婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

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「リュカァァァッ!! 貴様、いつからこんな軟弱な男になったのだッ!!」

リゾートの正門前に、雷のような怒号が轟いた。

声の主は、馬車から降り立った巨漢の老人だ。

白髪の短髪に、顔を走る古傷。

丸太のような太い腕。

年齢は六十を超えているはずだが、その筋肉量は現役の騎士を凌駕している。

彼こそが、先代バルバトス辺境伯、ロダン・バルバトスだ。

「……親父。久しぶりだな」

リュカが嫌そうな顔で頭を下げる。

「久しぶりではない! 隠居先で『息子が荒野で遊園地を作って遊んでいる』という噂を聞いて飛んできたのだ! なんだこの煌びやかな建物は! このふやけた空気は! バルバトス家は代々、魔物と戦う武門の家柄だぞ!」

ロダンは地面をダンッ!と踏みつけた。

それだけで石畳にヒビが入る。

(……うわぁ。修理費請求しなきゃ)

私は冷静に損害額を計算しながら、彼らの様子を観察していた。

そこへ、好機とばかりにジュリアンとミアが割り込んできた。

「おお! これはロダン殿ではありませんか!」

「……ん? 誰だ、お前たちは」

ロダンが怪訝な顔をする。

ジュリアンは胸を張り、王家の紋章を見せつけた。

「王太子のジュリアンだ! ロダン殿、よくぞ来てくれた! 実は貴殿の息子は、そこの悪女にたぶらかされているのだ!」

「悪女?」

「そうだ! シスイ・ランカスターという女だ! 彼女は怪しい魔術でリュカを洗脳し、この神聖な防衛拠点を、不純な遊興施設に変えてしまったのだ!」

ミアも涙ながらに訴える。

「そうですわ! 私たちも騙されて、酷い目に遭わされましたの! どうか、あの方の目を覚まさせてあげてください!」

二人の言葉に、ロダンの顔が鬼のように険しくなった。

彼は私の方を向き、ドスドスと歩み寄ってきた。

その圧力たるや、フレイムボア以上だ。

「貴様か。倅(せがれ)を惑わす女狐というのは」

見下ろされる視線。

普通の令嬢なら気絶するだろう。

だが、私は優雅にスカートをつまんで挨拶をした。

「お初にお目にかかります、大旦那様。当リゾートのオーナー、シスイです。『女狐』ではなく『経営者』と呼んでいただけますか?」

「ふん! 口の減らん小娘だ! いいか、俺は認めんぞ! こんなチャラチャラした場所は即刻取り壊せ! ここは戦場だ! 必要なのは剣と砦であって、温泉や美食ではない!」

