「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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「きゃあああ! ちょっと、止めて! 止めなさい!」

城のエントランスホールに、私の悲鳴が響き渡った。

駆けつけてきたキースが、剣の柄に手をかけて血相を変える。

「どうした、タリー! 敵襲か!?」

「敵襲より酷いですわ! 見て、あそこ!」

私が指差した先――磨き上げられた黒大理石の床に、べっとりと茶色い泥の足跡が続いていた。

その足跡の主は、王都からやってきた数名の官僚と騎士たち。

彼らは寒さで鼻水を垂らし、旅の汚れで薄汚れた格好で、我が物顔でホールの中央に立っていた。

「……なんだ、その騒ぎは」

使者の一人、神経質そうな細身の男――ネズル子爵が、不快そうに顔をしかめた。

「我々は王命を帯びて来たのだぞ。出迎えも寄越さず、悲鳴を上げるとは無礼な」

「無礼なのはどちらですの!」

私は階段の上から、バサリと黄金の鉄扇(特注品)を開いた。

今日のドレスは、雪景色に映えるロイヤルブルー。首元には白いファーを巻き、頭にはダイヤモンドのティアラ。

完璧に計算された「城の女主人」スタイルだ。

「貴方たちのその汚いブーツ! 私が昨日、使用人たちと必死に磨き上げた床になんてことをしてくれますの! 泥を落としてから入るというマナーも習わなかったの?」

「なっ……た、タリー・ローズブレイド!?」

ネズル子爵が目を剥いた。

「貴様、逃亡中の身でありながら、なんと厚かましい……! しかもその派手な格好はなんだ! 反省の色はないのか!」

「反省? どうして私が? ここは私の新しい職場ですもの、制服(ドレス)を着て何が悪くて?」

私は優雅に階段を降りていく。

一段降りるたびに、ヒールがカツン、カツンと乾いた音を立てる。

「しょ、職場だと?」

「ええ。私は現在、ヴェルンシュタイン辺境伯領の『トータル・コーディネーター』として雇用されておりますの。ねえ、キース?」

私がウィンクを送ると、キースは一瞬きょとんとしたが、すぐに状況を察して重々しく頷いた。

「……そうだ。彼女は我が城の要(かなめ)だ」

「聞いた? つまり私はここに必要な人材。逃亡犯ではなく、出稼ぎ労働者というわけよ」

私はネズル子爵の目の前で足を止め、扇子で鼻を覆った。

「それにしても……臭いますわね」

「なっ!」

「馬の汗と、泥と、それから……『小悪党』特有の、湿気たカビのような臭いがしますわ」

「き、貴様ぁ……!」

ネズル子爵の顔が赤黒く染まる。

彼は震える手で懐から羊皮紙を取り出し、突きつけてきた。

「黙れ! これは王太子アラン殿下からの勅命だ! 『国庫横領の主犯タリー・ローズブレイドを即刻拘束し、王都へ連行せよ。抵抗する場合はその場で処刑しても構わない』とな!」

後ろに控えていた王都の騎士たちが、ガチャリと剣を抜く。

殺気立った空気がホールを支配する。

しかし。

「――ほう」

キースが低く、地を這うような声を漏らした。

彼はゆっくりと私の前に歩み出た。

ただそれだけの動作なのに、王都の騎士たちがビクリと肩を跳ねさせて後ずさる。

「俺の目の前で、俺の大切な職員(・・)を処刑する、と?」

キースの全身から、目に見えないプレッシャーが放たれている。

それは「氷の城壁」と呼ばれる彼本来の冷徹な殺気だ。

「へ、辺境伯! これは王命だぞ! 逆らえば貴殿も同罪……」

「王命だと?」

キースは鼻で笑った。

「このヴェルンシュタインは、国境を守る最重要拠点だ。その城内で剣を抜くことが何を意味するか、分かっているのか?」

「う……」

「我々に対する宣戦布告とみなす。――者共!」

キースが短く呼ぶと、ホールの四方八方から、赤い腕章を巻いた辺境騎士たちが姿を現した。

彼らの目は飢えた狼のように鋭く、手にはそれぞれの武器が握られている。

「へ、へえっ!?」

王都の騎士たちが悲鳴を上げた。

数の上でも、気迫の上でも、勝負になっていない。

「我らが女主人の床を汚した罪、万死に値するぞ」

副団長ガレが、ボキボキと指を鳴らしながら迫る。

いつの間にか、彼らもすっかり私の信者(ファン)になっていたらしい。教育の成果ね。

「ひ、ひぃぃ……! 野蛮人どもめ!」

ネズル子爵が後ずさり、階段の段差につまずいて尻餅をついた。

「ま、待て! 話を聞け! タリーは犯罪者だぞ! 証拠もあるんだ!」

「証拠?」

私は扇子を閉じ、冷ややかに見下ろした。

「あの改竄(かいざん)だらけの帳簿のこと? それとも、ミナの宝石箱から出てきた領収書のことかしら?」

「な、なぜそれを……」

「あら、カマをかけただけですのに。やっぱりミナの仕業でしたのね」

私はニヤリと笑った。

「お帰りなさい、子爵。そしてアラン殿下にお伝えして」

私は扇子の先で、出口の扉を指し示した。

「『証拠が欲しければ、自ら拾いに来い』とね。ただし、その時はもっとマシな靴を履いてくること。私の城を汚すネズミは、掃除機で吸い込んでしまいますわよ!」

「お、覚えてろよ! 辺境伯ごと取り潰してやるからな!」

ネズル子爵は捨て台詞を吐き、転がるように逃げ出した。

王都の騎士たちも慌ててその後を追う。

バタン! と重い扉が閉まると、ホールに静寂が戻った。

「……ふう。騒がしい客でしたわ」

私が肩をすくめると、キースが心配そうに覗き込んできた。

「タリー。……無理をしていないか」

「平気よ。あんな雑魚、扇子の風圧で吹き飛ばせますわ」

「だが、これで決定的になった。王都は本気で軍を差し向けてくるかもしれん」

キースの表情は険しい。

一介の令嬢の逮捕に軍を動かすなど狂気の沙汰だが、今のアラン殿下ならやりかねない。

「上等じゃない。迎え撃つ準備はできていて?」

「軍事的にはな。だが……情報戦となると、こちらが不利だ。王都にいる公爵――あんたの父親の安否も不明だしな」

父様。

その言葉に、私の胸がチクリと痛んだ。

胃痛持ちの父様のことだ。きっと今頃、独房で胃薬を求めて泣いているに違いない。

「……助けに行かないとね」

私は決意を込めて言った。

「でも、ノコノコ出て行ったら捕まるだけよ。何か、一発逆転の手が必要だわ」

「策はあるのか?」

「ええ。……『毒を以て毒を制す』、いえ、『流行を以て世論を制す』作戦よ」

私はニヤリと笑った。

「アラン殿下たちが流した『悪役令嬢タリー』の噂。それを逆手にとって、王都の貴族たちを味方につけるの」

「味方に? どうやって」

「キース。貴方の領地には、使っていない『ダイヤモンドの鉱脈』があるって言ってたわよね?」

「ああ。あるが……未加工の原石ばかりで、換金するルートがない」

「それで十分よ」

私は鉄扇をパチンと鳴らした。

「これから私が流行らせるのは、ドレスでも宝石でもない。『真実』という名のブランドよ。……さあ、マーサ! 紙とペンを持ってきて! それから、一番速い伝書鳩を!」

戦いは、剣と魔法だけではない。

社交界という名の戦場を知り尽くした私にしかできない、最高に華やかで、えげつない反撃の狼煙(のろし)を上げてあげるわ!
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