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「……皆様、お聞き苦しい音を失礼いたしましたわ。殿下の上着は少々、彼の溢れんばかりの……そう、覇気に耐えきれなかったようですわね」
私は、脇の下を必死に隠してプルプルと震えているジュリアン殿下に向けて、慈愛に満ちた(つもりの)笑みを浮かべた。
会場の貴族たちは、今の「バリッ」という景気の良い音をどう解釈すべきか迷っている。
笑ってはいけない。けれど、王太子の肌着が丸見えなのはあまりにシュールだ。
「き、貴様……マーリ……! わざと、わざとやったな!?」
「滅相もございません。私はただ、物理的な限界を指摘したまでです。……ところで殿下。そんなに興奮して、首筋の湿疹が痒くはありませんか?」
「なっ……!? し、湿疹だと?」
ジュリアン殿下が思わず首元を触る。
そこには、リリア様が「聖なる香油」と称して彼に塗りたくっていた、粗悪なラメ入りの油による炎症が広がっていた。
「リリア様。その香油、ベースが古いオリーブオイルですわね。殿下の肌質には合いませんわ。あと三分もすれば、顔全体に真っ赤なブツブツが広がって、せっかくの園遊会が台無しになりますわよ」
「そ、そんな……! これは神聖な泉で採れた、清らかな油ですわ!」
「清らかすぎて酸化していますわ。……殿下、私に一つ提案がございますの」
私は一歩、壇上のジュリアン殿下に歩み寄った。
その距離、わずか三十センチ。
周囲からは「おおっ、もしや愛の告白か!?」という期待混じりのどよめきが上がる。
「な、なんだ。私に縋り付こうというのか? 今更遅いぞ!」
「いいえ。逆ですわ、殿下。私、殿下と『新しい関係』を築きたいのです」
私はわざと、周囲に聞こえるような通る声で、、しおらしく首を傾げた。
これぞ、外側から見れば熱烈なプロポーズに見える「戦略的交渉」の幕開けだ。
「殿下のその上着の破れ、そして顔に広がりつつある悲惨な湿疹……これらを私の『祈り(という名の適切な処置)』で今すぐ解決して差し上げます。その代わり……」
私は殿下の耳元に顔を寄せ、彼にしか聞こえない冷徹な声で囁いた。
「……今すぐ、私に一切の非がないことを認める『婚約解消同意書』にサインをなさい。さもなければ、あと一分後に貴方は顔を真っ赤に腫らし、肌着を晒したまま、全貴族の前で『私は不実な男です』と叫ぶことになりますわよ」
「な、な……!? 貴様、私を脅すのか!?」
「脅しではありません。観察に基づいた『予報』です。……あ、今、リリア様の靴のヒールが折れましたわよ」
「えっ? ひゃあああ!?」
リリア様が横で派手に転倒し、ジュリアン殿下の足元に縋り付いた。
その衝撃で、殿下のズボンのベルト代わりの紐が、ブチリと音を立てる。
「……あら。次は下半身の危機ですわね。どうなさいますか、殿下?」
「…………っ! わ、分かった! 書く! 書けばいいんだろう!」
ジュリアン殿下は涙目で叫んだ。
周囲の貴族たちには、それが「マーリ様の熱烈な逆プロポーズを、感動のあまり受け入れた王子」に見えたらしい。
「おおお……! なんという愛の力だ!」
「マーリ様が、殿下の危機を救うために愛を誓われたぞ!」
会場中から、地鳴りのような拍手が巻き起こる。
「師匠……! まさか、あんな殿下をまだ愛していたとは……! 俺、感動して涙が止まりませんぞ!」
セドリック様が鼻をすすりながら、鎖帷子をガシャガシャ鳴らして跪く。
「……ふむ。愛の告白という名の『完全勝利宣言』か。マーリ、君の交渉術はもはや魔法を超えているね」
サイラス様だけが、ニヤニヤしながら手帳に「恐喝の成功例」と書き込んでいた。
「……ふふ。殿下、サインは後ほど裏の応接室で。……あ、リリア様。貴女はそのまま、そちらの植え込みで頭を冷やしていらっしゃるとよろしいわ。そこ、先ほど殿下がクシャミをなさった時の飛沫が大量に飛んでいますから」
「ひ、ひどいですわぁぁぁ!」
私は、泣き叫ぶリリア様と、震えるジュリアン殿下を優雅にエスコートし、壇上を後にした。
(よし……! これで慰謝料と『無実の証明』は手に入れたわ!)
