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「……お客様?」
私が執務室で、次のイベント「雪上花火大会」の予算書と格闘している時のことだった。
マーサがお茶を運びながら、困惑した顔で告げた。
「はい。それも、ただのお客様ではございません。……隣国、ガルディア帝国の皇帝陛下がお見えです」
「はあ!?」
私はペンを取り落とした。
ガルディア帝国といえば、この国の北に位置する軍事大国だ。国交はあるものの、皇帝自らがこんな辺境の地にお忍びで(?)来るなんて聞いたことがない。
「アポなし訪問なんて非常識ですわね。追い返しなさい」
「それが……『噂の女傑に会わせろ』と、すでにエントランスを占拠されておりまして」
ドカーン! パラパラパラ……。
その時、窓の外で派手な爆発音がした。
慌てて窓から覗くと、城の前庭に、金色の塗装が施された巨大な馬車が止まっていた。そして、その周囲でなぜかファンファーレ隊がラッパを吹き鳴らし、紙吹雪が舞っている。
「……何ですの、あれ」
私のパレードよりも派手じゃない。
「行きますわよ、マーサ。私の城で私より目立つなんて、いい度胸ですわ!」
私は扇子を掴み、廊下をカツカツと歩き出した。
◇
エントランスホールに降り立つと、そこには異様な集団がいた。
金ピカの鎧を着た親衛隊。
そしてその中心に、一際派手な男が立っていた。
長い金髪をなびかせ、真紅のマントを羽織り、指には宝石の指輪をジャラジャラとつけている。顔立ちは彫刻のように美しいが、全身から溢れ出る「俺様オーラ」が暑苦しい。
「おお! 君が噂のタリー・ローズブレイドか!」
男は私を見るなり、親しげに両手を広げて近づいてきた。
「初めまして。私がガルディア帝国皇帝、レオナルド・フォン・ガルディアだ! 気軽に『レオ様』と呼んでくれたまえ!」
「……気安いですわね、皇帝陛下」
私は一歩下がって、優雅にお辞儀(カーテシー)をした。
「ここはヴェルンシュタイン辺境伯領です。他国の皇帝陛下が、ん何の連絡もなく軍隊を引き連れてくるとは、侵略行為とみなされても文句は言えませんわよ?」
「ハッハッハ! 堅いことを言うな! 今日はプライベートの視察だ!」
レオナルド皇帝は、白い歯をキラリと光らせた。
「聞いたぞ! この極寒の地を、わずか数ヶ月で一大リゾート地に変えた敏腕プロデューサーがいるとな! しかも、元悪役令嬢だとか? 面白い! 実に余の好みだ!」
彼は私の手を取り、強引に手の甲にキスをした。
「どうだ、タリー。こんな田舎でくすぶっているのは惜しい才能だ。余の国に来ないか?」
「は?」
「余の帝国なら、予算は無制限だ! 君の好きなだけ、国中を金色に塗り替えてくれて構わんぞ! もちろん、余の『第108妃』としての地位も約束しよう!」
「108って、煩悩の数ですの?」
私が呆れていると、背後から氷点下の殺気が放たれた。
「……俺の婚約者に、気安く触れるな」
キースだ。
彼はいつもの黒い軍服姿で、腰の剣に手をかけながら現れた。その瞳は、ブリザードのように冷たく皇帝を射抜いている。
「おや、君が『氷の城壁』キース君か」
レオナルド皇帝は悪びれもせず、キースを見下ろした。
「地味だねえ。噂通りの堅物だ。タリー君のような華やかな女性には、君のような石ころより、余のような太陽が似合うと思わんかね?」
「……何だと」
キースのこめかみに青筋が浮かぶ。
一触即発。
エントランスの空気が凍りつく。
私はパチンと扇子を鳴らし、二人の間に割って入った。
「そこまでになさい! 私の城で喧嘩は禁止ですわ!」
私はレオナルド皇帝を睨みつけた。
