「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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「……寒すぎませんこと?」

それが、辺境ヴェルンシュタインに足を踏み入れた私の第一声だった。

王都を出て数日。馬を乗り継ぎ、北へ北へとひた走った私たちは、ついにキースの領地へと入っていた。

景色は一変していた。

見渡す限りの雪原。針葉樹の森は黒々と茂り、空は鉛色に重く垂れ込めている。

吐く息が白いどころか、凍りついてダイヤモンドダストになりそうだ。

「すまん。これでも今日は暖かい方なんだが」

キースが申し訳なさそうに眉を下げる。

彼は自分の外套を私に巻き付け、さらに予備の毛布までグルグル巻きにしているから、私は今、馬上のミノムシみたいな格好だ。

「暖かい? 貴方の感覚神経はどうなっていますの? これじゃあ、お肌が乾燥してパリパリになってしまいますわ!」

「屋敷に着けば暖炉がある。あと少しの辛抱だ」

キースが指差した先。

雪の丘の向こうに、巨大な建造物が姿を現した。

「……あれが、貴方のお家?」

「ああ。ヴェルンシュタイン城だ」

それは「城」というより「要塞」だった。

黒い石を積み上げて作られた、武骨で巨大な塊。装飾の一切を削ぎ落とし、ただ敵の侵入を拒むためだけに存在するような威容。

尖塔は鋭く天を突き、窓は小さく、まるで鉄仮面を被った巨人のようだ。

「……なんていうか、貴方そっくりね」

「そうか?」

「ええ。可愛げのかけらもないわ」

私が軽口を叩くと、キースはふっと笑った。

「違いない。ここは国を守るための盾だ。美しさなど必要ない場所だからな」

その言葉には、辺境伯としての誇りと、少しの諦めが混じっているように聞こえた。



城門をくぐると、ずらりと並んだ使用人たちが私たちを出迎えた。

彼らもまた、この土地の気候のように表情が硬い。

「お帰りなさいませ、閣下」

代表して前に出たのは、銀髪をひっつめ髪にした初老の女性だった。

背筋が定規のようにピンと伸びている。

「ただいま、マーサ。留守を頼んだな」

「ご無事で何よりです。……して、そちらの蓑虫(みのむし)のようなお方は?」

マーサと呼ばれたメイド長らしき女性が、私をジロリと見た。

その視線は、明らかに「余計なものを拾ってきた」と言いたげだ。

キースが馬から降り、私を抱き下ろす。

私は毛布の隙間から顔を出し、精一杯の愛想笑いを浮かべた。

「ごきげんよう。蓑虫ではなくてよ。タリー・ローズブレイドですわ」

「……ローズブレイド公爵令嬢? 指名手配中の?」

マーサの眉がピクリと動く。

情報が早い。辺境といえど、手配書はもう回っているらしい。

使用人たちの間に動揺が走る。

「犯罪者を匿うおつもりですか、閣下」

「彼女は無実だ。俺の客であり……将来の妻だ」

キースが爆弾発言を投下した。

「つま……っ!?」

マーサが初めて表情を崩し、絶句する。

周囲の使用人たちも「えええ!?」と声を上げた。

「き、聞いておりませんぞ! 閣下が女性を、しかもあんな派手な噂のある令嬢を!?」

「今決めた。文句はあるか」

キースは有無を言わせぬ態度で私をエスコートし、城の中へと歩き出した。

「ちょっとキース、説明不足すぎて皆様が混乱してますわよ」

「事実だから仕方ない。細かいことは後でいい」

相変わらずの不器用さだ。

重厚な扉が開かれ、エントランスホールへと足を踏み入れる。

「……うわぁ」

私は思わず声を漏らした。

外観もひどかったが、中はもっとひどかった。

広い。天井も高い。

けれど、色が「ない」のだ。

壁は灰色の石造り。床は黒い大理石。カーテンは濃紺。置かれている調度品は黒檀(こくたん)。

花の一輪も飾られておらず、絵画の一枚もない。

まるでモノクロ写真の世界に迷い込んだようだ。

「……何ですの、ここは。お葬式会場?」

私の率直な感想に、後ろについてきたマーサがムッとした顔をした。

「質実剛健を旨とするヴェルンシュタイン家の伝統でございます。チャラチャラとした装飾は、武人の家系には不要ですので」

「武人だろうと何だろうと、生活に彩りは必要でしょう? これじゃあ、気分まで灰色に沈んでしまいますわ」

私はホールの中央でくるりと回った。

「ねえキース。私、ここを拠点に戦うのよね?」

「ああ」

「じゃあ、まずは環境整備から始めないとダメね。こんな陰気な場所じゃ、私の美貌も半減してしまいますもの」

私はドレスの裾を翻し、使用人たちに向かって宣言した。

「聞いてちょうだい! 今日からこの城のルールを変えますわ!」

「はあ?」

使用人たちがポカンとする。

私は人差し指を立て、高らかに告げた。

「第一に、挨拶は笑顔で! 第二に、室内の温度を三度は上げること! そして第三に……この陰気くさいカーテンを今すぐ全部ひっぺがして、暖炉にくべてしまいなさい!」

「なっ……!?」

マーサが目を剥いた。

「何を勝手なことを! ここは閣下の城ですぞ!」

「閣下は私に『好きにしていい』とおっしゃいましたわ。ねえ、キース?」

私が振り返ると、キースは苦笑しながらも頷いた。

「……言ったな。世界一煌びやかな場所にしてくれるんだろう?」

「ええ。任せておきなさい」

私はマーサに向き直り、ニッコリと笑った。

「というわけよ。マーサ、悪いけど倉庫を案内してちょうだい。布でもペンキでも、使えるものは全部引っ張り出すわよ!」

「ぐぬぬ……! 閣下がそうおっしゃるなら……!」

マーサは悔しそうに唇を噛んだが、主人の命令には逆らえないらしい。

「お嬢様……いえ、タリー様。一つ忠告しておきますが、この辺境の冬は厳しいのです。貴女のような温室育ちの花が、いつまで持つか見ものですな」

「あら、ご心配ありがとう。でも残念ね」

私は彼女の目の前まで歩み寄り、挑戦的に言い放った。

「私は温室の花じゃないわ。荒れ地でもコンクリートの隙間でも咲く、ド根性の薔薇よ。精々、私のトゲに刺さらないよう気をつけることね」

マーサが一瞬、呆気にとられたような顔をした。

それから、フンと鼻を鳴らす。

「……お手並み拝見といきましょうか」

どうやら、第一関門である「お局様」への宣戦布告は完了したらしい。

「さあ、忙しくなりますわよ!」

私は両手をパンと叩いた。

所持品はゼロ。ドレスもボロボロ。外は極寒の雪景色。

状況は最悪。

けれど、不思議と心は燃えていた。

何もないなら、作ればいい。

灰色だらけの世界なら、私が色を塗ればいい。

「キース、覚悟はよろしくて? 貴方のお財布、空っぽにする勢いで改装しますからね!」

「……ああ。俺の全財産、好きに使え」

彼は本当に嬉しそうに、愛おしそうに私を見ていた。

こうして、辺境の古城を舞台にした「タリーの大改造ビフォーアフター」が幕を開けたのである。
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