婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

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「王太子よ。……これは一体、どういうことだ?」

翌朝。

リゾートの正門前に、国一番の豪華な馬車――国王専用車が到着した。

そこから降り立った国王陛下は、目の前に広がる光景を見て、呆然と呟いた。

「おはようございまーす、陛下! 朝風呂最高っすよ!」

「陛下! ここの牛乳、マジで美味いっす!」

そこには、浴衣姿で牛乳瓶を片手に談笑する国軍兵士たちの姿があった。

彼らの顔色は良く、肌はツヤツヤ。

殺伐とした空気など微塵もない。

まるで修学旅行に来た学生のように、リラックスしきっていた。

「父上! ご覧ください!」

ジュリアン王太子が、鬼の首を取ったように叫んだ。

「これが証拠です! シスイは我が国の精鋭たちに酒と女(魔物)を与え、骨抜きにしたのです! これは国家反逆罪に相当する軍事力無効化工作です!」

隣でミアもハンカチを噛む。

「そうですわ陛下! 兵士の方々がこんな……頭に手ぬぐいなんて乗せて……嘆かわしい!」

国王は髭を撫でながら、楽しそうに笑う兵士たちを見渡した。

「……ふむ。確かに武装は解除されているが……目を見ろ、ジュリアン」

「目、ですか?」

「彼らの目は死んでおらん。むしろ、日頃の過酷な任務の疲れが取れ、気力に満ち溢れているではないか」

国王の鋭い眼光が、ジュリアンを射抜く。

「軍の士気を高めるのは指揮官の務め。……お前が率いていた時より、よほど良い顔をしているように見えるが?」

「ぐっ……! そ、それは一時的な快楽で誤魔化されているだけで……!」

そこへ、私がリュカと共に進み出た。

今日の私は、いつものドレスではない。

動きやすさを重視した、しかし最高級の生地で作られた「支配人(マネージャー)スーツ」だ。

「お初にお目にかかります、国王陛下。当リゾート『エデン』のオーナー、シスイ・ランカスターでございます」

私は深く、完璧な礼をした。

「この度は遠路はるばるのご来訪、心より歓迎いたします。国軍の皆様への『福利厚生プログラム』は、ご満足いただけているようですね」

「……ほほう。そなたが噂のシスイか」

国王が私をまじまじと見た。

「息子の元婚約者とは聞いていたが……随分と印象が違うな。まるで一国の宰相のような面構えだ」

「恐縮です。辺境のしがない経営者に過ぎません」

「しがない経営者が、五千の兵を手玉に取るか。……面白い」

国王はニヤリと笑い、リゾートの中へと歩き出した。

「案内せよ。この『エデン』とやらが、ワシを満足させられる場所かどうか、見極めてやろう」

「はっ。最高のプランをご用意しております」

   ◇ ◇ ◇

私は国王を、リゾートの中枢にある貴賓室へと案内した……わけではない。

連れてきたのは、大浴場に併設された『遊技場(プレイルーム)』だ。

「……なんだ、この台は?」

国王が、緑色の台を不思議そうに指差した。

中央にネットが張られ、ラケットと軽い球が置かれている。

「これは『卓球』というスポーツです。湯上がりにこれを行うことで、心身のリフレッシュと、適度な運動による代謝アップが見込めます」

私はラケットを手に取り、ニッコリと笑った。

「陛下。難しい話の前に、一戦いかがですか? 勝負事(ギャンブル)がお好きだと伺っておりますが」

「……ほう。ワシに挑むか」

国王の目が光った。

彼は若い頃、武闘派として鳴らした人物だ。

「いいだろう。ルールを教えろ。負けた方はどうなる?」

「敗者は、勝者の要求を一つだけ聞く。……というのはいかがでしょう?」

「大きく出たな! よかろう、ワシが勝ったら、このリゾートを国有化してやる!」

「私が勝ったら……そうですね。リゾートの『自治権』と『免税特権』を頂きましょうか」

「交渉成立だ!」

こうして、国家の命運をかけた「第一回・王家対抗温泉卓球大会」が幕を開けた。

「父上! 何をなさるのですか! そんな子供騙しの遊び……!」

ジュリアンが止めようとするが、国王はすでに上着を脱ぎ捨て、やる気満々だ。

「黙って見ていろ! 行くぞシスイ!」

カコンッ!

