覚えのない罪で婚約破棄、なぜか隣国の王太子に気に入られた

ちゅんりー

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「マリーナを返せ! 彼女は、我がベルセルク王国の正当な婚約者だったはずだ!」


泥にまみれ、かつての威光を失ったはずのエドワード様が、帝国の迎賓館の入り口で叫んでいました。


警備の騎士たちに押さえ込まれながらも、その瞳だけは異様な執着を燃やしています。


私はラインハルト様の腕に添えた手を緩めることなく、ゆっくりとその場へ歩み寄りました。


「エドワード様。……『返せ』という言葉は、所有権があなたにある場合にのみ有効な動詞ですわ。……私とあなたの契約は、あの夜、あなたの署名によって完遂されたはずですが?」


「あ、あれは間違いだったんだ! 私はリリアンにたぶらかされていた! マリーナ、お前も被害者だろう!? さあ、ラインハルトの手を離してこちらに来るんだ!」


エドワード様は、まるで子供が自分の玩具を欲しがるような、身勝手極まりない論理を振りかざしました。


ラインハルト様が、私の肩を力強く抱き寄せ、冷ややかな笑みを浮かべました。


「……呆れたな。エドワード、君の頭の中の演算回路はどうなっているんだ? 一度捨てた金貨が、自分の元へ勝手に転がって戻ってくるとでも思っているのか?」


「貴様は黙っていろ! これは、私とマリーナの愛の問題だ!」


「……愛? 愛、と仰いましたの?」


私は、思わず扇子で口元を隠し、クスクスと笑い声を漏らしてしまいました。


「エドワード様。あなたが私に求めていたのは、愛ではなく『無償の事務労働』と『国庫の補填』だったではありませんか。……愛とは、相手の価値を正当に評価し、慈しむこと。……私を『可愛げのない女』と切り捨てたあなたの辞書には、存在しない言葉ですわ」


「ぐっ……! そ、それは……! だが、決闘だ! ラインハルト、私と正々堂々剣で語り合え! 勝った方がマリーナを手に入れる!」


エドワード様は、錆びついた剣を鞘から引き抜こうとして、重さでふらつきました。


その様子を見ていた周囲の帝国騎士たちからも、失笑が漏れます。


「……ラインハルト様。この無意味な行事に、帝国最高峰のあなたの剣技を使うのは資源の無駄ですわ」


私はラインハルト様の前に立ち、エドワード様を見据えました。


「エドワード様。決闘をご希望でしたら、騎士道ではなく『商道』に従いましょう。……ルーク、例の書類を」


ルークが恭しく差し出したのは、これまでの公爵領移籍に伴う、ベルセルク王国の「未払い債務一覧」でした。


「決闘の条件はこうですわ。……もしエドワード様が、この債務……金貨五万枚を今すぐこの場で現金一括払いできたなら、一分間だけ、私の話を聞く権利を差し上げましょう」


「き、金貨五万枚!? そんなもの、今の私にあるはずがないだろう!」


「あら、残念。……では、対戦資格なしということで終了ですわね。……あ、ちなみに、その錆びた剣。……帝国領内での『危険物不法所持』として没収させていただきますわ」


「な……っ!?」


私が指を鳴らすと、帝国の騎士たちが一瞬でエドワード様の武器を取り上げました。


「マ、マリーナ! 冷たいぞ! お前、昔はもっと献身的だったじゃないか!」


「ええ、献身的でしたわね。……ですが、それは『契約期間内』の話ですわ。……今の私は、ラインハルト様の専属であり、帝国の未来を担う一人の経営者ですもの。……赤字を生むだけの人間に関わる時間は、一秒たりともございませんわ」


私はラインハルト様の方を向き、最高の笑顔を浮かべました。


「ラインハルト様。お腹が空きましたわね。……今日のランチの予算、五パーセントほど上乗せしてもよろしいかしら?」


「ああ、もちろんだ。……君が満足するなら、国家予算を動かしてもいいくらいだよ」


「まあ、それは非合理的ですわ。……適切に管理された予算内で楽しむからこそ、美学があるのですもの」


私たちは、叫び続けるエドワード様を背に、優雅にエントランスへと戻りました。


背後で聞こえる「マリーナぁぁぁ!」という絶叫は、もはや私にとって、心地よい風の音と大差ありませんでした。


(……愛、ですか。……ラインハルト様が私に見せてくれる、この『信頼』と『尊重』こそが、私の求めていた真実の答えですわね)


私は、自分の隣にいる、最高に有能で、最高に甘いパートナーの手を、ぎゅっと握り返しました。


一方で、ベルセルク王国の国境付近では。


修道院の掃除に明け暮れるリリアンさんが、箒を放り投げて泣き叫んでいました。


「うわぁぁぁん! どうして一足す一が『二』なんですかぁ! 私の気分が『三』の時は、三にしてくれたっていいじゃないですかぁぁぁ!」


彼女の「気分の計算」を受け入れてくれる甘い王子様は、もうどこにもいなかったのでした。
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