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ベルセルク王国の王宮・謁見の間。
そこには、普段の十倍ほどの冷気が漂っていました。
「……戻ったか、エドワード。それから、そこの男爵令嬢も」
玉座に座る国王陛下……エドワード様のお父様の声は、地を這うように低く、重苦しいものでした。
「父上! 聞いてください! ラインハルトが、卑怯にも我が国の騎士たちを買収し……!」
「黙れ。……報告はすべて受けている」
国王陛下が手元の書類を叩きつけると、その衝撃でエドワード様がビクッと肩を揺らしました。
「騎士たちが寝返ったのは、買収されたからではない。お前が彼らの給料をリリアンとの遊興費に使い込み、数ヶ月も滞納していたからだ!」
「そ、それは……後でマリーナに帳尻を合わせさせればいいと思って……」
「そのマリーナを追い出したのは誰だ!!」
謁見の間に、雷鳴のような咆哮が響き渡りました。
「お前が『可愛げがない』という下らぬ理由でマリーナ嬢を放逐した瞬間、この国の均衡は崩れた。彼女が管理していたのは帳簿だけではない。この国の『信用』そのものだったのだ!」
国王陛下は、震える手で一通の公文書をエドワード様に突きつけました。
「アデレード公爵家が帝国に移籍したことで、我が国の税収の三割が消えた。さらに、主要な港を失ったことで、物資が入ってこない。……これ以上、お前にこの国を任せるわけにはいかん」
「な……なにを仰るのですか、父上。私は次期国王ですよ!?」
「本日をもって、お前を廃嫡(はいちゃく)とする」
「…………は?」
エドワード様の頭の上に、巨大な疑問符が浮かんだような顔をしました。
「廃嫡……? 私が、王太子ではなくなる……?」
「そうだ。お前はただの『エドワード・フォン・ベルセルク』だ。……そして、そこの男爵令嬢」
国王陛下の鋭い視線が、震えているリリアンさんに向けられました。
「お、お呼びでしょうか、陛下ぁ……? 私、お腹が空きすぎて、なんだか目が回っちゃってぇ……」
「お前のその『無知』という名の毒が、我が息子を狂わせ、国を滅ぼしかけた。……お前には本日をもって、北の果てにある『慈悲の修道院』への入廷を命じる。そこで一生、贖罪と……算数の勉強に励むがいい」
「し、しゅうどういん!? お菓子もない、お洒落もできない、暗くて寒いあそこですかぁ!? 嫌ですぅ! エドワード様、助けてくださいぃ!」
リリアンさんがエドワード様の袖を掴んで泣きつきましたが、今の彼には、彼女を支える腕力すら残っていませんでした。
「父上! お待ちください! リリアンとの結婚は、私の愛の証なんです! 彼女がいないと、私は……!」
「愛? 結構なことだ。ならば、その愛とやらで、空っぽになった国庫を埋めてみせよ。……衛兵! この二人を連れて行け!」
「「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
阿鼻叫喚の叫び声を上げながら、二人は引きずられるようにして謁見の間を連れ出されていきました。
一方、その報告をルークから受けていた、ノイシュタット帝国のテラス。
私は、ラインハルト様に最高級のメロンを口に運んでもらいながら、穏やかな表情で頷きました。
「……廃嫡、ですか。妥当な判断ですわね」
「マリーナ。君の元婚約者が、今や一介の平民として街に放り出されたそうだが、何か感慨はあるかな?」
ラインハルト様が、愛おしげに私の髪を指で弄りながら尋ねました。
「感慨……。そうですね。『固定費(給料)を削減しても、有能な人材がいなければ事業(国家)は破綻する』という、経営の基本を体現された方でしたわね、としか」
「……君の評価基準は、どこまでもドライだな。だが、そこが堪らなく愛しいよ」
ラインハルト様は私の腰を抱き寄せ、その冷たいはずの唇で、私の耳元に熱い吐息を吹きかけました。
「マリーナ。これで障害はすべて消えた。……明日からは、君の新しい仕事……『帝国皇后』としての準備を本格的に始めようか」
「ええ。……まずは、戴冠式に伴う予算の最適化と、参列者への招待状の自動生成魔法の構築から始めさせていただきますわ」
「……マリーナ。そこは『幸せになりますわ』と答えるところじゃないかな?」
「あら。……完璧な仕事の先にこそ、真のハッピーエンドがあるのですわよ、ラインハルト様」
