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時は流れ――。
かつて「死の土地」と呼ばれた極北の地、ヴェルンシュタイン。
今やそこは、大陸中から観光客が押し寄せる「北の宝石箱」と呼ばれていた。
「ママー! 見て見て! パパがドラゴンに乗せてくれたの!」
ガラスのドーム内に、元気な声が響き渡る。
駆け寄ってきたのは、プラチナブロンドの巻き毛に、深い青色の瞳をした四歳の少女――私たちの娘、オーロラだ。
その背後から、少し困ったような、しかし目尻を限界まで下げたキースが歩いてくる。
「こら、オーロラ。走ると危ないぞ」
「あら、キース。またこの子を甘やかして。ドラゴンは一日一回までと言ったでしょう?」
私が腰に手を当てて睨むと、キースはバツが悪そうに視線を逸らした。
「……いや、あいつ(ドラゴン)が乗せたがっていたんだ。それに、オーロラがどうしてもと言うから……」
「パパは私のこと大好きなんだもんねー!」
オーロラがキースの足にしがみつく。
かつて「氷の城壁」と恐れられた無骨な騎士は、今や完全に娘という小さな太陽に溶かされた「親バカの雪だるま」と化していた。
「やれやれ。……誰に似たのかしら、このお転婆ぶりは」
私がため息をつくと、控えていたマーサがすかさずツッコミを入れた。
「奥様、鏡をご覧になりますか? 生き写しでございますよ」
「……マーサ、貴女も随分と口が減らなくなりましたわね」
私は苦笑しながら、愛娘を抱き上げた。
今日の私は、真紅ではなく、深みのあるワインレッドのドレス。
少し落ち着いた色だが、散りばめられたダイヤモンドの量は変わらない。母親になっても、地味になるつもりなんて毛頭ないのだ。
「さあ、準備はよろしくて? 今日は特別な夜よ」
今日は、私たちがこの地に来てから五年目の記念日。
そして、完成したばかりの「新市街」のお披露目舞踏会だ。
◇
夜の帳が下りると、ヴェルンシュタインの街は、オーロラよりも鮮やかな光に包まれた。
『スノー・クリスタル・ドーム』には、何千人ものゲストが集まっている。
領民たち、王都からの友人(ミナとアランを除く)、そして相変わらずド派手な衣装で最前列を陣取るレオナルド皇帝。
「ハッハッハ! タリー! 今日の輝きも素晴らしいぞ! だが、余の持ってきた『黄金のシャンパンタワー』には負けるかな?」
「また余計なものを……! 後で請求書を回しますわよ、レオ様!」
軽口を叩き合いながら、私は会場を見渡した。
みんな、笑っている。
誰もがドレスアップして、美味しい料理に舌鼓を打ち、音楽に身を委ねている。
かつて私が夢見た景色。
「灰色」だった世界が、こんなにも極彩色に溢れている。
「……満足か?」
隣に立ったキースが、シャンパングラスを渡してくれた。
「ええ。及第点ね」
私は強がって見せたが、本当は胸がいっぱいだった。
「でも、まだ終わりじゃないわ。来年はスキー場を拡張したいし、夏には花畑を作る計画もあるの」
「……まだ働く気か?」
「当然よ。私は強欲な悪役令嬢ですもの。欲しいものは全部手に入れないと気が済まないの」
私がニヤリと笑うと、キースは呆れたように、でも愛おしそうに笑った。
「かなわんな。……まあいい。一生付き合うと誓ったんだ。地獄の果てまで、あんたの欲望につきあおう」
「地獄じゃないわ。極楽よ」
ファンファーレが鳴り響く。
楽団が、あの日の夜会と同じワルツを奏で始めた。
私たちの「始まり」の曲。
「……踊ってくれるか、タリー」
キースが恭しく手を差し出す。
五年前、王都の夜会で、震える私に差し出された無骨な手。
今は、大きく、温かく、揺るぎない安心感に満ちた夫の手。
「ええ、喜んで。……私のステップについてこられて?」
「誰に言っている。俺は五年、あんたのパートナーを務めてきた男だぞ」
