婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

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「おい、まだ着かないのか! 砂埃で喉がイガイガするぞ!」

「殿下、もうすぐですわ。……見てください、あそこ!」

王家の紋章が入った豪華な馬車が、砂煙を上げて停止した。

扉が開き、不機嫌そうな顔をしたジュリアン殿下が降り立つ。

続いて、日傘をさしたミアが、わざとらしい悲鳴を上げて飛び出してきた。

「キャッ! 何ここ、すごい……!」

彼らの目の前には、荒野の只中とは信じがたい光景が広がっていた。

夕闇に輝くイルミネーション。

優雅な音楽。

そして、漂ってくる極上の料理の香り。

「こ、これが……あのゴミ捨て場だった場所か?」

ジュリアンが呆然と口を開ける。

彼の想像していた「薄汚い難民キャンプ」は、そこにはなかった。

あるのは、王宮の庭園すら凌駕する、洗練された楽園の入り口だった。

「ようこそお越しくださいました。『リゾート・エデン』へ」

私は正門の前で、深々と優雅なお辞儀をした。

今日のドレスは、リゾートのイメージカラーである濃紺のシルク。

髪はアップにし、耳元には最高級の魔石のイヤリングが輝いている。

隣には、正装したリュカが、まるで私の執事か騎士のように控えている。

「む……?」

ジュリアンが私を見て、ハッと息を飲んだ。

その視線が、私の顔からデコルテ、そして全身へと舐めるように動く。

「美しい……。君が噂のオーナーか?」

予想通りだ。

彼は私だと気づいていない。

婚約破棄の時、私は地味なドレスで、常に眉間に皺を寄せていた。

今の「エステ済み・満面の営業スマイル」の私とは結びつかないのだろう。

「お初にお目にかかります……と言いたいところですが」

私は扇子で口元を隠し、瞳だけで笑った。

「お久しぶりですね、ジュリアン殿下。それに、ミア様も」

「……は?」

ジュリアンの笑顔が凍りついた。

ミアが目を丸くして、私の顔を凝視する。

「その声……まさか……」

「シ、シスイ……!? シスイ・ランカスターか!?」

「はい、左様でございます」

「ば、馬鹿なッ!!」

ジュリアンが叫んだ。

「お前は、もっとこう……陰気で、目つきが悪くて、肌もカサカサだったはずだ! なんだその輝きは! 整形魔法でもかけたのか!?」

失礼な男だ。

素材は元々良かったのだ。

ただ、彼というストレス源がなくなったことで、本来の輝きを取り戻しただけである。

「この地で湧き出る『奇跡の温泉』と、ストレスフリーな生活のおかげですわ。人間、環境が変われば美しくもなるのです」

「う、嘘よ……!」

ミアがギリギリと歯ぎしりをする音が聞こえた。

彼女は自分の巻き髪を指でいじりながら、敵意を剥き出しにして睨んでくる。

「シスイ様のくせに……私より目立つなんて、生意気ですわ!」

「お褒めにあずかり光栄です。それで、本日はどのようなご用件で? まさか、私に会いに来てくださったとか?」

「勘違いするな!」

ジュリアンが我に返り、尊大な態度でふんぞり返った。

「私は調査に来たのだ! お前がこの土地を不正に利用し、怪しげな宗教活動でもしているのではないかとな!」

「宗教? とんでもない。ここは健全な保養地です」

「黙れ! ドーランからの報告では『一度入れば抜け出せない魔窟』とあったぞ! それに、あの法外な請求書はなんだ!」

ジュリアンが懐から、クシャクシャになった請求書を取り出した。

「たかが視察で金貨二千枚だと!? 王家を舐めるなよ!」

「舐めてなどおりません。正規料金です」

私はニッコリと微笑んだ。

「当リゾートは、お客様の『満足度』に応じて価格が変動するシステムを採用しております。ドーラン子爵は、それはもう大変ご満足されていましたので」

「ふざけるな! こんなボッタクリ店、今すぐ閉鎖させてやる!」

ジュリアンが合図をすると、背後の近衛兵たちが一斉に抜刀した。

「国軍の力を見せてやる! この施設を制圧し、国有化する!」

武力行使。

一番愚かな選択肢を選んでくれた。

私はチラリと横を見た。

「……だ、そうです。リュカ様」

「やれやれ。俺の目の前で抜刀するとは、随分と死に急ぐ連中だ」

