「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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「風圧! 風圧が凄すぎますわ! 飾り付けたリボンが飛んでしまいます!」

城の前庭は、台風が直撃したかのような暴風に見舞われていた。

原因は、上空を旋回している十数頭の巨大な翼竜――隣国ガルディア帝国の「ドラゴン騎士団」だ。

「ガハハハ! どうだタリー! この迫力! 我が国の空の精鋭たちだ!」

金ピカの馬車から降りてきたレオナルド皇帝が、強風の中でマントをバタバタさせながら高笑いしている。

私は飛ばされそうになる帽子(結婚式用のリハーサル中だった)を押さえ、皇帝を睨みつけた。

「迷惑ですわ、レオ様! 今すぐ着陸させて! せっかく並べたウェルカムボードがドミノ倒しになってますのよ!?」

「何? 歓迎の舞のつもりだったのだが……おい、降りろ!」

皇帝が手を振ると、ドラゴンたちはズシン、ズシンと地響きを立てて着陸した。

その鼻息だけで、近くにいた使用人たちが腰を抜かしている。

「……何の真似だ」

キースが剣の柄に手をかけて現れた。

「おお、花婿殿! 祝辞を述べに来てやったぞ。それに、このドラゴンたちで『愛の炎文字』を空に描く予定だ!」

「城が燃える。帰れ」

「まあ待て。……タリー、君ならこの『最高の素材』を使いこなせるんじゃないかね?」

皇帝が挑発的な視線を送ってくる。

私は乱れた髪を直し、巨大なドラゴンを見上げた。

爬虫類特有の金色の目。鋼鉄のような鱗。そして、口から漏れる灼熱の息。

普通なら恐怖の対象だ。しかし、今の私の目には「ある可能性」しか映っていない。

「……そうね。追い返すのも芸がありませんわ」

私は扇子をパチンと鳴らした。

「採用よ、レオ様。ただし、空に文字を描くなんてありきたりな芸じゃなくてよ」

「ほう? では何をさせる気だ?」

「『キャンドル・サービス』の着火係よ」

「……は?」

皇帝とキースの声が重なった。

「ドラゴンブレスで、会場の数千本のキャンドルを一斉に点火するの。もちろん、お客様の眉毛を焦がさないギリギリのコントロールでね」

私はドラゴンの鼻先に近づき、ニヤリと笑った。

「できるかしら? 帝国の精鋭なんでしょう?」

ドラゴンがグルルと喉を鳴らし、まるで「舐めるな」と言うかのように小さな火球を吐いた。

「交渉成立ね。さあ、リハーサルよ! 一ミリでもズレたら、今晩のディナーはドラゴンステーキにしますからね!」

こうして、最強の生物兵器までもが、私の結婚式の「演出スタッフ」として組み込まれることになった。



そして、結婚式前夜。

城の中は、嵐の前の静けさのような空気に包まれていた。

明日の準備は全て整った。

ドラゴンたちの調教も(キースの威圧と私の飴と鞭で)完了した。

私は自室のバルコニーに出て、雪景色を見下ろした。

明日の会場となる『スノー・クリスタル・ドーム』が、月明かりの下で青白く輝いている。

「……眠れないのか」

背後から声をかけられた。

振り返ると、寝間着姿にガウンを羽織ったキースが立っていた。

「キース。……ええ、少しね」

本来、結婚式前夜に花婿と花嫁が会うのはマナー違反だ。でも、私たちはそんな型にはまる二人じゃない。

「俺もだ。……落ち着かない」

キースは私の隣に立ち、同じ景色を見下ろした。

「半年前、ここで一人で雪を見ていた時は、一生この景色が変わることはないと思っていた」

彼はぽつりと語り出した。

「灰色で、寒くて、寂しい場所。それが俺の世界だった」

「……今は?」

「今は、騒がしい」

彼は苦笑した。

「城の中はピンクや赤の装飾だらけだし、庭には猿がいるし、空にはドラゴンが飛んでいる。……静寂とは程遠い」

「あら、ご不満?」

「いいや」

キースは私の手を取り、自分の頬に寄せた。

「愛おしいよ。この騒がしさが、あんたがここにいる証だからな」

彼の手の温もりが、冷たい夜気の中でじんわりと伝わってくる。

「……ねえ、キース。私、悪役令嬢だったのよ?」

私はふと、昔のことを口にした。

「王都では嫌われ者で、ワガママで、高飛車で。……本当に私で良かったの?」

マリッジブルーというやつだろうか。幸せすぎる現状に、ふと足元がすくむような感覚。

キースは私の目をじっと見つめ、それから、ゆっくりと首を振った。

「悪役令嬢? 誰がそんなことを言った」

「世間の皆が……」

「世間など関係ない。俺が知っているのは、傷ついても顔を上げ、泥だらけになっても輝きを失わず、俺の手を取って踊ってくれた、世界一勇敢な女性だ」

彼は私の腰を引き寄せ、抱きしめた。

「あんたは悪役じゃない。……俺だけのヒロインだ」

「……っ」

涙腺が緩む。

この不器用な騎士様は、いつだって私の欲しい言葉を、一番真っ直ぐに届けてくれる。

「……悔しいわね。明日、化粧ノリが悪くなったら貴方のせいよ」

私は彼の胸に顔を埋め、涙を吸わせた。

「責任を取るさ。一生かけてな」

「ええ。覚悟しておきなさい」

私たちは月明かりの下、長くキスをした。

明日はきっと、人生で一番忙しくて、一番幸せな日になる。

「さあ、寝ましょう。主役が目の下に隈を作っていたら、レオ様に笑われてしまいますわ」

「そうだな。……おやすみ、タリー」

「おやすみ、キース」

それぞれの部屋に戻る背中は、もう寂しくない。

明日、私たちは本当の家族になるのだから。

そして迎えた、結婚式当日。

雲ひとつない快晴。

ヴェルンシュタインの空に、ドラゴンの咆哮と、祝福の鐘が鳴り響こうとしていた。
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