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「マリーナ! 頼む、そんな怖い顔をしないでくれ! 私は君とやり直したいだけなんだ!」
帝国の特別接見室。かつては王太子として豪華な椅子に座っていたエドワード様が、今はパイプ椅子の上で惨めに身をよじっていました。
彼の前には、私が用意した厚さ五センチメートルにおよぶ分厚い書類の束が置かれています。
「……やり直す、ですか。エドワード様、ビジネスの世界において『契約破棄』後の再契約には、莫大な違約金と、それ以上の信頼回復期間が必要であることをご存知かしら?」
私は冷めた紅茶を一口飲み、冷徹な視線を彼に向けました。
「信頼ならこれから築けばいい! 私は変わったんだ! 土を耕し、自分の無力さを知った!」
「あら。一週間ほど鍬を握っただけで『変わった』と言えるその楽観性、ある意味で羨ましいですわね。……ですが、私の時間は有限です。本題に入りましょう」
私はルークに合図を送り、書類の一番上のページをめくらせました。
「これは『守秘義務契約』および『不干渉条項付合意書』ですわ。……サインを頂ければ、あなたが抱えている滞納金の利息を三割カットして差し上げます」
「しゅ、しゅひぎむ……? ふ、ふかんしょう……?」
エドワード様は、まるで未知の言語を聞いたかのように目を白黒させました。
「簡単に申し上げますわ。……第一に、私が王国で手がけた事務処理の内容や、魔導システムの構造について、第三者に一切口外しないこと。……第二に、私およびラインハルト様、ならびに帝国領土に今後五十年、半径五百キロメートル以内に近づかないこと」
「な……っ!? それは、二度とお前に会うなということか!?」
「ええ。正確には『視界に入るな、認識させるな、存在を消せ』ということですわね。……もし違反した場合は、即座に残りの全債務の履行を求め、公爵家の私兵による強制執行が行われます。……平民となったあなたに、その覚悟はおあり?」
私は机を指先でトントンと叩き、彼を追い詰めました。
ラインハルト様が、私の後ろで楽しそうに腕を組んでいます。
「……マリーナ。君は本当に慈悲深いな。私なら、そのまま地下牢へ放り込んで『管理コスト』として計上してしまうところだが」
「あら、ラインハルト様。地下牢での食事代も馬鹿になりませんわ。……彼には外で働いて、少しでも債務を返済していただかないと。……帝国は『ニート』には厳しい国ですもの」
「に、にーと……!? 私が!? 元王太子のこの私が!」
「元、ですわね。……過去の栄光を貸倒損失として処理できないのであれば、あなたの未来には『破産』の二文字しかありませんわよ」
エドワード様は、わなわなと震えながらペンを握りました。
「……わ、わかった。サインすればいいんだろう! ……これで、私は自由になれるのか?」
「ええ。私からの『執着という名の監視』からは自由になれますわ。……ただし、労働の義務からは一生逃げられませんけれど」
エドワード様が泣き出しそうな顔で、殴り書きのようなサインをしました。
「……よし、受理しました。……ルーク、これを法務局へ。写しは彼に一通……いえ、紛失するでしょうから、彼の背中にでも貼り付けておきなさい」
「畏まりました、マリーナ様!」
ルークが清々しい顔で書類を回収しました。
エドワード様は力なく椅子から崩れ落ち、警備兵によって部屋の外へと連行されていきました。
最後まで「マリーナぁ……」と弱々しく呟いていましたが、その声はもはや私の心に一ミリの振動も与えません。
「……ふぅ。これで、過去の『不良債権』の整理はすべて完了ですわね」
私は大きく伸びをして、隣に座るラインハルト様に微笑みかけました。
「お疲れ様、マリーナ。……君がこれほどまでに鮮やかに過去を切り捨てるとはね。……少しだけ、ジェラシーを感じるよ。君の情熱が、すべて事務的な処理に向けられていることに」
ラインハルト様は、私の手を取り、その熱い唇を手の甲に押し当てました。
「あら。……事務的な処理は、私たちの『愛の生活』を守るための防壁ですわ。……これからは、一秒の無駄もなく、あなたとの幸せに全リソースを投入させていただきます」
「……その言葉を待っていたよ」
ラインハルト様が私を抱き寄せ、深く、そして独占欲に満ちた口づけを落としました。
一方で。
ベルセルク王国の修道院・付属学校。
リリアンさんは、先生から突きつけられた「二桁の引き算」の問題を前に、泡を吹いて倒れていました。
「……じゅう、ひく……なな……。……答えは、メロンパン……さん、こ……?」
「リリアン様! 答えは『3』です! 食べ物で例えるのはおやめなさい!」
「いやぁぁぁ! 数字が……数字の『3』が、お尻に見えて恥ずかしいですぅぅぅ!!」
彼女の「お花畑」は、今や迷宮(ラビリンス)と化していました。
私は、愛するパートナーの胸の中で、かつてないほどの静寂と幸福を感じていました。
