婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

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「父上! 大変です! 国家の危機です!」

王都の謁見の間。

ボロボロの姿(主に精神的に)で帰還したジュリアン王太子は、玉座に座る国王陛下に向かって、大げさな身振りで訴えた。

「北の果て、バルバトス領の隣接地にて、大規模な反乱の兆しがあります!」

「……反乱だと?」

国王が眉をひそめる。

「はい! 首謀者は、あろうことか元婚約者のシスイ・ランカスター! 彼女は『死の荒野』を不法占拠し、魔物を操って要塞を築いております!」

隣でミアも、嘘泣きを添えて加勢する。

「怖かったですわ陛下……! シスイ様ったら、私たちを魔物の餌にしようとなさって……! 『この国を乗っ取ってやる』と高笑いしておられました!」

「な、なんと……あのランカスター家の娘が……」

周囲の大臣たちがざわめく。

ジュリアンは心の中で舌を出した。

(へっ、これで終わりだシスイ! 反逆罪となれば、バルバトス辺境伯も庇いきれん! あのリゾートは没収し、私の別荘にしてやる!)

彼はリゾートでの屈辱――金貨数千枚の損失と、薪割りの提案、そして魔物サファリの恐怖――を忘れてはいなかった。

特に、自分の無能さを棚に上げて「金がない」と馬鹿にされた恨みは深い。

「陛下! バルバトス辺境伯も、彼女の色香に惑わされ、取り込まれている様子! もはや地方領主の手に負える事態ではありません!」

「ううむ……北の守りが揺らいでいるとなれば一大事だ」

国王は重々しく頷いた。

「よかろう。国軍第一師団を派遣する! 反乱分子を制圧し、シスイを捕縛せよ!」

「はっ! ありがとうございます! (勝った!)」

ジュリアンは歓喜に震えた。

国軍第一師団。

王都最強の精鋭部隊だ。

いくら魔物を使役していようと、正規軍の圧倒的武力の前にはひとたまりもないはずだ。

「見ていろシスイ……! 今度こそ、泣いて許しを請わせてやる!」

   ◇ ◇ ◇

「……という情報が、入りました」

リゾートの支配人室。

私が諜報員からの手紙を読み上げると、室内の空気が凍りついた。

「国軍第一師団……兵数はおよそ五千か」

リュカが険しい顔で腕を組む。

「王太子め、あることないこと吹き込みやがって。俺たちを本気で潰す気だぞ」

「厄介じゃのう。ワシが王都に行って、陛下の目を覚まさせてやろうか?」

ソファでプロテインを飲んでいた先代辺境伯ロダンが、筋肉をピクリとさせて立ち上がる。

「いえ、大旦那様。今からでは間に合いません。軍はすでに出発準備を整えているようです」

私は手紙を机に置き、冷静に計算機を叩いた。

「到着まであと五日。……さて、どうしましょうか」

普通なら、ここで絶望するか、亡命を考えるところだ。

相手は国家権力。

勝てる見込みなど万に一つもない。

だが。

「……五千人か」

私はポツリと呟いた。

「五千人……全員が三食食べるとして、一日一万五千食。宿泊費に、遠征手当が出ているから懐は温かいはず……」

「……おい、シスイ?」

リュカが怪訝な顔をする。

「お前、まさか……」

私は顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。

「千載一遇のチャンス(商機)ではありませんか! 閑散期に五千人の団体様がいらっしゃるなんて!」

「正気か!? 相手は客じゃない、討伐軍だぞ!?」

「似たようなものです。お腹が空けばご飯を食べるし、疲れたらお風呂に入りたい。人間の基本的欲求(ニーズ)に変わりはありません」

私は立ち上がり、ホワイトボードに『国軍迎撃(おもてなし)作戦』と書き殴った。

「いいですか、皆様。今回のミッションは、リゾートの防衛ではありません。『国軍の財布の制圧』です」

「……お前、ブレないな」

リュカが呆れを通り越して感心したように言った。

「だが、向こうは問答無用で攻撃してくるぞ? どうやって客にするつもりだ?」

「簡単です。戦意を喪失させればいいのです。……物理的ではなく、精神的に」

私はニヤリと笑った。

「国軍の兵士たちは、厳しい訓練と薄給に耐えているストレスフルな労働者です。そんな彼らの目の前に、極上の温泉と美味い飯、そして癒やしをぶら下げたら……どうなると思いますか?」

「……命令違反をしてでも飛びつくだろうな」

元軍人のロダンが、実感を込めて頷いた。

「その通り。王太子の命令(ブラック労働)vs 私たちの誘惑(ホワイト待遇)。勝つのはどちらか、火を見るよりも明らかです」

私は指示棒でビシッとボードを叩いた。

「作戦開始! 全スタッフに告ぐ! 五日後、当リゾートは『国軍特別慰安キャンペーン』を開催する! 看板を書き換えろ! 『ようこそ国軍の皆様! 日頃の感謝を込めて初回一杯無料!』だ!」

「初回一杯無料か……安い餌で釣る気だな」

「撒き餌は重要です。一度入れば、二杯目からは正規料金ですから」

私はテキパキと指示を出していく。

「トンカツたちは、武装解除して『売り子』の格好をして! モグオは地下から温泉の湯気を街道まで誘導して! いい匂いで包囲するのよ!」

「ブヒィッ!(ラッシャッセー!)」

「騎士団は、元同僚たちへの『口コミ勧誘』の手紙を書きなさい! 『ここは天国だ、早く来い』と!」

「了解しました!」

リゾート全体が、戦場とは違った熱気――商戦の熱気に包まれていく。

リュカは、やれやれと首を振りながらも、剣の代わりにエプロンを手に取った。

「……分かった。俺も腹をくくろう。王太子には悪いが、国軍の胃袋は我々が頂く」

「その意気です、パートナー」

私は窓の外、王都の方角を見据えた。

五千人の軍勢。

それは私にとって、五千個の歩く財布にしか見えなかった。

「さあ、いらっしゃいませ国軍の皆様。剣を置いて、財布を抜いて。……身ぐるみ剥いで(リラックスさせて)差し上げますわ」

私の脳内では、すでに勝利のファンファーレではなく、レジスターの開く音が鳴り響いていた。
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