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ノイシュタット帝国での二日目の朝、私は人生で初めて「目覚まし時計」に叩き起こされない目覚めを経験しました。
前の国では、朝日が昇る前にエドワード様からの「至急! 昨日の夜食のメニューについて意見を求む」というどうでもいい緊急連絡で叩き起こされるのが常でしたから。
「……恐ろしい。これが『健康的な生活』というものですのね。毒素が抜けていく気がしますわ」
私が鏡の前で自分の顔をチェックしていると、コンコンと控えめなノックの音が響きました。
「マリーナ様、失礼いたします。ラインハルト様より仰せつかりました、衣装班と宝飾班が到着いたしました」
入ってきたのは、昨晩私を世話してくれた侍女の長、グレイスさんです。
彼女の背後には、まるで戦場に赴くかのような決然とした表情の男女が、十数名も控えていました。
「……あの、グレイスさん。私は秘書官として雇われたはずなのですが、この方々は?」
「はい、ラインハルト様曰く『我が国の至宝を飾るにふさわしい額縁を揃えろ』とのことです」
至宝。額縁。……隣国の第一皇太子殿下は、どうやら比喩表現が少し重めのようです。
そこからの三時間は、ある意味で前の国の徹夜公務よりも過酷な戦いでした。
「このシルクはマリーナ様の肌の白さを殺してしまいます! もっと深みのある、夜の海のようなブルーを!」
「装飾は控えめに! 彼女の知性溢れる瞳を邪魔してはならない!」
デザイナーたちが次々と布地を体に当て、針を打ち、熱論を交わします。
私はただ、マネキンのように立っているしかありません。
「……あの、皆さん。そんなに凝ったデザインでなくて結構ですわ。ペンを握る時に袖が邪魔にならず、深夜の冷え込みに強い素材であれば、それで」
私の控えめな提案に、室内が凍りつきました。
「……マリーナ様。今、なんと?」
「え、ですから、実用性を重視して……」
「実用性!? ラインハルト様の隣に立つ方が、そんな事務員のような格好で良いはずがありません! これは外交問題ですわ!」
デザイナーの女性に力説され、私は黙って口を閉じました。どうやら「おしゃれ」もここでは重要な公務の一部に含まれるようです。
ようやく一通りのフィッティングが終わった頃、ラインハルト様が様子を見に現れました。
「進捗はどうかな? ……ほう」
私の姿を見た瞬間、ラインハルト様が動きを止めました。
私が着せられていたのは、彼の瞳の色に近い、深いネイビーのドレス。胸元には、帝国の紋章を模した銀の刺繍が施されています。
「……如何でしょうか、ラインハルト様。少し、動きにくいのですが」
「いや。……完璧だ。エドワードの審美眼がいかに節穴だったか、これで改めて証明されたな」
ラインハルト様は満足げに頷くと、私の肩にそっと手を置きました。
「さて、マリーナ。美しい鎧を纏ったところで、早速だが君に一つ『相談』がある」
「相談……! ようやく仕事ですね!?」
私は思わず身を乗り出しました。待っていました。この三時間の着せ替え人形状態は、私にとってある種の拷問に近かったのです。
「そう気負うな。実は、我が国の財務局が頭を抱えている案件があってね。数年越しの未解決問題なんだが……君の見解を聞きたい」
案内されたのは、帝宮の会議室。
そこには、帝国が誇るエリート官僚たちが、山のような書類を前にして葬式のような顔で座っていました。
「ラインハルト殿下! お越しをお待ちしておりました。……して、そちらのご婦人は?」
一人の老齢な官僚が、不審げに私を見ました。
「彼女はマリーナ・フォン・アデレード。今日から私の筆頭秘書官として、帝国の政務に加わってもらう。……例の『南部大運河の予算配分問題』の資料を彼女に」
「なっ……! 殿下、正気ですか!? この問題は我々が三年間議論して、いまだに結論が出ていない最難関案件ですぞ!」
「そんな令嬢に何ができると……」
周囲の官僚たちから、あからさまな不信感が漂います。
(……なるほど。完全なアウェーですわね)
私はフッと、口角を上げました。
前の国でも、最初はこうでした。「女に何がわかる」と鼻で笑っていた男たちが、最後には私の足元に膝をついて「どうかこの書類を片付けてください!」と泣きついたのです。
「ラインハルト様。……十五分、お時間をいただけますか?」
「十五分? 資料に目を通すだけで一時間はかかるはずだが」
「いえ。……結論を出すのに十五分です。グレイスさん、万年筆と計算用紙を」