過去は清算され、未来はバラ色。
……いえ、私の未来は、もっと正確に管理された、最高級の「プラチナ色」なのです。
帝国の特別接見室。かつては王太子として豪華な椅子に座っていたエドワード様が、今はパイプ椅子の上で惨めに身をよじっていました。
彼の前には、私が用意した厚さ五センチメートルにおよぶ分厚い書類の束が置かれています。
「……やり直す、ですか。エドワード様、ビジネスの世界において『契約破棄』後の再契約には、莫大な違約金と、それ以上の信頼回復期間が必要であることをご存知かしら?」
私は冷めた紅茶を一口飲み、冷徹な視線を彼に向けました。
「信頼ならこれから築けばいい! 私は変わったんだ! 土を耕し、自分の無力さを知った!」
「あら。一週間ほど鍬を握っただけで『変わった』と言えるその楽観性、ある意味で羨ましいですわね。……ですが、私の時間は有限です。本題に入りましょう」
私はルークに合図を送り、書類の一番上のページをめくらせました。
「これは『守秘義務契約』および『不干渉条項付合意書』ですわ。……サインを頂ければ、あなたが抱えている滞納金の利息を三割カットして差し上げます」
「しゅ、しゅひぎむ……? ふ、ふかんしょう……?」
エドワード様は、まるで未知の言語を聞いたかのように目を白黒させました。
「簡単に申し上げますわ。……第一に、私が王国で手がけた事務処理の内容や、魔導システムの構造について、第三者に一切口外しないこと。……第二に、私およびラインハルト様、ならびに帝国領土に今後五十年、半径五百キロメートル以内に近づかないこと」
「な……っ!? それは、二度とお前に会うなということか!?」
「ええ。正確には『視界に入るな、認識させるな、存在を消せ』ということですわね。……もし違反した場合は、即座に残りの全債務の履行を求め、公爵家の私兵による強制執行が行われます。……平民となったあなたに、その覚悟はおあり?」
私は机を指先でトントンと叩き、彼を追い詰めました。
ラインハルト様が、私の後ろで楽しそうに腕を組んでいます。
「……マリーナ。君は本当に慈悲深いな。私なら、そのまま地下牢へ放り込んで『管理コスト』として計上してしまうところだが」
「あら、ラインハルト様。地下牢での食事代も馬鹿になりませんわ。……彼には外で働いて、少しでも債務を返済していただかないと。……帝国は『ニート』には厳しい国ですもの」
「に、にーと……!? 私が!? 元王太子のこの私が!」
「元、ですわね。……過去の栄光を貸倒損失として処理できないのであれば、あなたの未来には『破産』の二文字しかありませんわよ」
エドワード様は、わなわなと震えながらペンを握りました。
「……わ、わかった。サインすればいいんだろう! ……これで、私は自由になれるのか?」
「ええ。私からの『執着という名の監視』からは自由になれますわ。……ただし、労働の義務からは一生逃げられませんけれど」
エドワード様が泣き出しそうな顔で、殴り書きのようなサインをしました。
「……よし、受理しました。……ルーク、これを法務局へ。写しは彼に一通……いえ、紛失するでしょうから、彼の背中にでも貼り付けておきなさい」
「畏まりました、マリーナ様!」
ルークが清々しい顔で書類を回収しました。
エドワード様は力なく椅子から崩れ落ち、警備兵によって部屋の外へと連行されていきました。
最後まで「マリーナぁ……」と弱々しく呟いていましたが、その声はもはや私の心に一ミリの振動も与えません。
「……ふぅ。これで、過去の『不良債権』の整理はすべて完了ですわね」
私は大きく伸びをして、隣に座るラインハルト様に微笑みかけました。
「お疲れ様、マリーナ。……君がこれほどまでに鮮やかに過去を切り捨てるとはね。……少しだけ、ジェラシーを感じるよ。君の情熱が、すべて事務的な処理に向けられていることに」
ラインハルト様は、私の手を取り、その熱い唇を手の甲に押し当てました。
「あら。……事務的な処理は、私たちの『愛の生活』を守るための防壁ですわ。……これからは、一秒の無駄もなく、あなたとの幸せに全リソースを投入させていただきます」
「……その言葉を待っていたよ」
ラインハルト様が私を抱き寄せ、深く、そして独占欲に満ちた口づけを落としました。
一方で。
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「……じゅう、ひく……なな……。……答えは、メロンパン……さん、こ……?」
「リリアン様! 答えは『3』です! 食べ物で例えるのはおやめなさい!」
「いやぁぁぁ! 数字が……数字の『3』が、お尻に見えて恥ずかしいですぅぅぅ!!」
彼女の「お花畑」は、今や迷宮(ラビリンス)と化していました。
私は、愛するパートナーの胸の中で、かつてないほどの静寂と幸福を感じていました。
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