心の中でガッツポーズを決めながら、私は次なる獲物――もとい、隠居生活のための不動産リストを思い描いていた。
私は、脇の下を必死に隠してプルプルと震えているジュリアン殿下に向けて、慈愛に満ちた(つもりの)笑みを浮かべた。
会場の貴族たちは、今の「バリッ」という景気の良い音をどう解釈すべきか迷っている。
笑ってはいけない。けれど、王太子の肌着が丸見えなのはあまりにシュールだ。
「き、貴様……マーリ……! わざと、わざとやったな!?」
「滅相もございません。私はただ、物理的な限界を指摘したまでです。……ところで殿下。そんなに興奮して、首筋の湿疹が痒くはありませんか?」
「なっ……!? し、湿疹だと?」
ジュリアン殿下が思わず首元を触る。
そこには、リリア様が「聖なる香油」と称して彼に塗りたくっていた、粗悪なラメ入りの油による炎症が広がっていた。
「リリア様。その香油、ベースが古いオリーブオイルですわね。殿下の肌質には合いませんわ。あと三分もすれば、顔全体に真っ赤なブツブツが広がって、せっかくの園遊会が台無しになりますわよ」
「そ、そんな……! これは神聖な泉で採れた、清らかな油ですわ!」
「清らかすぎて酸化していますわ。……殿下、私に一つ提案がございますの」
私は一歩、壇上のジュリアン殿下に歩み寄った。
その距離、わずか三十センチ。
周囲からは「おおっ、もしや愛の告白か!?」という期待混じりのどよめきが上がる。
「な、なんだ。私に縋り付こうというのか? 今更遅いぞ!」
「いいえ。逆ですわ、殿下。私、殿下と『新しい関係』を築きたいのです」
私はわざと、周囲に聞こえるような通る声で、、しおらしく首を傾げた。
これぞ、外側から見れば熱烈なプロポーズに見える「戦略的交渉」の幕開けだ。
「殿下のその上着の破れ、そして顔に広がりつつある悲惨な湿疹……これらを私の『祈り(という名の適切な処置)』で今すぐ解決して差し上げます。その代わり……」
私は殿下の耳元に顔を寄せ、彼にしか聞こえない冷徹な声で囁いた。
「……今すぐ、私に一切の非がないことを認める『婚約解消同意書』にサインをなさい。さもなければ、あと一分後に貴方は顔を真っ赤に腫らし、肌着を晒したまま、全貴族の前で『私は不実な男です』と叫ぶことになりますわよ」
「な、な……!? 貴様、私を脅すのか!?」
「脅しではありません。観察に基づいた『予報』です。……あ、今、リリア様の靴のヒールが折れましたわよ」
「えっ? ひゃあああ!?」
リリア様が横で派手に転倒し、ジュリアン殿下の足元に縋り付いた。
その衝撃で、殿下のズボンのベルト代わりの紐が、ブチリと音を立てる。
「……あら。次は下半身の危機ですわね。どうなさいますか、殿下?」
「…………っ! わ、分かった! 書く! 書けばいいんだろう!」
ジュリアン殿下は涙目で叫んだ。
周囲の貴族たちには、それが「マーリ様の熱烈な逆プロポーズを、感動のあまり受け入れた王子」に見えたらしい。
「おおお……! なんという愛の力だ!」
「マーリ様が、殿下の危機を救うために愛を誓われたぞ!」
会場中から、地鳴りのような拍手が巻き起こる。
「師匠……! まさか、あんな殿下をまだ愛していたとは……! 俺、感動して涙が止まりませんぞ!」
セドリック様が鼻をすすりながら、鎖帷子をガシャガシャ鳴らして跪く。
「……ふむ。愛の告白という名の『完全勝利宣言』か。マーリ、君の交渉術はもはや魔法を超えているね」
サイラス様だけが、ニヤニヤしながら手帳に「恐喝の成功例」と書き込んでいた。
「……ふふ。殿下、サインは後ほど裏の応接室で。……あ、リリア様。貴女はそのまま、そちらの植え込みで頭を冷やしていらっしゃるとよろしいわ。そこ、先ほど殿下がクシャミをなさった時の飛沫が大量に飛んでいますから」
「ひ、ひどいですわぁぁぁ!」
私は、泣き叫ぶリリア様と、震えるジュリアン殿下を優雅にエスコートし、壇上を後にした。
(よし……! これで慰謝料と『無実の証明』は手に入れたわ!)
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