覚えのない罪で婚約破棄、なぜか隣国の王太子に気に入られた

ちゅんりー

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ノイシュタット帝国の玉座の間。


そこには、かつて私が頭を垂れていた人物――ベルセルク王国の国王陛下が、顔を青白くさせて立っていました。


かつての威厳はどこへやら、王冠は心なしか傾き、マントの端は少し擦り切れています。


「……お久しぶりでございますわ、陛下。わざわざ隣国まで、本日はどのような『商談』で?」


私は、ラインハルト様の隣に用意された豪華な椅子に深く腰掛け、扇子を優雅にゆらめかせました。


「マリーナ嬢……。いや、今は帝国王太子妃殿下、とお呼びすべきかな」


国王陛下は、絞り出すような声でそう言いました。


「……単刀直入に言おう。我が王国は、もう限界だ。……国を、帝国に買い取っていただきたい」


「買い取る? まあ、随分と大胆な『事業譲渡』の申し出ですこと」


私はフッと、口角を上げました。


「ルーク、例の『ベルセルク王国・資産価値査定書』を陛下へ」


ルークが恭しく差し出したのは、私が休暇の合間に作成しておいた、王国の経営状態を冷徹に分析した報告書でした。


「……陛下。我が国の調査によれば、貴国の負債額はすでに国家予算の五年分を超えていますわ。……主力産業であったアデレード領を失い、関税システムも崩壊。通貨の信用は紙クズ同然。……正直に申し上げて、投資対象としては『最悪』の部類に入りますわね」


「ぐっ……。それは、わかっている。……だが、民を見捨てるわけにはいかんのだ!」


国王陛下は、縋るような目でラインハルト様を見ました。


「ラインハルト殿下! どうか、我が国を帝国の保護下へ! 自治権は捨てても構わん! ただ、飢えている民を救ってほしい!」


ラインハルト様は、退屈そうに自分の爪を眺めていましたが、やがて冷ややかな視線を国王へ向けました。


「陛下。私に頼むのはお門違いだ。……我が帝国の財布の紐を握っているのは、他ならぬ彼女……マリーナなのだからね」


「なっ……!?」


国王陛下が驚愕の表情で私を見ました。


「……驚くことではありませんわ。ラインハルト様は、私という『最高の人材』に、帝国の財政管理という全権を委任してくださっているのです。……さて、経営者としての私の判断ですが」


私は査定書をパラパラとめくり、冷淡に言い放ちました。


「……このままでは、買収する価値もありませんわ。……あまりにも『無能の痕跡(エドワード様の浪費)』が多すぎますもの。……まずは、徹底的なコストカットと、経営陣の刷新が条件ですわね」


「刷新……? それはつまり、王家の解体を意味するのか?」


「いいえ。……王家は、帝国の『名誉管理職』として存続させて差し上げます。……ただし、一切の決定権を剥奪し、私たちが送り込む事務官たちの指示に従っていただきますわ。……もちろん、エドワード様への仕送りは即刻停止です」


私は、ラインハルト様と視線を合わせ、にっこりと微笑みました。


「……陛下。かつてあなたは、エドワード様が私を『可愛げのない女』として捨てた際、止めてはくださいませんでしたわね。……むしろ、有能な私が去ることを『王家のプライドを傷つける生意気な女がいなくなって清々した』と仰ったとか」


国王陛下の顔が、一瞬で土色に変わりました。


「そ、それは……エドワードを宥めるための、方便で……!」


「方便であろうと本音であろうと、結果は同じですわ。……あなたは、金の卵を産むガチョウを自分から追い出した。……そして今、そのガチョウが、あなたの首元にナイフを突き立てて、ガチョウ自身の価値を買い叩けと言っているのです。……皮肉な話ですわね?」


私は立ち上がり、国王陛下の目の前まで歩み寄りました。


「買収価格は、金貨一校。……それで、王国の全債務を帝国が肩代わりし、食糧支援を開始しましょう。……承諾されますか?」


「……金貨一校だと!? 一国の値段が、それだけなのか!?」


「ええ。……これでも、私の『慈悲』が含まれた高値ですわよ? ……さあ、サインを。……それとも、明日の朝、国民に追い出されるまで玉座に座り続けますか?」


国王陛下は、震える手でペンを取りました。


彼は、一文字一文字、悔し涙を滲ませながら、国家譲渡の書類にサインをしました。


「……よし。契約成立ですわね」


私は完成した書類を受け取り、ルークに渡しました。


「ルーク、直ちに支援物資を送る準備を。……あ、ベルセルク王国の看板はすべて撤去し、『ノイシュタット帝国・西領』に書き換えておきなさい。……一分たりとも旧体制の残滓を残さないようにね」


「畏まりました、マリーナ様!」


国王陛下は、もはや自分の国ですらなくなった場所を去るため、ふらふらとした足取りで部屋を出ていきました。


静寂が戻った玉座の間で、ラインハルト様が私の腰を抱き寄せ、愉しそうに笑いました。


「……マリーナ。君は本当に、最高の復讐者だ。……かつて君を蔑んだ国そのものを、自分の懐に収めてしまうとは」


「復讐ではありませんわ、ラインハルト様。……これは、適切な『資源の再分配』ですわ。……無能な管理者の元で腐らせるより、私の元で利益を生み出させる方が、国民も幸せでしょう?」


「ハハッ、その通りだ。……さて、マリーナ。新しい領土が増えたことで、また忙しくなりそうだな」


「ええ。……ですが、今はそれよりも優先すべき『案件』がございますわ」


私はラインハルト様の胸に手を当て、少しだけ甘えるように見上げました。


「……戴冠式と結婚式の予算、あと一割ほど贅沢にさせていただいてもよろしいかしら?……これだけの『物件(王国)』を手に入れたのですもの。お祝いは盛大にしないと、経済が回りませんわ」


「……ああ。君が望むなら、世界中の宝石を買い占めても構わないよ」


ラインハルト様が私の唇を奪い、情熱的な口づけを落としました。


かつての私は、誰かのために身を粉にして働くだけの「道具」でした。


ですが今の私は、愛する人の隣で、世界をデザインし、利益を享受する「支配者」なのです。


……その頃、西領(旧王国)の片隅。


リリアンさんが修道院の壁を掃除しながら、虚空に向かって叫んでいました。


「えぇーん! 掃除が終わらないですぅ! 一、二、三……あぁ、三の次は何でしたっけぇ!? お腹が空きすぎて、数字が全部パンに見えますぅ!!」


彼女の「お花畑」には、もう一輪の花も咲くことはありませんでした。
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