「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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「工事中止ですって!? どういうことよ!」

現場事務所に入ってきた私は、ヘルメットを机に叩きつけた(もちろん、リボンでデコレーションした特注ヘルメットだ)。

ドワーフの現場監督、ガンツが困り果てた顔で頭を掻く。

「いやぁ、タリー様。あっしも長年、土木工事をやってきやしたがね。あんな『頑固な先客』は初めてでして……」

「先客? 地権者のこと? この土地は全てキースのものですわよ」

私が隣のキースを見ると、彼も首を傾げている。

「地獄谷に人は住んでいないはずだが」

「人じゃねえんです。……行ってみれば分かりやす」

ガンツに案内され、私たちは再び湯気の立ち上る源泉地帯へと向かった。



「キーッ! キキッ!」

「ウホッ! ウホホッ!」

現場に近づくと、騒がしい鳴き声が聞こえてきた。

「……猿?」

私が目を凝らすと、岩場の一番いい場所に、真っ白な毛並みをした巨大な猿の集団が陣取っていた。

彼らは気持ちよさそうに温泉に浸かり、近づこうとする作業員たちに向かって、雪玉や硬い木の実を投げつけている。

「あれは『スノーモンキー』……いや、魔獣『ブリザード・エイプ』の群れだ」

キースが険しい顔で剣の柄に手をかけた。

「凶暴な性格で、縄張り意識が強い。……まさか、ここを巣にしていたとはな」

「凶暴? 随分とくつろいでいますわよ」

猿たちは温泉で顔を赤くし、互いに毛づくろいをしている。中には、子猿を抱いて背中を流している母猿もいる。

「なんてこと……。一番景色のいい『特等席』を占領されていますわ!」

私が地団駄を踏むと、群れの中心にいた一際大きなボス猿がこちらに気づいた。

身長は2メートル近い。筋肉隆々の体に、古傷のある強面。

「グルルル……!」

ボス猿が立ち上がり、威嚇のポーズを取る。

「危ない、下がってろタリー! 俺が排除する!」

キースが抜刀し、殺気を放つ。

しかし。

「待ちなさい!」

私は扇子でキースの剣を押さえた。

「排除? そんな野蛮なことしてはダメよ」

「だが、あいつらがいる限り工事が進まん。それに、客を襲う危険がある」

「見てごらんなさい、あの恍惚とした表情を」

私は温泉に浸かる猿たちを指差した。

「彼らは『温泉の良さ』を理解している、極めて感性の高い生き物よ。いわば、このリゾートの最初の顧客(ファン)第一号ですわ!」

「……顧客?」

キースとガンツがポカンとする。

「追い出すなんてもったいない! 彼らを『観光資源』として利用するのよ!」

私は扇子をバサリと開き、ボス猿に向かって歩き出した。

「おい、タリー!?」

「大丈夫。私に任せて」

私はにっこりと笑い、懐からあるものを取り出した。

それは、最高級の猪毛で作られたヘアブラシと、アロマオイル入りの高級シャンプー。

「ごきげんよう、森の王様。随分といい湯加減のようね」

「ウガァッ!」

ボス猿が牙を剥き、巨大な拳を振り上げる。

私がさらに一歩近づくと、ボス猿は躊躇なく殴りかかってきた――かに見えた。

ヒュン!

私はダンスのステップで軽やかにその拳を躱し、素早くボス猿の背後に回り込んだ。

「毛並みがボサボサよ。王様なら、身だしなみも整えなくちゃ」

私はすかさず、ボス猿の背中にシャンプーをぶっかけ、ブラシでゴシゴシと磨き始めた。

「ウ、ウオッ!?」

ボス猿が驚いて硬直する。

「ここが痒いんじゃなくて? それともここ?」

私は絶妙な力加減で、凝り固まった肩甲骨周りをブラッシングする。

公爵令嬢たるもの、愛犬のケアも嗜みの一つ。魔獣だろうと何だろうと、ツボは同じはずだ。

「ウ……ウウッ……」

ボス猿の唸り声が変わった。

怒りから、戸惑いへ。そして――。

「ウットリ……」

ボス猿は膝から崩れ落ち、気持ちよさそうに目を細めた。

「ほーら、いい香りでしょう? ローズの香りよ」

私はさらに念入りにマッサージを加える。

周囲の子分猿たちも、それを見て「次は俺も頼む」と言わんばかりに列を作り始めた。

「な、なんだあの光景は……」

キースが呆然としている。

「姐さん……すげぇ……」

ガンツが尊敬の眼差しで見ている。

十分後。

そこには、ツヤツヤの毛並みになり、完全に私の下僕と化したボス猿の姿があった。

「分かったわね? ここを使わせてあげる代わりに、貴方たちには働いてもらうわよ」

「ウホッ!(イエス、マム!)」

ボス猿が敬礼のようなポーズをとる。

私は振り返り、キースたちに宣言した。

「交渉成立よ! 計画変更ですわ!」

「変更?」

「ええ。人間用の大浴場の隣に、『お猿専用露天風呂』を作ります。そして、彼らが温泉に浸かる愛らしい(?)姿を、ガラス越しに見学できるようにするの!」

私はピーンと指を立てた。

「名付けて『スノーモンキー・パラダイス』! 世界でここだけ、野生の魔獣と混浴気分が味わえる温泉よ! これはバカ売れ間違いなしですわ!」

「……たくましいな、あんたは」

キースが深くため息をつき、それから優しく笑った。

「魔獣すら手懐けるとは。……俺が惚れただけのことはある」

「あら、貴方もブラッシングして欲しくて?」

「……後で頼む」

こうして、最大の障害だった魔獣たちは、最強の「客寄せパンダ(猿)」へと生まれ変わった。

ガンツたち作業員も、猿たちと仲良くなり(餌付けに成功し)、工事は急ピッチで進んだ。

そして数ヶ月後。

ついに、灰色の雪原に巨大なガラスのドームが出現することになる。

だが、オープン直前。

またしても私の元に、厄介な知らせが舞い込んだ。

「タリー様! 大変です! 王都から視察団が来るそうです!」

「視察団?」

「ええ。しかも、その中には……あの『伝説の舞台女優』が含まれているとか!」

私の眉がピクリと動く。

女優? 私の劇場で、私が主役以外の舞台なんて認めませんわよ?

(さあ、次はどんなライバルが現れますの?)

私は完成したばかりの露天風呂(猿付き)に浸かりながら、不敵な笑みを浮かべた。
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