婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

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「ひどいですわ……! シスイ様、あんまりです……!」

翌朝。

爽やかな朝日が差し込むテラスレストラン『アポロン』に、場違いな泣き声が響き渡った。

声の主は、もちろんミアだ。

彼女はレースのハンカチで目元を押さえ、テーブルに突っ伏して震えている。

その向かいには、オロオロと背中をさするジュリアン殿下。

そして、オーダーを取りに来た私と、護衛のリュカが立っていた。

「どうなさいました? 朝食のオムレツがお気に召しませんでしたか? 今なら作り直しも可能ですが、追加料金がかかります」

私が冷静に尋ねると、ミアがバッと顔を上げた。

その瞳は潤んでいるが、計算高い光が見え隠れしている。

「食事のことではありません! あなたの態度です! 私たちから法外な料金を巻き上げ、こんな狭い部屋(スイート)に押し込め……元婚約者への情はないのですか!?」

ミアの声は、わざとらしく大きかった。

周囲のテーブルには、他の貴族や富裕層の客たちが座っている。

彼らの注目を集め、私を「悪者」に仕立て上げる作戦だろう。

「私、怖くて夜も眠れませんでした……。シスイ様が、復讐のために私たちを毒殺するんじゃないかって……ううっ……」

「そ、そうだぞシスイ! ミアは繊細なんだ! お前の冷酷な仕打ちに傷ついている!」

ジュリアンも加勢する。

周囲の客たちがざわめき始めた。

「おい、聞いたか? 毒殺だって?」

「なんてことだ……あんな可憐な令嬢を泣かせるなんて……」

ミアの口元が、ハンカチの下で微かに歪んだ。

(勝った! やっぱり世論は私の味方ね!)

そう思っただろう。

だが、甘い。

甘すぎる。

ここの客層を甘く見ないでいただきたい。

「……毒殺? 馬鹿なことを」

隣のテーブルにいた、恰幅の良い商人が呆れたように言った。

「ここの料理は最高だぞ? 毒なんか入れたら、リピーターが減って大損じゃないか」

「そうよねぇ。オーナーはドケチ……じゃなくて合理的だもの。復讐なんて一円の得にもならないこと、するわけないわ」

貴婦人が優雅に紅茶を啜る。

「それに、あの『泣き真似』……三流芝居ね。王都の劇場ならトマトを投げられるレベルよ」

「……え?」

ミアの動きが止まった。

予想外の反応に、涙が引っ込んだらしい。

「お分かりですか、ミア様」

私は伝票ボードを胸に抱え、冷ややかに見下ろした。

「ここのお客様は、皆様『本物』を知っている方々です。そして何より、当リゾートのファン(信者)です。あなたの安い演技で、私の信用が揺らぐとでも?」

「ぐっ……!」

「それに、『情』とおっしゃいましたが、ここはビジネスの場です。情で飯は食えませんし、従業員の給料も払えません」

私はテーブルに水を置いた。

「泣くのは結構ですが、水分とカロリーの無駄遣いですよ? そのエネルギーがあるなら、もっと生産的なことに使われてはいかがです?」

「せ、生産的……?」

「はい。例えば……」

私は懐から、一枚のチラシを取り出した。

『急募! 未経験歓迎! アットホームな職場です(魔物含む)』

「現在、当リゾートでは人手不足につき、アルバイトを募集しております。皿洗い、清掃、あるいは魔物の餌やり……時給は弾みますよ?」

「は、はあぁぁ!? 私に働けと言うのですか!? 男爵令嬢で、次期王妃になる私に!?」

ミアが金切り声を上げた。

「お金がないと嘆くなら、稼げばいいのです。シンプルでしょう? ジュリアン殿下もいかがですか? 薪割りなら、いい運動になりますよ」

「ふざけるな! 王族が薪割りなどできるか!」

「そうですか。残念です。薪割り担当のオーガが腰を痛めて困っていたのですが」

私は肩をすくめた。

「まあ、働く気がないなら結構です。では、当初の予定通り、追加のサービス料を請求させていただきますね。今の騒音で、他のお客様の快適な朝食タイムを妨害しましたので、『迷惑料』として金貨十枚追加です」

「なっ……!?」

「嫌なら、今すぐ静かに食事をするか、皿を洗いに行くか。選んでください」

私はニッコリと、しかし目が笑っていない笑顔を向けた。

ミアは唇を噛み締め、ジュリアンを見た。

ジュリアンは目を逸らした。

昨日の論破で、私に口喧嘩で勝てないことを悟っているのだ。

「……くっ、覚えてらっしゃい! いつか絶対、吠え面をかかせてやるんだから!」

ミアはフォークを掴み、ヤケクソのようにオムレツを突き刺した。

「あーん! 悔しい! でも美味しい! なんなのこのフワフワ卵はぁッ!」

「ありがとうございます。では、ごゆっくり」

私は優雅に一礼し、リュカと共にその場を離れた。

バックヤードに戻ると、リュカが噴き出した。

「くくっ……! 傑作だったな。あの聖女様の顔、見たか?」

「ええ。怒りと食欲の板挟みになっていましたね」

「しかし、本当にお前はブレないな。王太子相手に『薪割りをしろ』とは」

「人手不足は深刻ですから。使えるものは王族でも使います」

私はスケジュール帳を開いた。

「さて、これで『朝のイベント』はクリアです。次は……」

「次?」

「はい。昼過ぎに、彼らは必ず動きます。おそらく、リゾートの外……『魔物の生息域』へ調査に行こうとするはずです」

私の読みでは、施設内での粗探しを諦め、外に「違法性」を見つけようとするだろう。

例えば、魔物の不法飼育や、危険区域の管理不備など。

「危険だな。素人が荒野に出れば、野良の魔物に襲われるぞ」

「ええ。ですから、特別な『ガイド』を用意しておきましょう」

私はインカム(魔道具)のスイッチを入れた。

「トンカツ、聞こえる? 出番よ。お友達をたくさん連れて、お客様を『熱烈歓迎』してあげて。……ただし、絶対に怪我はさせないように。あくまで『ツアー』の一環としてね」

『ブヒィッ!(了解!)』

通信機の向こうで、勇ましい返事が聞こえた。

「……お前、本当に性格が悪いな」

リュカが呆れ顔で言った。

「安全管理です、閣下。彼らに『外の世界の厳しさ』を知ってもらい、リゾートの中がいかに安全で快適か(そして高いか)を再認識していただくのです」

私は窓の外、広大な荒野を見つめた。

そこは私の庭だ。

私の手のひらの上で踊る限り、彼らに逃げ場はない。

「さあ、ジュリアン殿下、ミア様。午後の部は『サファリパーク(命がけ)』ですよ。チップの準備はお済みですか?」
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