「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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「……これが、ゴミ?」

私は目の前に積まれた山を見て、目を丸くした。

キースの執務室のテーブルには、ゴツゴツとした石ころが山盛りにされている。

一見ただの石だが、光にかざすと内側から鋭い輝きを放っている。

「ああ。加工技術者がいないからな。ただの硬い石ころとして、投石器の弾にするくらいしか使い道がなかった」

キースが真顔で言う。

「投石器……! なんて罰当たりな!」

私は石ころの一つを手に取った。

これはダイヤモンドの原石だ。しかも、透明度が極めて高い。カットされていないだけで、ポテンシャルは王室の宝物庫にあるもの以上だわ。

「キース。これ、全部私がもらっていいのよね?」

「構わんが……そんな石ころで何をする気だ?」

「『革命』よ」

私はニヤリと笑い、懐から一枚のデザイン画を取り出した。昨夜、寝ずに描いたものだ。

「いいこと? 今の王都の流行は、アラン殿下とミナのせいで『過剰な装飾』と『嘘で塗り固められた美』に傾いているわ。宝石も、カットしすぎて小さくなったものを寄せ集めたようなデザインばかり」

「ふむ」

「だからこそ、逆を行くのよ。『ありのままの美しさ』。『飾らない強さ』。それをコンセプトにしたジュエリーを作るの」

私は原石をキースの胸元にあてがった。

「名前はそうね……『アイス・ウォール(氷の城壁)』コレクション。どう?」

「……俺の二つ名か。恥ずかしいんだが」

「恥ずかしがっている場合じゃなくてよ! これはブランド戦略ですの!」

私はすぐに街の鍛冶職人と細工師を呼びつけた。

彼らは最初、原石をそのまま使うという私のアイデアに難色を示したが、「貴方たちの腕なら、この石の野性味を活かせるはずよ!」とおだて上げると、喜んで作業に取り掛かった。