私は彼の手を取り、フロアの中央へと進み出た。
スポットライトが私たちを照らす。
タン、タン、ターン。
ステップを踏み出すと、真紅のドレスが花のように舞う。
キースのリードは完璧だった。力強く、優しく、私を世界一のヒロインにしてくれる。
「ママ、パパ、がんばれー!」
オーロラがマーサの腕の中で手を振っている。
レオ様が「ヒュー!」と指笛を吹く。
騎士団のみんなが、リズムに合わせて手拍子をする。
最高だわ。
本当に、最高。
私は回転しながら、走馬灯のようにこれまでを思い返した。
婚約破棄されたあの日。
すべてを失ったと思った瞬間。
でも、あそこで「悪役令嬢」として顔を上げ、この男の手を取ったからこそ、今の私がある。
(悪役令嬢……ふふ、いい響きだわ)
物語のヒロインなんて、お行儀が良すぎて退屈よ。
誰かの機嫌を伺って、誰かに守られて生きるなんてまっぴらだ。
私は、私の足で立つ。
私の色で、世界を塗り替える。
それが「タリー・ローズブレイド」という生き方なのだから。
「……愛しているぞ、タリー」
曲の盛り上がりで、キースが私を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「知っていますわ」
私は彼を見上げ、満面の笑みを浮かべた。
「私も愛しているわ、キース。……世界中のダイヤを集めたよりも、ずっとね!」
曲が終わっても、拍手は鳴り止まない。
アンコールの音楽が始まる。
「さあ、まだ終わりませんわよ!」
私は扇子を高らかに掲げた。
「夜はこれから! 朝まで踊り明かしますわよ!」
「……望むところだ」
キースが再び私を回す。
私たちのダンスは終わらない。
この幸せな時間が、この煌びやかな世界が続く限り、私たちはいつまでも踊り続ける。
最強の悪役令嬢と、最愛の氷の騎士。
二人のエンドレス・ダンスは、これからもずっと、この北の大地で続いていくのだ。
かつて「死の土地」と呼ばれた極北の地、ヴェルンシュタイン。
今やそこは、大陸中から観光客が押し寄せる「北の宝石箱」と呼ばれていた。
「ママー! 見て見て! パパがドラゴンに乗せてくれたの!」
ガラスのドーム内に、元気な声が響き渡る。
駆け寄ってきたのは、プラチナブロンドの巻き毛に、深い青色の瞳をした四歳の少女――私たちの娘、オーロラだ。
その背後から、少し困ったような、しかし目尻を限界まで下げたキースが歩いてくる。
「こら、オーロラ。走ると危ないぞ」
「あら、キース。またこの子を甘やかして。ドラゴンは一日一回までと言ったでしょう?」
私が腰に手を当てて睨むと、キースはバツが悪そうに視線を逸らした。
「……いや、あいつ(ドラゴン)が乗せたがっていたんだ。それに、オーロラがどうしてもと言うから……」
「パパは私のこと大好きなんだもんねー!」
オーロラがキースの足にしがみつく。
かつて「氷の城壁」と恐れられた無骨な騎士は、今や完全に娘という小さな太陽に溶かされた「親バカの雪だるま」と化していた。
「やれやれ。……誰に似たのかしら、このお転婆ぶりは」
私がため息をつくと、控えていたマーサがすかさずツッコミを入れた。
「奥様、鏡をご覧になりますか? 生き写しでございますよ」
「……マーサ、貴女も随分と口が減らなくなりましたわね」
私は苦笑しながら、愛娘を抱き上げた。
今日の私は、真紅ではなく、深みのあるワインレッドのドレス。
少し落ち着いた色だが、散りばめられたダイヤモンドの量は変わらない。母親になっても、地味になるつもりなんて毛頭ないのだ。
「さあ、準備はよろしくて? 今日は特別な夜よ」
今日は、私たちがこの地に来てから五年目の記念日。
そして、完成したばかりの「新市街」のお披露目舞踏会だ。
◇
夜の帳が下りると、ヴェルンシュタインの街は、オーロラよりも鮮やかな光に包まれた。