リュカが一歩前に出た。

ただ一歩。

それだけで、空気が変わった。

「氷の公爵」から放たれる圧倒的な闘気(プレッシャー)が、物理的な突風となって近衛兵たちを襲う。

「うわぁっ!?」

「な、なんだこの殺気は……!?」

兵士たちが腰を抜かし、馬たちが怯えていななきを上げる。

「バ、バルバトス! 貴様、王太子である私に盾突く気か!」

ジュリアンが震える声で叫ぶ。

「盾突くも何も、ここは私の領地の隣接区域。そしてシスイは私の……大事なビジネスパートナーだ」

リュカは剣すら抜かずに、冷ややかに告げた。

「不当な暴力で彼女の邪魔をするなら、たとえ王族でも容赦はしない。……帰れ。命があるうちに」

「ひっ……!」

ジュリアンが後ずさる。

武力では勝てない。

それを悟った彼は、すぐに別の切り口を探した。

「ず、ずるいぞシスイ! 男の陰に隠れて!」

「隠れてはいません。役割分担(アウトソーシング)です」

「くそっ……! いいだろう、武力は引いてやる! だが、調査はさせてもらうぞ! 私は客としてここに入る権利があるはずだ!」

来た。

結局、入りたいのだ。

この煌びやかなリゾートの誘惑には勝てないのだ。

「もちろんです。お客様は神様ですから」

私は営業スマイルを深めた。

「ですが、先ほども申し上げた通り、当リゾートは会員制です。王族の方と言えども、入会金と利用料をお支払いいただきます」

「金か! いくらだ! 金貨百枚か? 二百枚か?」

「いいえ」

私は人差し指を立てた。

「殿下とミア様、特別VIPコースでのご案内となりますので……お一人様、金貨一千枚です」

「いっ……!?」

ジュリアンの目が飛び出した。

「いっせんまい!? 二人で二千枚だと!? ふざけるな! 城が建つぞ!」

「高いですか? ですが、それだけの価値(バリュー)は保証します。最高級スイート『バベル』へのご宿泊、専属シェフによるディナー、そして……他では味わえない『極上の体験』がセットになっております」

「払えるか、そんな額!」

「おや、払えないのですか? 王太子殿下が? 貧乏くさい……あ、失礼。倹約家でいらっしゃるのですね」

私が小声で(しかし確実に聞こえるように)呟くと、ジュリアンの顔が赤紫色に変色した。

プライドの高い彼にとって、「金がない」と言われることほど屈辱的なことはない。

ましてや、元婚約者の前で。

「は、払えるわよ! ねえ、殿下!」

ミアが横から口を挟んだ。

「私、あの温泉に入ってみたいですわ! シスイ様があんなに綺麗になったんですもの、私がもっと綺麗になるはずです!」

「だ、だがミア、二千枚だぞ……」

「殿下の愛はその程度なんですの?」

ミアが涙目で訴える。

この女、ある意味で私の最強の味方かもしれない。

「ぐぬぬ……ッ! 分かった! 払う! 払ってやる!」

ジュリアンは震える手で、王家の紋章が入った小切手帳を取り出した。

「これで文句ないだろう!」

「確認いたします」

私は小切手を受け取り、透かしを確認し、素早く懐へしまった。

「確かに。まいどあり」

「ブヒィッ!(ゲートオープン!)」

トンカツが楽しそうに門を開ける。

ジュリアンとミアは、勝ち誇ったような、しかしどこか不安げな顔で、リゾートの中へと足を踏み入れた。

「覚えておけ、シスイ! 必ずこの金の分以上の『粗』を見つけて、お前を破滅させてやるからな!」

「ええ、楽しみにしております」

私は深く頭を下げて見送った。

二人の背中が遠ざかると、隣のリュカがふぅ、と息を吐いた。

「……本当に二千枚も取るとはな」

「王族価格です。それに、彼らが入るのは『バベル』ですから」

「……あの部屋か。まさに『地獄の沙汰も金次第』だな」

「違いますよ、閣下。これは教育的指導です」

私は小切手を指で弾いた。

「金の重みと、労働の尊さ。それを彼らに骨の髄まで教えて差し上げるのです」

夜空に花火が上がった。

歓迎の花火ではない。

開戦の狼煙だ。

「さあ、始めましょうか。悪役令嬢の、最後のお仕事(アトラクション)を」

私はリュカにウインクをし、彼らを追いかけて歩き出した。

今夜のリゾートは、かつてないほど激しく、そして愉快な夜になるだろう。
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