「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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「……地味ね」

翌朝、食堂に通された私は、テーブルの上を見て深くため息をついた。

出されたのは、堅焼きパンと、色のないスープ。そしてただ焼いただけの肉。皿も白一色で、飾り気のかけらもない。

「栄養バランスは計算されております」

給仕に立ったマーサが、涼しい顔で言う。

「カロリーと栄養があれば、餌でもいいというわけ? 食事は目でも楽しむものですわ」

私はナプキンを広げながら、向かいに座るキースを見た。

「貴方、毎日こんな病院食みたいなものを食べていて、よくその筋肉を維持できましたわね?」

「……味は悪くないぞ。素材の味だ」

キースが真顔で肉を咀嚼している。この男、味覚まで無骨なのか。

「決めたわ。まずは食堂の改革からよ!」

私はパンを一口かじり、すぐに立ち上がった。

「マーサ、昨日の話通り、倉庫を開けてちょうだい。それから、手の空いている使用人を全員集合させて!」

「……本気でやるおつもりですか?」

「当たり前でしょう。私がこの城にいる限り、視界に入るものがダサいなんて耐えられませんの」

私はマーサの渋面を無視して、ホールへと飛び出した。



「ええっ、こ、これを使うんですか!?」

埃っぽい地下倉庫で、若いメイドが悲鳴を上げた。

私が引っ張り出したのは、何十年も眠っていたであろう巨大なロール状の布地だ。埃を被ってはいるが、生地自体は最高級のベルベットである。

「そうよ。この深紅の生地、カーテンにぴったりだわ。それから、そっちの金糸の入ったタペストリーはテーブルクロスに加工しましょう」

私は腕まくりをして、次々と指示を飛ばした。

「でも、これらは先代様の遺品で……勝手に使うなんて……」

「死蔵させておく方が冒涜よ! 物は使われてこそ輝くの」

私はハサミを手に取り、躊躇なく高級生地に刃を入れた。

ジョキジョキジョキ!

「ひぃぃ!」

使用人たちが青ざめる中、私は鼻歌交じりに裁断していく。

「貴女たち、針と糸は使えるわね? ここを縫って。そっちはタッセルを作ってちょうだい」

「は、はい!」

私の気迫に押され、メイドたちが慌てて作業を始める。

そこへ、騒ぎを聞きつけたマーサがやってきた。

「タリー様! 何をご乱心ですか! 貴重な資産を切り刻むなど!」

「資産? 倉庫の肥やしの間違いでしょう」

私は手を止めず、マーサに切れ端を投げ渡した。

「見てごらんなさい、この艶。素晴らしい赤だわ。これを飾れば、あの陰気な食堂もパッと明るくなりますわ」

「しかし、伝統が……」

「伝統を守るために現在(いま)を殺してどうするの? 貴女、この城の人たちが笑っているところを見たことがある?」

私は作業の手を止めているメイドたちを指差した。

彼女たちは怯えているが、その目には少しだけ好奇の色が宿っていた。こんな派手な色の布を見るのは初めてなのだろう。

「色は心に作用するの。灰色ばかり見ていたら、心まで曇ってしまうわ」

私は脚立を持ってこさせ、自らカーテンレールへ向かった。

「危ないですよ、お嬢様!」

「平気よ。高いところは慣れて……きゃっ!?」

脚立がガタつき、バランスを崩した。

落ちる、と思った瞬間。

ガシッ!

誰かの腕が、私の体を空中で受け止めた。

「……目を離すとこれだ」

頭上から降ってきたのは、呆れたような、でも甘い響きを含んだ声。

「キース!」

彼はお姫様抱っこの状態で私を抱え直し、溜息をついた。

「怪我はないか」

「え、ええ。ありがとう。……でも、降ろしてくださる? 作業の途中なの」

「却下だ。高いところは俺がやる」

キースは私をそっと床に降ろすと、私が持っていたカーテン生地をひったくった。

そして、脚立など使わず、その長身と身体能力を生かして、ひょいとレールに手を伸ばした。

バサッ!

一瞬にして、巨大な窓に深紅のカーテンが掛かる。

灰色の壁に、鮮烈な赤が映える。

そのコントラストは、まるで血が通ったかのように、部屋の空気を一変させた。

「……おお……」

使用人たちから、感嘆の声が漏れた。

「綺麗……」

「部屋が暖かく見えるわ」

キースが振り返り、私に問う。

「これでいいか、現場監督?」

「……ええ、完璧よ!」

私は満足げに頷いた。

「さあ、次はテーブルよ! 花がないなら、この余った布で造花を作るわよ! 全員、手を動かして!」

私の号令に、今度は使用人たちが「はい!」と元気よく返事をした。

その声は、朝よりもずっと明るく弾んでいた。



その日の夕食。

食堂は見違えるように変貌していた。

窓には重厚な深紅のカーテン。テーブルには金糸のクロス。そして中央には、布で作った色とりどりのバラの花が飾られている。

「……別の部屋みたいだな」

キースが席に着き、周囲を見回して目を丸くしている。

「でしょう? これだけで食事が三割増しで美味しく感じられますわ」

私が得意げに胸を張ると、料理が運ばれてきた。

メニューは朝と同じような肉料理だが、盛り付けにハーブが添えられ、ソースで模様が描かれている。

「これは?」

キースが皿を見る。

「厨房のコックにも指導してきましたの。『料理は愛情とセンス! ただ焼くだけなら焚き火でもできるわ!』ってね」

「……コック長は頑固者で有名なんだが」

「私の扇子で叩かれたくなければ従え、と脅……説得しましたわ」

「(脅したんだな……)」

キースは苦笑し、肉を口に運んだ。

「……美味い」

「でしょう?」

「ああ。同じ肉とは思えない」

彼は私を見て、穏やかに微笑んだ。

「あんたは魔法使いか?」

「いいえ。ただの努力家で強欲な悪役令嬢よ」

私はワイングラス(中身は葡萄ジュースだが)を掲げた。

「これは第一歩に過ぎませんわ。この城すべてを、私が最高に居心地の良い場所に変えてみせます。……貴方が、早く帰ってきたくなるような家にね」

キースの動きが止まった。

彼は少し顔を赤らめ、グラスを合わせてきた。

「……楽しみにしている。……ただ」

「ただ?」

「あまり無理はするな。あんたが倒れたら、俺の世界はまた灰色に戻ってしまう」

真剣な眼差しで見つめられ、今度は私が赤くなる番だった。

「……善処しますわ」

部屋の隅で控えていたマーサが、咳払いをする。

「……カーテンの色、悪くはありませんな。ホコリ除けにもなりますし」

素直じゃない褒め言葉に、私はニマリと笑った。

「ふふ。マーサ、明日は貴女の制服のデザインを変えますからね。覚悟なさい」

「なっ、余計なことを!」

騒がしくも温かい夜。

外は吹雪いているけれど、この城の中だけは、春が来たように暖かかった。

一方、王都では。

私の部屋から押収された「日記帳」を読んだアラン殿下が、新たな癇癪を起こしている頃だろうか。

(せいぜい悔しがるといいわ)

私は極上の肉を頬張りながら、遠い王都の空に向かって心の中で舌を出した。
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