私は手渡された分厚い資料を、猛烈な勢いでめくり始めました。
会議室内には、紙をめくる音と、私のペンが紙の上を滑る音だけが響きます。
「……ここの利子率が計算ミスですね。それから、この資材調達ルート、中間搾取が三箇所発生しています。南部領主の私的な接待費が『予備費』として計上されているのも見逃せませんわ」
官僚たちが「えっ?」と顔を見合わせます。
「結論が出ました。運河のルートを三度北へずらし、この廃村を通すように修正してください。地上げ交渉は私が書くこの親書を持っていけば三日で終わります。これで予算は三割削減、工期は一年短縮されます」
私は、魔法のような速さで書き上げた修正案を、テーブルの中央にスッと差し出しました。
「……な……」
「なんだ、この計算の速さは……! 我々が半年かけて精査したデータを、たった数分で全否定した上に、改善案まで……!」
「嘘だ……! この地上げのスキーム、法務局でも思いつかなかったぞ!」
会議室が騒然となりました。さっきまで私を冷遇していた官僚たちが、今や私の書いた紙を奪い合うようにして見入っています。
ラインハルト様は、まるで自慢の宝物を見せるかのように、誇らしげに腕を組みました。
「言っただろう。彼女は、世界の損失になるほどの逸材だと」
私は、彼らの驚愕の表情を眺めながら、心の中で小さくガッツポーズをしました。
「……さて。ラインハルト様。これでお仕事は終わりでしょうか?」
「いや、始まったばかりだ。財務局の連中が、君にサインを求める列を作り始めているよ」
「素晴らしいわ! これこそ私が求めていた『生きる実感』です!」
私が目を輝かせていると、ラインハルト様が私の耳元で囁きました。
「……ただし、残業は禁止だと言ったはずだよ。五時になったら、仕事は強制終了だ。今夜は君を歓迎する晩餐会があるからね」
「……ええっ!? 今、ノリに乗っているところですのに!」
有能な上司の唯一の欠点は、私を「休ませようとする」ことのようです。
一方、その頃。ベルセルク王国のエドワード様は。
「何っ!? マリーナが書いたはずの『昨年の帳簿』が、暗号化されていて読めないだと!?」
「はい……! マリーナ様独自の特殊な記法らしく、我々では解読に十年はかかると……!」
「マリーナぁあああ! 今すぐ戻ってきて解読しろぉおお!」
彼の叫びが虚しく響きますが、私はもう、別の国の王子の隣で、最高に輝く「鎧」を纏っているのです。
前の国では、朝日が昇る前にエドワード様からの「至急! 昨日の夜食のメニューについて意見を求む」というどうでもいい緊急連絡で叩き起こされるのが常でしたから。
「……恐ろしい。これが『健康的な生活』というものですのね。毒素が抜けていく気がしますわ」
私が鏡の前で自分の顔をチェックしていると、コンコンと控えめなノックの音が響きました。
「マリーナ様、失礼いたします。ラインハルト様より仰せつかりました、衣装班と宝飾班が到着いたしました」
入ってきたのは、昨晩私を世話してくれた侍女の長、グレイスさんです。
彼女の背後には、まるで戦場に赴くかのような決然とした表情の男女が、十数名も控えていました。
「……あの、グレイスさん。私は秘書官として雇われたはずなのですが、この方々は?」
「はい、ラインハルト様曰く『我が国の至宝を飾るにふさわしい額縁を揃えろ』とのことです」
至宝。額縁。……隣国の第一皇太子殿下は、どうやら比喩表現が少し重めのようです。
そこからの三時間は、ある意味で前の国の徹夜公務よりも過酷な戦いでした。
「このシルクはマリーナ様の肌の白さを殺してしまいます! もっと深みのある、夜の海のようなブルーを!」
「装飾は控えめに! 彼女の知性溢れる瞳を邪魔してはならない!」
デザイナーたちが次々と布地を体に当て、針を打ち、熱論を交わします。
私はただ、マネキンのように立っているしかありません。
「……あの、皆さん。そんなに凝ったデザインでなくて結構ですわ。ペンを握る時に袖が邪魔にならず、深夜の冷え込みに強い素材であれば、それで」
私の控えめな提案に、室内が凍りつきました。
「……マリーナ様。今、なんと?」
「え、ですから、実用性を重視して……」
「実用性!? ラインハルト様の隣に立つ方が、そんな事務員のような格好で良いはずがありません! これは外交問題ですわ!」
デザイナーの女性に力説され、私は黙って口を閉じました。どうやら「おしゃれ」もここでは重要な公務の一部に含まれるようです。
ようやく一通りのフィッティングが終わった頃、ラインハルト様が様子を見に現れました。