「陛下。お誘いは光栄ですが(108番目は御免ですが)、私はこのヴェルンシュタインを愛しておりますの。転職の意思はありませんわ」
「愛? フン、愛など金と権力の前では無力だよ」
皇帝はニヤリと笑った。
「まあいい。君がここを離れられないと言うなら、このリゾートごと余が買い取ってもいい」
「買い取る?」
「ああ。この『スノー・クリスタル・ドーム』と『温泉』、実に素晴らしい。我が帝国の保養地として接収したい。金ならいくらでも出すぞ?」
それは、実質的な領土割譲の要求だった。
キースが剣を抜こうとする。
「……帰れ。ここは俺たちの国だ」
「交渉決裂かね? 残念だ。……ならば、賭けをしようじゃないか」
皇帝は懐から、巨大なダイヤモンドを取り出した。
私の『アイス・ウォール』コレクションよりも大きく、美しくカットされた最高級品だ。
「今夜、君たちの自慢の劇場でパーティーがあるそうだな。そこで『どちらがよりタリーを輝かせられるか』勝負しよう」
「……はあ?」
「余が勝てば、タリー、君は余の国に来る。キース君が勝てば、このダイヤモンドをくれてやろう。ついでに帝国との不可侵条約も結んでやる」
あまりに勝手な提案。
しかし、「不可侵条約」という言葉にキースが反応した。
帝国との関係は常に緊張状態にある。もし条約が結べれば、辺境の安全は盤石になる。
「……条件は?」
キースが低い声で問う。
「簡単だ。今夜のダンスパーティーで、タリーが『最後に誰と踊るか』。彼女が選んだ方が勝者だ」
皇帝は自信満々に髪をかき上げた。
「もちろん、君が選ばれる自信があるなら、受けて立つだろう? それとも、こんな地味な男では、余の輝きに勝てないと逃げるかね?」
明らかな挑発。
キースは拳を握りしめ、私を見た。
不安そうな目ではない。
「……いいだろう。受けて立つ」
「キース!?」
「タリーは物じゃない。だが、俺は誰にも負けるつもりはない」
キースは真っ直ぐに皇帝を見据えた。
「彼女が選ぶのは俺だ。……賭けにならんぞ」
「ハッハッハ! 言うねえ! 面白い! では今夜、ダンスフロアで会おう!」
レオナルド皇帝は高笑いを残し、金色のマントを翻して去っていった。
嵐のように現れ、嵐のように去っていった派手男。
残された私たちは、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……キース、良かったの? あんな挑発に乗って」
私が尋ねると、キースはふっと力を抜いた。
「条約は魅力的だ。それに……」
彼は私の手を取り、少し拗ねたように言った。
「あいつの『派手さ』は、あんたの好みだろう?」
「え?」
「俺は地味で、無骨で、口下手だ。あんな風に、あんたを煌びやかにエスコートできないかもしれない」
まさか。
この「氷の城壁」が、あんなチャラ男に嫉妬しているというの?
「……バカね」
私は思わず吹き出した。
「何がおかしい」
「だって、貴方らしくないんですもの。自信を持ちなさいな」
私は背伸びをして、キースの頬をつついた。
「私が好きなのは『派手な男』じゃなくて、『私を一番輝かせてくれる男』よ」
「……違いが分からん」
「今夜分かるわ。さあ、勝負の準備よ! 皇帝陛下が腰を抜かすような、最高の夜会にして差し上げましょう!」
私は扇子を掲げ、使用人たちに号令をかけた。
「マーサ! 厨房と楽団に伝達! 今夜のテーマは『対決』よ! 帝国風の豪華さと、辺境風の野性味を融合させた、最強のコースを用意してちょうだい!」
「承知いたしました!」
さあ、忙しくなってきた。
帝国の皇帝? 108番目の妃?
冗談じゃない。
私はいつだって、オンリーワンの主役でなければ気が済まないのよ!
