が、ただの獲物ではないことを。

北の果て、極寒の地ヴェルンシュタインで、国を揺るがすほどの「革命」が始まろうとしていることを。
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