「進捗はどうかな? ……ほう」
私の姿を見た瞬間、ラインハルト様が動きを止めました。
私が着せられていたのは、彼の瞳の色に近い、深いネイビーのドレス。胸元には、帝国の紋章を模した銀の刺繍が施されています。
「……如何でしょうか、ラインハルト様。少し、動きにくいのですが」
「いや。……完璧だ。エドワードの審美眼がいかに節穴だったか、これで改めて証明されたな」
ラインハルト様は満足げに頷くと、私の肩にそっと手を置きました。
「さて、マリーナ。美しい鎧を纏ったところで、早速だが君に一つ『相談』がある」
「相談……! ようやく仕事ですね!?」
私は思わず身を乗り出しました。待っていました。この三時間の着せ替え人形状態は、私にとってある種の拷問に近かったのです。
「そう気負うな。実は、我が国の財務局が頭を抱えている案件があってね。数年越しの未解決問題なんだが……君の見解を聞きたい」
案内されたのは、帝宮の会議室。
そこには、帝国が誇るエリート官僚たちが、山のような書類を前にして葬式のような顔で座っていました。
「ラインハルト殿下! お越しをお待ちしておりました。……して、そちらのご婦人は?」
一人の老齢な官僚が、不審げに私を見ました。
「彼女はマリーナ・フォン・アデレード。今日から私の筆頭秘書官として、帝国の政務に加わってもらう。……例の『南部大運河の予算配分問題』の資料を彼女に」
「なっ……! 殿下、正気ですか!? この問題は我々が三年間議論して、いまだに結論が出ていない最難関案件ですぞ!」
「そんな令嬢に何ができると……」
周囲の官僚たちから、あからさまな不信感が漂います。
(……なるほど。完全なアウェーですわね)
私はフッと、口角を上げました。
前の国でも、最初はこうでした。「女に何がわかる」と鼻で笑っていた男たちが、最後には私の足元に膝をついて「どうかこの書類を片付けてください!」と泣きついたのです。
「ラインハルト様。……十五分、お時間をいただけますか?」
「十五分? 資料に目を通すだけで一時間はかかるはずだが」
「いえ。……結論を出すのに十五分です。グレイスさん、万年筆と計算用紙を」
私は手渡された分厚い資料を、猛烈な勢いでめくり始めました。
会議室内には、紙をめくる音と、私のペンが紙の上を滑る音だけが響きます。
「……ここの利子率が計算ミスですね。それから、この資材調達ルート、中間搾取が三箇所発生しています。南部領主の私的な接待費が『予備費』として計上されているのも見逃せませんわ」
官僚たちが「えっ?」と顔を見合わせます。
「結論が出ました。運河のルートを三度北へずらし、この廃村を通すように修正してください。地上げ交渉は私が書くこの親書を持っていけば三日で終わります。これで予算は三割削減、工期は一年短縮されます」
私は、魔法のような速さで書き上げた修正案を、テーブルの中央にスッと差し出しました。
「……な……」
「なんだ、この計算の速さは……! 我々が半年かけて精査したデータを、たった数分で全否定した上に、改善案まで……!」
「嘘だ……! この地上げのスキーム、法務局でも思いつかなかったぞ!」
会議室が騒然となりました。さっきまで私を冷遇していた官僚たちが、今や私の書いた紙を奪い合うようにして見入っています。
ラインハルト様は、まるで自慢の宝物を見せるかのように、誇らしげに腕を組みました。
「言っただろう。彼女は、世界の損失になるほどの逸材だと」
私は、彼らの驚愕の表情を眺めながら、心の中で小さくガッツポーズをしました。
「……さて。ラインハルト様。これでお仕事は終わりでしょうか?」
「いや、始まったばかりだ。財務局の連中が、君にサインを求める列を作り始めているよ」
「素晴らしいわ! これこそ私が求めていた『生きる実感』です!」
私が目を輝かせていると、ラインハルト様が私の耳元で囁きました。
「……ただし、残業は禁止だと言ったはずだよ。五時になったら、仕事は強制終了だ。今夜は君を歓迎する晩餐会があるからね」
「……ええっ!? 今、ノリに乗っているところですのに!」
有能な上司の唯一の欠点は、私を「休ませようとする」ことのようです。
一方、その頃。ベルセルク王国のエドワード様は。
「何っ!? マリーナが書いたはずの『昨年の帳簿』が、暗号化されていて読めないだと!?」
「はい……! マリーナ様独自の特殊な記法らしく、我々では解読に十年はかかると……!」
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