(見ていなさい、レオ様。……地味な騎士が本気になった時、どれほど熱いか教えてあげるわ!)
私が執務室で、次のイベント「雪上花火大会」の予算書と格闘している時のことだった。
マーサがお茶を運びながら、困惑した顔で告げた。
「はい。それも、ただのお客様ではございません。……隣国、ガルディア帝国の皇帝陛下がお見えです」
「はあ!?」
私はペンを取り落とした。
ガルディア帝国といえば、この国の北に位置する軍事大国だ。国交はあるものの、皇帝自らがこんな辺境の地にお忍びで(?)来るなんて聞いたことがない。
「アポなし訪問なんて非常識ですわね。追い返しなさい」
「それが……『噂の女傑に会わせろ』と、すでにエントランスを占拠されておりまして」
ドカーン! パラパラパラ……。
その時、窓の外で派手な爆発音がした。
慌てて窓から覗くと、城の前庭に、金色の塗装が施された巨大な馬車が止まっていた。そして、その周囲でなぜかファンファーレ隊がラッパを吹き鳴らし、紙吹雪が舞っている。
「……何ですの、あれ」
私のパレードよりも派手じゃない。
「行きますわよ、マーサ。私の城で私より目立つなんて、いい度胸ですわ!」
私は扇子を掴み、廊下をカツカツと歩き出した。
◇
エントランスホールに降り立つと、そこには異様な集団がいた。
金ピカの鎧を着た親衛隊。
そしてその中心に、一際派手な男が立っていた。
長い金髪をなびかせ、真紅のマントを羽織り、指には宝石の指輪をジャラジャラとつけている。顔立ちは彫刻のように美しいが、全身から溢れ出る「俺様オーラ」が暑苦しい。
「おお! 君が噂のタリー・ローズブレイドか!」
男は私を見るなり、親しげに両手を広げて近づいてきた。
「初めまして。私がガルディア帝国皇帝、レオナルド・フォン・ガルディアだ! 気軽に『レオ様』と呼んでくれたまえ!」
「……気安いですわね、皇帝陛下」
私は一歩下がって、優雅にお辞儀(カーテシー)をした。
「ここはヴェルンシュタイン辺境伯領です。他国の皇帝陛下が、ん何の連絡もなく軍隊を引き連れてくるとは、侵略行為とみなされても文句は言えませんわよ?」
「ハッハッハ! 堅いことを言うな! 今日はプライベートの視察だ!」
レオナルド皇帝は、白い歯をキラリと光らせた。
「聞いたぞ! この極寒の地を、わずか数ヶ月で一大リゾート地に変えた敏腕プロデューサーがいるとな! しかも、元悪役令嬢だとか? 面白い! 実に余の好みだ!」
彼は私の手を取り、強引に手の甲にキスをした。
「どうだ、タリー。こんな田舎でくすぶっているのは惜しい才能だ。余の国に来ないか?」
「は?」
「余の帝国なら、予算は無制限だ! 君の好きなだけ、国中を金色に塗り替えてくれて構わんぞ! もちろん、余の『第108妃』としての地位も約束しよう!」
「108って、煩悩の数ですの?」
私が呆れていると、背後から氷点下の殺気が放たれた。
「……俺の婚約者に、気安く触れるな」
キースだ。
彼はいつもの黒い軍服姿で、腰の剣に手をかけながら現れた。その瞳は、ブリザードのように冷たく皇帝を射抜いている。
「おや、君が『氷の城壁』キース君か」
レオナルド皇帝は悪びれもせず、キースを見下ろした。
「地味だねえ。噂通りの堅物だ。タリー君のような華やかな女性には、君のような石ころより、余のような太陽が似合うと思わんかね?」
「……何だと」
キースのこめかみに青筋が浮かぶ。
一触即発。
エントランスの空気が凍りつく。
私はパチンと扇子を鳴らし、二人の間に割って入った。
「そこまでになさい! 私の城で喧嘩は禁止ですわ!」
私はレオナルド皇帝を睨みつけた。
「陛下。お誘いは光栄ですが(108番目は御免ですが)、私はこのヴェルンシュタインを愛しておりますの。転職の意思はありませんわ」
