「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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夜の帳(とばり)が下りると、『スノー・クリスタル・ドーム』は幻想的な光に包まれた。

頭上のガラス越しに見える満天の星空。そして、ドーム内を彩る無数のキャンドルと魔石ランプ。

「……悪くない。辺境にしては頑張った方だな」

レオナルド皇帝は、金糸の刺繍が入った純白のタキシード姿で、シャンパングラスを傾けた。

対するキースは、いつもの黒い礼服。ただし、胸元には私が選んだ『アイス・ウォール』のダイヤモンドブローチが輝いている。

「さあ、勝負の時間だ」

皇帝がバンドマスターに合図を送ると、優雅なワルツが流れ始めた。

「タリー! まずは余と踊ろう!」

レオナルド皇帝が、自信満々に手を差し出した。

「君のドレスはゴールドだな。余のタキシードと完璧なペアだ! さあ、世界で一番煌びやかなカップルの誕生だ!」

確かに、私のドレスはシャンパンゴールド。彼の隣に立てば、絵画のように美しいだろう。

私はチラリとキースを見た。彼は動かない。

「……まずはゲストを立てるのが礼儀ですわね」

私は皇帝の手を取った。

「光栄ですわ、陛下」

「ハッハッハ! そうだ、その笑顔だ!」

皇帝は私をリードし、フロアの中央へ躍り出た。

彼のダンスは完璧だった。洗練され、華やかで、周囲へのアピールも忘れない。

「見てくれ、この回転! 君のドレスが花のように開くぞ!」

彼は私をクルクルと回し、そのたびに「美しい!」「最高だ!」と大声で褒めちぎる。

周囲の貴族たち(視察団や領内の有力者)も、その圧倒的な「陽」のオーラに魅了され、ため息を漏らしている。

「どうだ、タリー。余の隣は心地よいだろう? 余は太陽だ。君という花を、永遠に照らし続けてやれるぞ!」

「……ええ。とても眩しいですわ」

私は笑顔を張り付けながらも、心の中で冷静に分析していた。

(確かに上手い。でも……)

彼のダンスは「自分が主役」なのだ。

私がどう動きたいか、ドレスの裾がどうなびくかよりも、「自分がいかに私を美しく見せているか」に酔っている。

曲が終わり、皇帝は決めポーズでウィンクした。

「次はキース君の番だが……正直、勝負あったんじゃないかね?」

皇帝が挑発的な視線を送る。

キースがゆっくりと歩み出た。

彼は私の前に立つと、無言で、しかし深く一礼して手を差し出した。

「……踊ってくれるか、タリー」

「ええ、喜んで」

次の曲が始まる。今度は、少しテンポの遅い、静謐な曲だ。

キースの手は、皇帝のように軽やかではない。大きく、ゴツゴツしていて、熱い。

けれど、彼が私の腰に手を回した瞬間、私はふっと息をつくことができた。

(……ああ、これよ)

キースのリードは、決して無理をさせない。

私が一歩踏み出そうとすると、自然にそこへ導いてくれる。ドレスの重さを感じさせないよう、絶妙な力加減で支えてくれる。

「……緊張しているか?」

耳元で、彼が低く囁く。

「まさか。貴方こそ、相手が皇帝陛下で足が震えているんじゃない?」

「震えているさ。……あんたを奪われるかもしれないと思ったらな」

「!」

珍しく弱気な言葉。でも、その腕には力がこもっている。

「タリー。俺は太陽にはなれない。あいつみたいに、器用に言葉で飾ることもできない」

彼は私をゆっくりと旋回させた。

その動きに合わせて、頭上の照明がフッと暗くなる。

「え?」

会場がざわつく中、ドームのガラス天井に、ある「演出」が施された。

キースが事前に仕込んでいたのだろうか。

魔石の光がガラスに投影され、星空の中に、たった一つ、ひときわ大きく輝く「一番星」が浮かび上がった。

そして、その星の光だけが、スポットライトのように私を照らした。

「……俺は、夜空でいい」

キースの声が、静寂の中に響く。

「あんたが一番星だ。俺という闇があるからこそ、あんたは誰よりも強く輝ける」

「キース……」

「俺はあんたを照らすんじゃない。あんたが放つ光を、すべて受け止めて、際立たせる背景(バック)になる」

彼は私を見つめた。その瞳は、どんな宝石よりも深く、私だけを映している。

「……選んでくれ。あんたが一番、あんたらしくいられる場所を」

曲のクライマックス。

彼は私を高くリフトした。

スポットライトの中、私は空中に浮かび上がり、まるで星空を飛んでいるような錯覚に陥った。

皇帝のダンスが「二人で見せるショー」なら、キースのダンスは「私を主役にするための献身」だ。

着地と共に、曲が終わる。

会場は静まり返り、やがて万雷の拍手が巻き起こった。

「……勝負あり、だな」

レオナルド皇帝が、グラスを置いて苦笑した。

彼は私たちに歩み寄ると、潔く両手を挙げた。

「参ったよ。あんな『背景』に徹する愛し方を見せられては、余が出る幕はない」

「陛下……」

「キース君と言ったか。君は地味だと思っていたが、訂正しよう。君は『最高の引き立て役』だ」

皇帝は懐から、賭けの対象だった巨大ダイヤモンドを取り出した。

「約束だ。これは君たちのものだ。不可侵条約も結ぼう。……ただし!」

皇帝は私の手を取り、強引にダイヤモンドを握らせた。

「もしこいつが君を泣かせたら、いつでも余のところへ来い。その時は、国ごと奪い取ってやるからな!」

「ふふ、覚えておきますわ」

私はダイヤモンドを掲げて見せた。

「でも残念ながら、その日は来ませんわ。……だって私は、この『夜空』の下で輝くのが一番気に入っていますもの」

私がキースに微笑みかけると、彼は照れくさそうに顔を背けたが、その耳は真っ赤だった。

こうして、皇帝との対決も私たちの勝利で終わった。

条約締結により、辺境の安全は保障され、リゾート開発はさらに加速することになる。

そして、季節は巡り――。

ついに、私とキースの結婚式の日が近づいてきた。

「世界一派手な結婚式にするわよ!」

「……予算の範囲内で頼む」

幸せな悲鳴と共に、物語はいよいよフィナーレへと向かう。
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