『スノー・クリスタル・ドーム』には、何千人ものゲストが集まっている。
領民たち、王都からの友人(ミナとアランを除く)、そして相変わらずド派手な衣装で最前列を陣取るレオナルド皇帝。
「ハッハッハ! タリー! 今日の輝きも素晴らしいぞ! だが、余の持ってきた『黄金のシャンパンタワー』には負けるかな?」
「また余計なものを……! 後で請求書を回しますわよ、レオ様!」
軽口を叩き合いながら、私は会場を見渡した。
みんな、笑っている。
誰もがドレスアップして、美味しい料理に舌鼓を打ち、音楽に身を委ねている。
かつて私が夢見た景色。
「灰色」だった世界が、こんなにも極彩色に溢れている。
「……満足か?」
隣に立ったキースが、シャンパングラスを渡してくれた。
「ええ。及第点ね」
私は強がって見せたが、本当は胸がいっぱいだった。
「でも、まだ終わりじゃないわ。来年はスキー場を拡張したいし、夏には花畑を作る計画もあるの」
「……まだ働く気か?」
「当然よ。私は強欲な悪役令嬢ですもの。欲しいものは全部手に入れないと気が済まないの」
私がニヤリと笑うと、キースは呆れたように、でも愛おしそうに笑った。
「かなわんな。……まあいい。一生付き合うと誓ったんだ。地獄の果てまで、あんたの欲望につきあおう」
「地獄じゃないわ。極楽よ」
ファンファーレが鳴り響く。
楽団が、あの日の夜会と同じワルツを奏で始めた。
私たちの「始まり」の曲。
「……踊ってくれるか、タリー」
キースが恭しく手を差し出す。
五年前、王都の夜会で、震える私に差し出された無骨な手。
今は、大きく、温かく、揺るぎない安心感に満ちた夫の手。
「ええ、喜んで。……私のステップについてこられて?」
「誰に言っている。俺は五年、あんたのパートナーを務めてきた男だぞ」
私は彼の手を取り、フロアの中央へと進み出た。
スポットライトが私たちを照らす。
タン、タン、ターン。
ステップを踏み出すと、真紅のドレスが花のように舞う。
キースのリードは完璧だった。力強く、優しく、私を世界一のヒロインにしてくれる。
「ママ、パパ、がんばれー!」
オーロラがマーサの腕の中で手を振っている。
レオ様が「ヒュー!」と指笛を吹く。
騎士団のみんなが、リズムに合わせて手拍子をする。
最高だわ。
本当に、最高。
私は回転しながら、走馬灯のようにこれまでを思い返した。
婚約破棄されたあの日。
すべてを失ったと思った瞬間。
でも、あそこで「悪役令嬢」として顔を上げ、この男の手を取ったからこそ、今の私がある。
(悪役令嬢……ふふ、いい響きだわ)
物語のヒロインなんて、お行儀が良すぎて退屈よ。
誰かの機嫌を伺って、誰かに守られて生きるなんてまっぴらだ。
私は、私の足で立つ。
私の色で、世界を塗り替える。
それが「タリー・ローズブレイド」という生き方なのだから。
「……愛しているぞ、タリー」
曲の盛り上がりで、キースが私を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「知っていますわ」
私は彼を見上げ、満面の笑みを浮かべた。
「私も愛しているわ、キース。……世界中のダイヤを集めたよりも、ずっとね!」
曲が終わっても、拍手は鳴り止まない。
アンコールの音楽が始まる。
「さあ、まだ終わりませんわよ!」
私は扇子を高らかに掲げた。
「夜はこれから! 朝まで踊り明かしますわよ!」
「……望むところだ」
キースが再び私を回す。
私たちのダンスは終わらない。
この幸せな時間が、この煌びやかな世界が続く限り、私たちはいつまでも踊り続ける。
最強の悪役令嬢と、最愛の氷の騎士。
二人のエンドレス・ダンスは、これからもずっと、この北の大地で続いていくのだ。
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