国王がサーブを打つ。

速い。

だが、私の動体視力(と予測計算)の前ではスローモーションだ。

「甘いです、陛下!」

パァーンッ!

私はラケットを振るい、絶妙な回転(スピン)をかけたスマッシュを返した。

「ぬぉっ!? 曲がった!?」

球は手元で急激に変化し、国王のラケットを空振らせた。

「0-1。私のリードですね」

「ぐぬぬ……! 小癪な技を! もう一回だ!」

カコンッ、パァーンッ!

「ああっ! また曲がった!」

「魔球『会計監査(スピン・チェック)』です」

「なんだその嫌な名前は! ええい、負けんぞ!」

白熱するラリー。

周囲で見守る兵士たちやリュカ、そしてジュリアンたちも、いつしか固唾を飲んで見守っていた。

国王は汗だくになりながらも、その表情は少年のような笑顔だった。

「楽しい……! こんなに身体を動かして笑ったのは何年ぶりだ!」

「陛下、腰が入っておりませんよ! それでは国は支えられても、球は返せません!」

「言うようになったな小娘! これならどうだ!」

三十分後。

「……ま、参った」

国王が大の字になって床に倒れ込んだ。

スコアは11-0。

私の完勝だ。

「はぁ、はぁ……強い。強すぎる……。まるで壁と戦っているようだった」

「ありがとうございます。手加減は失礼かと思いまして」

私はタオルと冷たい水(有料)を差し出した。

「さて、陛下。勝負はつきましたね」

「……うむ。王に二言はない」

国王は水を飲み干し、起き上がった。

その顔には、敗北の悔しさよりも、清々しい満足感が漂っていた。

「シスイよ。そなたの要求、認めよう。このリゾートの自治権と、向こう十年の免税を許可する」

「なっ……!? ち、父上! 正気ですか!?」

ジュリアンが悲鳴を上げた。

「こんなふざけた勝負で国益を損なうなんて! この女は詐欺師です! 処刑すべきです!」

「黙れ、ジュリアン」

国王の声が、低く響いた。

先ほどまでの遊びの空気は消え、絶対君主の威圧感が場を支配する。

「お前には見えんのか。このリゾートが持つ真の価値が」

「価値……? ただの遊び場ではありませんか!」

「違う。ここは『循環』しておる」

国王は立ち上がり、窓の外のリゾートを指差した。

「荒野を開拓し、魔物を手懐け、兵を癒やし、金を回す。……余が何十年かけても成し遂げられなかった『富国強兵』の縮図が、ここにあるのだ」

国王は私に向き直り、深く頷いた。

「シスイ・ランカスター。そなたはただの経営者ではない。優れた統治者だ。……我が息子よりもな」

「父上……!」

ジュリアンが顔面蒼白になる。

「さて、遊びは終わりだ」

国王は表情を引き締め、リュカと私、そしてジュリアンを見た。

「これより、『現地御前会議』を執り行う。議題は……今回の騒動の真偽と、王太子の進退についてだ」

「……え?」

ジュリアンの目が点になった。

「し、進退……? 私の……?」

「そうだ。シスイ、そなたが持っている『証拠』とやらを見せてみろ。この馬鹿息子が何をしでかしたのか、全てな」

私はニヤリと笑った。

ついに来た。

待ちに待った瞬間だ。

私は懐から、分厚い『裏帳簿』と『活動記録書』を取り出した。

「承知いたしました。……ジュリアン殿下。いえ、元婚約者様」

私は彼に向かって、死刑宣告にも等しい甘い声で囁いた。

「さあ、精算(チェックアウト)のお時間ですよ」

リゾートの会議室が、断罪の法廷へと変わる。

私の手の中にあるのは、彼が逃れられない「数字」という名の真実だけだ。
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