「愛? フン、愛など金と権力の前では無力だよ」
皇帝はニヤリと笑った。
「まあいい。君がここを離れられないと言うなら、このリゾートごと余が買い取ってもいい」
「買い取る?」
「ああ。この『スノー・クリスタル・ドーム』と『温泉』、実に素晴らしい。我が帝国の保養地として接収したい。金ならいくらでも出すぞ?」
それは、実質的な領土割譲の要求だった。
キースが剣を抜こうとする。
「……帰れ。ここは俺たちの国だ」
「交渉決裂かね? 残念だ。……ならば、賭けをしようじゃないか」
皇帝は懐から、巨大なダイヤモンドを取り出した。
私の『アイス・ウォール』コレクションよりも大きく、美しくカットされた最高級品だ。
「今夜、君たちの自慢の劇場でパーティーがあるそうだな。そこで『どちらがよりタリーを輝かせられるか』勝負しよう」
「……はあ?」
「余が勝てば、タリー、君は余の国に来る。キース君が勝てば、このダイヤモンドをくれてやろう。ついでに帝国との不可侵条約も結んでやる」
あまりに勝手な提案。
しかし、「不可侵条約」という言葉にキースが反応した。
帝国との関係は常に緊張状態にある。もし条約が結べれば、辺境の安全は盤石になる。
「……条件は?」
キースが低い声で問う。
「簡単だ。今夜のダンスパーティーで、タリーが『最後に誰と踊るか』。彼女が選んだ方が勝者だ」
皇帝は自信満々に髪をかき上げた。
「もちろん、君が選ばれる自信があるなら、受けて立つだろう? それとも、こんな地味な男では、余の輝きに勝てないと逃げるかね?」
明らかな挑発。
キースは拳を握りしめ、私を見た。
不安そうな目ではない。
「……いいだろう。受けて立つ」
「キース!?」
「タリーは物じゃない。だが、俺は誰にも負けるつもりはない」
キースは真っ直ぐに皇帝を見据えた。
「彼女が選ぶのは俺だ。……賭けにならんぞ」
「ハッハッハ! 言うねえ! 面白い! では今夜、ダンスフロアで会おう!」
レオナルド皇帝は高笑いを残し、金色のマントを翻して去っていった。
嵐のように現れ、嵐のように去っていった派手男。
残された私たちは、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……キース、良かったの? あんな挑発に乗って」
私が尋ねると、キースはふっと力を抜いた。
「条約は魅力的だ。それに……」
彼は私の手を取り、少し拗ねたように言った。
「あいつの『派手さ』は、あんたの好みだろう?」
「え?」
「俺は地味で、無骨で、口下手だ。あんな風に、あんたを煌びやかにエスコートできないかもしれない」
まさか。
この「氷の城壁」が、あんなチャラ男に嫉妬しているというの?
「……バカね」
私は思わず吹き出した。
「何がおかしい」
「だって、貴方らしくないんですもの。自信を持ちなさいな」
私は背伸びをして、キースの頬をつついた。
「私が好きなのは『派手な男』じゃなくて、『私を一番輝かせてくれる男』よ」
「……違いが分からん」
「今夜分かるわ。さあ、勝負の準備よ! 皇帝陛下が腰を抜かすような、最高の夜会にして差し上げましょう!」
私は扇子を掲げ、使用人たちに号令をかけた。
「マーサ! 厨房と楽団に伝達! 今夜のテーマは『対決』よ! 帝国風の豪華さと、辺境風の野性味を融合させた、最強のコースを用意してちょうだい!」
「承知いたしました!」
さあ、忙しくなってきた。
帝国の皇帝? 108番目の妃?
冗談じゃない。
私はいつだって、オンリーワンの主役でなければ気が済まないのよ!
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