そして数日後。

完成したのは、原石の形をそのまま活かし、銀で爪留めしただけのシンプルなペンダントや指輪。

荒削りだが、光を受けるとギラリと強い輝きを放つ。それは、洗練されていないがゆえの力強さを持っていた。

「……美しいな」

出来上がった指輪を見て、キースが感嘆の声を漏らす。

「でしょう? これが『真実の輝き』よ。そして、ここからが本番」

私は羊皮紙の束を取り出した。

「このジュエリーを売る行商人に、これを配らせるわ」

「それは?」

「商品カタログ兼、情報誌『辺境通信』よ」

私は紙面を開いて見せた。

そこには、ジュエリーの宣伝文句と共に、ある『小説』が掲載されていた。

タイトルは『愚かな王子と嘘つきな聖女』。

「……内容は?」

キースが怪訝そうに読み上げる。

「『ある国に、輝きを恐れるモグラのような王子がいました。彼はガラス玉を宝石だと信じ込み、本物のダイヤモンドをドブに捨てました……』」

キースが顔を上げて私を見た。

「これ、そのままじゃないか」

「あら、フィクションですわ。『この物語は実在の人物・団体とは一切関係ありません』って、ほら、ここに小さーく書いてあるでしょう?」

私は小指の先ほどの文字を指差した。

「これを読んだ王都の貴婦人たちは、きっと気づくわ。『あれ? これって今のアラン殿下たちのことじゃない?』ってね」

「……悪趣味だが、効果的だな」

「ゴシップは淑女の最高のデザートですもの。ダイヤモンドを買えば、面白い暴露話がついてくる。これほど魅力的な商品はありませんわ」

作戦は決まった。

私たちは辺境に出入りする行商人たちを大広間に集めた。

「聞いてちょうだい! この『アイス・ウォール』ジュエリーを王都で売りさばくのよ! 価格はあえて安く設定するわ。学生や下級貴族でも手が届くようにね」

行商人たちは、最初は半信半疑だったが、ジュエリーの現物と『辺境通信』の内容を見るなり、目の色を変えた。

「こ、これは売れますぜ! 特にこの小説、続きが気になって夜も眠れません!」

「でしょう? 続きが読みたければ、次の商品を買えと宣伝なさい!」

「へい! 任せてくだせぇ!」

行商人たちは、荷馬車いっぱいに「武器(ジュエリーとゴシップ)」を積み込み、雪解けの道を王都へと出発していった。



数週間後、王都。

アラン王太子とミナが主催する夜会にて。

「まあ、素敵なペンダント! それ、どこのブランド?」

「ふふ、これ? 今、裏通りで大流行している『辺境のアレ』よ」

「あら、私も持ってるわ! あの『ゴツゴツしたやつ』でしょう? なんだかパワーをもらえる気がして」

会場のあちこちで、貴婦人たちが胸元や指先を見せ合っていた。

彼女たちが身につけているのは、洗練された王都のジュエリーではなく、荒削りなダイヤモンドの原石。

それまでの「繊細で可愛い」流行とは真逆の、「強くて野生的」なスタイルだ。

そして、彼女たちの手には扇子ではなく、こっそりと折りたたまれた羊皮紙が握られていた。

「ねえ、読んだ? 『辺境通信』の最新号」

「読んだわよ! あの『モグラ王子』、今度は国民の税金で『ガラス玉の城』を建てようとしてるんですって!」

「やだ、滑稽ねぇ。……で、それって現実の『あの方』の新しい離宮建設の話とそっくりじゃない?」

「しっ、声が大きいわよ。……でも、笑っちゃうわよね」

クスクスという笑い声が、会場のさざ波のように広がる。

その中心にいたアランとミナは、異変に気づいていた。

「……なんだ? なぜみんな、僕を見て笑っているんだ?」

アランが不快そうに周囲を見回す。

ミナも居心地が悪そうだ。

「アラン様ぁ……なんだか、皆さんの視線が冷たい気がしますぅ。それに、あの変な石のアクセサリー、可愛くないのに流行ってるなんて……」

「フン、貧乏人の流行りなどすぐに廃れるさ」

アランは強がったが、内心では焦りを感じていた。

自分たちの威光が、何者かによってじわじわと削り取られているような、不気味な感覚。

そこへ、血相を変えた側近が駆け寄ってきた。

「で、殿下! 大変です! 街で、こんな怪文書が出回っておりまして……!」

側近が差し出したのは、クシャクシャになった『辺境通信』だった。

アランはそれをひったくり、目を通した瞬間、顔を真っ赤にして激昂した。

「な、なんだこれはーっ!! 『モグラ王子』だと!? この私がモグラだと!?」

「きゃあっ! アラン様、落ち着いて!」

「誰だ! こんなふざけたものを書いたのは! 見つけ出して八つ裂きにしてやる!」

アランの怒号が響き渡るが、周囲の貴族たちは冷ややかな目でそれを見ていた。

(あらあら、図星なのね)

(本当にモグラみたいに顔を真っ赤にして……)

(やっぱり『辺境通信』に書いてあることは真実なんだわ)

王都の空気は、確実に変わり始めていた。



一方、辺境ヴェルンシュタイン。

「……大ヒットね」

行商人から届いた追加発注の山を見て、私は満足げに頷いた。

「すごいな。まさか王都の流行を、こんな遠隔地から操作してしまうとは」

キースが感心しきりだ。

「大衆はいつだって、退屈な権力者より、刺激的な反逆者を愛するのよ」

私は新しいデザイン画を描きながら言った。

「さあ、資金は潤沢に集まったわ。次はこのお金を使って、父様を助け出す準備を……」

その時。

バササッ!

窓の外から、一羽の白いハトが飛び込んできた。

私の放った伝書鳩ではない。王家の紋章が入った足環をつけた、軍用の伝書鳩だ。

キースが素早くハトを捕まえ、筒から手紙を取り出す。

中身を読んだ彼の顔色が、さっと変わった。

「……タリー」

「何? 悪い知らせ?」

「父君……ローズブレイド公爵からだ」

「えっ!?」

私はペンを落とし、駆け寄った。

「お父様から? 無事なの!?」

「……いや。これは、恐らく書かされたものだ」

キースは苦渋の表情で手紙を私に渡した。

そこには、父様の震える筆跡で、こう書かれていた。

『タリーへ。
 私は罪を認めた。
 お前も早く戻ってきなさい。
 さもなくば、私は処刑されることになるだろう。
 ……王都の中央広場で、公開処刑だ』

手紙を持つ手が震えた。

「……卑怯者っ!!」

私は叫び、手紙を机に叩きつけた。

流行作戦で追い詰められたアランたちが、なりふり構わず人質を取ったのだ。

しかも、公開処刑?

あの大衆の前で、無実の父様を殺す気なの?

「許さない……絶対に許さないわ、アラン!」

怒りで涙が滲む。

キースが背後から私を抱きしめた。

「落ち着け、タリー」

「落ち着いてなんていられないわ! 父様が……!」

「助けるぞ」

キースの力強い声が、耳元で響いた。

「公開処刑ということは、日時と場所が予告されているということだ。それはつまり、俺たちにとって『最高のステージ』が用意されたということでもある」

「……え?」

私は涙目で振り返った。

キースは、かつてないほど獰猛で、美しい笑みを浮かべていた。

「王都の民衆は今、あんたの味方になりつつある。そこへ、本物の『悪役令嬢』と『氷の騎士』が派手に登場したらどうなる?」

「……大盛り上がり、ですわね」

「ああ。処刑台を、俺たちの結婚式の舞台に変えてやろう」

彼は私の涙を親指で拭い、言った。

「行くぞ、王都へ。最後のダンスを踊りに」

私の胸に、再び熱い炎が灯った。

そうよ。泣いている場合じゃない。

クライマックスは、一番派手でなければ意味がない。

「ええ。行きましょう、キース。……王都中をひっくり返しに!」
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