私は、自分でも驚くほど柔らかな笑顔を、最愛の上司……ではなく、パートナーへと向けたのでした。
そこには、普段の十倍ほどの冷気が漂っていました。
「……戻ったか、エドワード。それから、そこの男爵令嬢も」
玉座に座る国王陛下……エドワード様のお父様の声は、地を這うように低く、重苦しいものでした。
「父上! 聞いてください! ラインハルトが、卑怯にも我が国の騎士たちを買収し……!」
「黙れ。……報告はすべて受けている」
国王陛下が手元の書類を叩きつけると、その衝撃でエドワード様がビクッと肩を揺らしました。
「騎士たちが寝返ったのは、買収されたからではない。お前が彼らの給料をリリアンとの遊興費に使い込み、数ヶ月も滞納していたからだ!」
「そ、それは……後でマリーナに帳尻を合わせさせればいいと思って……」
「そのマリーナを追い出したのは誰だ!!」
謁見の間に、雷鳴のような咆哮が響き渡りました。
「お前が『可愛げがない』という下らぬ理由でマリーナ嬢を放逐した瞬間、この国の均衡は崩れた。彼女が管理していたのは帳簿だけではない。この国の『信用』そのものだったのだ!」
国王陛下は、震える手で一通の公文書をエドワード様に突きつけました。
「アデレード公爵家が帝国に移籍したことで、我が国の税収の三割が消えた。さらに、主要な港を失ったことで、物資が入ってこない。……これ以上、お前にこの国を任せるわけにはいかん」
「な……なにを仰るのですか、父上。私は次期国王ですよ!?」
「本日をもって、お前を廃嫡(はいちゃく)とする」
「…………は?」
エドワード様の頭の上に、巨大な疑問符が浮かんだような顔をしました。
「廃嫡……? 私が、王太子ではなくなる……?」
「そうだ。お前はただの『エドワード・フォン・ベルセルク』だ。……そして、そこの男爵令嬢」
国王陛下の鋭い視線が、震えているリリアンさんに向けられました。
「お、お呼びでしょうか、陛下ぁ……? 私、お腹が空きすぎて、なんだか目が回っちゃってぇ……」
「お前のその『無知』という名の毒が、我が息子を狂わせ、国を滅ぼしかけた。……お前には本日をもって、北の果てにある『慈悲の修道院』への入廷を命じる。そこで一生、贖罪と……算数の勉強に励むがいい」
「し、しゅうどういん!? お菓子もない、お洒落もできない、暗くて寒いあそこですかぁ!? 嫌ですぅ! エドワード様、助けてくださいぃ!」
リリアンさんがエドワード様の袖を掴んで泣きつきましたが、今の彼には、彼女を支える腕力すら残っていませんでした。
「父上! お待ちください! リリアンとの結婚は、私の愛の証なんです! 彼女がいないと、私は……!」
「愛? 結構なことだ。ならば、その愛とやらで、空っぽになった国庫を埋めてみせよ。……衛兵! この二人を連れて行け!」
「「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
阿鼻叫喚の叫び声を上げながら、二人は引きずられるようにして謁見の間を連れ出されていきました。
一方、その報告をルークから受けていた、ノイシュタット帝国のテラス。
私は、ラインハルト様に最高級のメロンを口に運んでもらいながら、穏やかな表情で頷きました。
「……廃嫡、ですか。妥当な判断ですわね」
「マリーナ。君の元婚約者が、今や一介の平民として街に放り出されたそうだが、何か感慨はあるかな?」
ラインハルト様が、愛おしげに私の髪を指で弄りながら尋ねました。
「感慨……。そうですね。『固定費(給料)を削減しても、有能な人材がいなければ事業(国家)は破綻する』という、経営の基本を体現された方でしたわね、としか」
「……君の評価基準は、どこまでもドライだな。だが、そこが堪らなく愛しいよ」
ラインハルト様は私の腰を抱き寄せ、その冷たいはずの唇で、私の耳元に熱い吐息を吹きかけました。
「マリーナ。これで障害はすべて消えた。……明日からは、君の新しい仕事……『帝国皇后』としての準備を本格的に始めようか」
「ええ。……まずは、戴冠式に伴う予算の最適化と、参列者への招待状の自動生成魔法の構築から始めさせていただきますわ」
「……マリーナ。そこは『幸せになりますわ』と答えるところじゃないかな?」
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