婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

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ズズズズズ……ッ!

地平線を埋め尽くす、銀色の波。

国軍第一師団、五千の兵。

彼らが刻む整然とした行軍の音が、荒野の大地を揺らしていた。

その先頭、豪華な装飾が施された白馬に跨り、ジュリアン王太子は得意満面に剣を掲げた。

「見よ、ミア! あれが我が国の精鋭たちだ!」

「素敵ですわ殿下! これなら、あんな生意気なリゾートなんて一捻りですわね!」

馬車の中からミアが黄色い声援を送る。

ジュリアンは鼻高々だ。

「全軍、停止ッ!!」

指揮官の合図で、五千の兵がピタリと止まる。

目の前には、『リゾート・エデン』の正門がそびえ立っている。

しかし、どこか様子がおかしい。

堅牢な城門が閉じられていると思いきや、門は全開。

さらに、城壁の上には物々しいバリケードの代わりに、カラフルな垂れ幕が揺れていた。

『ようこそ国軍の皆様! 長旅お疲れ様です♡』

『初回ドリンク一杯無料! 足湯あり〼』

「……な、なんだあれは?」

ジュリアンが眉をひそめる。

「罠か? 油断させるつもりか?」

「殿下、警戒を。魔女の結界かもしれません」

指揮官が剣を構える。

張り詰める緊張感。

その時。

フワァ~……ッ。

リゾートの方角から、風に乗って「何か」が流れてきた。

「……ん? なんだこの匂いは」

最前列の兵士が鼻をヒクつかせた。

「こ、これは……肉?」

「焼きたてのパンの香りだ……」

「いや、こっちは……デミグラスソースの濃厚な……」

グゥ~……キュルルル……。

静寂に包まれていた軍列のあちこちで、情けない音が連鎖し始めた。

無理もない。

彼らは王都から五日間、乾パンと干し肉だけの強行軍でここまで来たのだ。

空腹は極限状態にある。

「こ、こら! 気を抜くな! これは敵の精神攻撃だ!」

ジュリアンが怒鳴るが、彼自身の腹もグゥと鳴った。

そこへ。

「いらっしゃいませーッ!!」

拡声魔法を使った私の声が、戦場(予定地)に響き渡った。

「国軍の皆様! 遠路はるばるようこそ! 当リゾート自慢の『ウェルカム・キッチンカー部隊』が、皆様をお出迎えいたします!」

私の合図とともに、門の奥から何台もの屋台(キッチンカー)が出動した。

引いているのは、武装解除し、コック帽を被ったオークやトロールたちだ。

彼らは兵士たちの目の前まで来ると、手際よく鍋の蓋を開けた。

パカッ。

瞬間、暴力的なまでの「飯テロ」が炸裂した。

大鍋の中でグツグツと煮込まれた、トロトロのビーフシチュー。

鉄板の上で音を立てて焼ける、肉汁たっぷりのハンバーグ。

そして、キンキンに冷えたジョッキに注がれる黄金色のエール。

「……ゴクリ」

五千人の喉が鳴る音が重なり、地響きのように聞こえた。

「さあさあ、早い者勝ちですよ! 国軍IDを見せれば、初回セットは無料です!」

私が櫓の上から叫ぶ。

「な、何をしている! 食べるな! 毒が入っているぞ!」

ジュリアンが必死に制止する。

だが、その時、屋台の一つからリュカが出てきた。

彼はエプロン姿で、手に焼きたての串焼きを持っている。

「毒など入っていない。俺が保証する」

「バ、バルバトス!? 貴様、そんな格好で……!」

「元戦友たちに、毒入りの飯を食わせるほど落ちぶれてはいないつもりだ。……おい、隊長。久しぶりだな」

リュカが、最前列にいた古参の騎士に串焼きを放り投げた。

騎士は反射的にそれを受け取る。

「か、閣下……」

「食え。腹が減っては戦はできんと言うだろう?」

騎士は串焼きを見た。

肉汁が滴っている。

彼は震える手でそれを口に運び……。

「う……うまいッ!!」

絶叫した。

「なんだこの柔らかさは! 口の中で溶けたぞ! それにこのタレ! 絶品だ!」

その一言が、引き金(トリガー)となった。

「うおおおおッ! 俺も食いたい!」

「無料だ! 突撃ーーッ!」

「ビールだ! ビールをくれぇぇッ!」

統制は崩壊した。

兵士たちは武器を捨て、財布と国軍IDを握りしめて屋台へと殺到した。

「ま、待て! 戻れ! これは反乱軍の罠だぞ! 命令違反だ!」

ジュリアンが叫ぶが、飢えた野獣と化した兵士たちの耳には届かない。

「ブヒィッ!(列に並んでねー!)」

「グガァッ!(トッピングはいかがっすかー!)」

魔物たちが手際よく注文をさばいていく。

兵士たちも、相手が魔物であることなど気にする余裕はない。

美味しい飯をくれる奴は、敵ではなく神なのだ。

「あ、ありえん……。最強の第一師団が、飯一つで……」

ジュリアンが呆然と立ち尽くす。

私は櫓から降り、優雅に彼の前へと歩み寄った。

「いかがですか、殿下。ご自身の部下たちが喜ぶ姿は」

「シ、シスイ……! 貴様、卑怯だぞ!」

「戦略的勝利と呼んでください。……ところで殿下、そちらの馬車にいるミア様も、お腹が空いているのでは?」

見ると、馬車の窓からミアが顔を出し、ハンバーグを凝視して涎を垂らしている。

「……食べたい。あれ、絶対に美味しいやつだわ……」

「ミア!?」

「殿下、もういいではありませんか! 兵士たちも戦意喪失していますし、まずは腹ごしらえを……」

「お、お前まで……!」

勝負あった。

私はニッコリと笑い、最後の一押しをした。

「殿下。今なら『総大将特別セット』として、特上ステーキ重をご用意できますが? もちろん、有料(時価)ですが」

「……」

ジュリアンは震えた。

プライドと食欲の狭間で、激しく葛藤している。

そして、彼は力なく剣を地面に落とした。

「……タレ多めで頼む」

「承知いたしました。毎度あり」

こうして、国軍第一師団による「リゾート制圧作戦」は、開始からわずか十分で「リゾート大宴会」へと変更された。

荒野の空に、兵士たちの「カンパーイ!」という声がこだまする。

シチューの鍋は次々と空になり、私の手元の金庫には、兵士たちの給料(国税)が次々と吸い込まれていく。

「……恐ろしい女だ」

焼き鳥を片手に、リュカが私の隣で呟いた。

「五千の兵を、血を一滴も流さずに無力化するとはな」

「血の代わりに、お金を流していただきましたから。……見てください、あの笑顔。平和そのものでしょう?」

兵士たちは皆、幸せそうに頬を緩め、魔物たちと肩を組んで歌っている。

「王都の政治より、ここの飯の方が俺たちを分かってくれてるぜ!」

「もう帰りたくねぇ~! ここに住みてぇ~!」

そんな声すら聞こえてくる。

「さて、胃袋は掴みました。次は『心』を掴む番です」

私は帳簿を閉じ、次のページの作戦概要を見た。

『作戦名:国王陛下ご来臨・温泉卓球外交』

そう、この騒ぎを聞きつけた国王陛下が、ついに重い腰を上げるはずだ。

ラスボスの登場。

だが、準備は万端だ。

「さあ、もっと飲ませて! お風呂の準備も急いで! 彼らが寝落ちする前に、追加オーダーを取るのよ!」

私の号令に、リゾートは歓喜と熱狂で応えた。
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