ロダンの怒鳴り声に、ジュリアンたちが「そうだそうだ!」と囃し立てる。

「取り壊せ! 更地に戻せ!」

完全にアウェイな空気。

リュカが庇おうと前に出るが、私はそれを手で制した。

「大旦那様。……戦場に必要なのは剣と砦だけ。本当ですか?」

「何だと?」

「兵士は疲れを知らぬ機械ではありません。十分な休息、栄養価の高い食事、そして傷を癒やす施設があってこそ、最強の軍隊が維持できるのではありませんか?」

私は一歩も引かずに言い返した。

「兵站(へいたん)も整えずに精神論だけで戦うなど、三流の指揮官のすることです」

「なっ……! 小娘が、俺に兵法を説く気か!?」

「いいえ、経営戦略の話をしています。……百聞は一見に如かず。壊すかどうかは、私の『プレゼン』を聞いてからでも遅くはないでしょう?」

私は不敵に笑い、ゲートを指差した。

「ご招待します。当リゾートがいかに『軍事的合理性』に基づいた施設であるかを」

「……面白い。口先だけでないなら証明してみせろ!」

ロダンは鼻息荒く、リゾートへ足を踏み入れた。

ジュリアンたちは「よし、これでシスイも終わりだ!」とほくそ笑んでついてくる。

   ◇ ◇ ◇

「まずはこちら。大浴場『天国(ヘヴン)』です」

私はロダンを一番風呂へ案内した。

「ふん! ただの湯だろう! こんなもので魔物は倒せん!」

「浸かってみてください。特に、その右肩の古傷あたりに」

「……む? なぜ俺の古傷を知っている」

「歩き方を見れば分かります。相当痛むのでしょう?」

ロダンは渋々、服を脱いで湯に入った。

最初は眉間に皺を寄せていたが……数秒後。

「……ぬぉぉぉぉっ!?」

野太い呻き声を上げた。

「な、なんだこれは……! 肩の痛みが……消えていく……!?」

「当温泉の成分には、鎮痛作用と組織修復を促進する魔力が含まれています。これはただの風呂ではありません。『超高性能医療ポッド』です」

私は湯船の縁に立ち、解説した。

「負傷した兵士をここに一晩入れれば、翌日には前線復帰が可能。回復魔法使いを雇うコストを考えれば、驚異的な費用対効果です」

「な、なるほど……! 治療施設だったのか!」

「続いてこちらへ」

湯上がりには、特製の食事を用意した。

山盛りの肉料理と、プロテイン入りの特製ドリンクだ。

「これは『マッスル増強セット』です。魔物の肉に含まれる特殊なタンパク質を効率よく摂取できるよう調理してあります。これを食べ続けた騎士団員は、一ヶ月で筋肉量が二割増加しました」

「に、二割だと!? ……ガツガツ! う、うまい! 力が漲るぞ!」

ロダンは肉にかぶりついた。

その横で、ジュリアンが「汚い食べ方だ……」と引いているが、ロダンは無視だ。

「そして極めつけは、こちら」

私は一冊の帳簿を見せた。

「当リゾートの先月の売上です」

「……!!」

数字を見たロダンの目が飛び出した。

「き、金貨五千枚!? たった一ヶ月でか!?」

「はい。これだけの『軍資金』があれば、最新鋭の武器を揃え、砦を補強し、領民の税を免除することすら可能です」

私は帳簿を閉じた。

「大旦那様。あなたはこれを『軟弱な遊び場』と呼びました。ですが、私には『最強の兵站基地』に見えます。……間違っていますか?」

ロダンは沈黙した。

彼は震える手で、自分の完治しかけた肩を触り、空になった皿を見つめ、そしてリュカを見た。

「……リュカ」

「はい」

「お前は、とんでもない嫁を貰ったな」

「えっ」

「ぶはははは!! 気に入った! 最高じゃないか! 金も稼げて、傷も治せて、飯も美味い! これぞバルバトス家に必要な『力』だ!」

ロダンが豪快に笑い、私の背中をバンバンと叩いた。

痛い。骨が軋む。

「大旦那様、まだ『嫁』ではありませんし、背中が折れます」

「細かいことは気にするな! いやぁ、俺の負けだ! シスイ殿、あんたは立派な戦士(ビジネスマン)だ!」

「な、なぜだぁぁぁッ!!」

その時、蚊帳の外に置かれていたジュリアンが叫んだ。

「ロダン殿! 騙されるな! 金に目がくらんだのか! 武人の誇りはどうした!」

「うるさいぞ、弱男(よわおとこ)!」

ロダンが一喝した。

「武人の誇り? 笑わせるな! 民を飢えさせず、兵を死なせないことこそが領主の誇りだ! それを成し遂げたこの娘を認められん奴は、ただの無能だ!」

「ぐっ……! む、無能だと……!」

「そうだ! お前のように、女の影に隠れてピーピー喚くだけの男に、この娘を批判する資格はない! さっさと失せろ!」

ロダンの殺気に押され、ジュリアンとミアは「ひぃぃっ!」と逃げ出した。

「くそぉぉ! 覚えてろ! 父上(国王)に言いつけてやるからな!」

捨て台詞を残して去っていく二人を見送りながら、ロダンは鼻を鳴らした。

「まったく、嘆かわしい次期国王だ。……それに比べて」

ロダンは私とリュカを交互に見て、ニヤリと笑った。

「お前たち、いいコンビだ。早く孫の顔が見たいものだな」

「っ!?」

「ちょ、親父! 何を言うんだ!」

リュカが真っ赤になって狼狽える。

私も咳払いをして、話題を逸らした。

「そ、そのようなプライベートな計画(プロジェクト)は未定です。それより大旦那様、本日のご利用料金ですが……」

「おお、払うとも! いくらだ?」

「『視察プラン・VIPコース』に加え、私の背中の治療費を含めまして……金貨三百枚です」

「ぶははは! 身内からも取るか! いい度胸だ! 気に入った、五百枚払ってやる!」

こうして、最強のクレーマーになり得た先代辺境伯は、私の太客(および最強の用心棒)へとジョブチェンジした。

王太子たちの孤立は深まるばかり。

次はいよいよ、追い詰められた彼らが最後の手段――「国王の召喚」という暴挙に出る。

だが、それもまた私のシナリオ通り(オール・グリーン)だった。
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