婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

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「いらっしゃいませー! 本日限定、『愛の誓いクッキー』はいかがですかー!」

「元王太子と元聖女が、血と汗と涙を練り込んだ特製クッキーだよー! 厄除けにもなるよー!」

雲ひとつない快晴の空の下、『リゾート・エデン』の特設会場は、王都の祝日以上の熱気に包まれていた。

沿道を埋め尽くす観客たち。

飛び交う紙吹雪と歓声。

そして、屋台の最前列で声を枯らしているのは、ジュリアンとミアだ。

「おい、そこの客! 三箱買うと私のサイン入りだぞ! ……いらない? チッ、見る目がないな!」

「ミアちゃん、笑顔よ笑顔! ハイ、五箱お買い上げありがとうございますぅ~! (あーん、腕がパンパンよぉ!)」

二人は不平不満を垂れ流しながらも、驚異的な売り上げを叩き出していた。

「見てみろ、あれが噂の元王太子だぞ」

「本当に働いてる……ウケる」

「記念に買っておくか。話題作りになるし」

客たちは彼らを「見世物」として楽しみ、クッキーは飛ぶように売れていく。

「くそぉぉ! 売れる! 悔しいけど売れるぞ! 私の人気もまだ捨てたもんじゃないな!」

ジュリアンが勘違いした達成感に酔いしれている。

労働の喜び(?)に目覚めつつある彼らを横目に、メインストリートではパレードが始まろうとしていた。

   ◇ ◇ ◇

「……緊張しているか、シスイ」

控え室となる馬車の中で、リュカが私の手を取り、心配そうに尋ねた。

今日の彼は、白を基調とした正礼装。

金糸の刺繍が施されたマントを羽織り、その姿は童話の王子様そのものだ(本物の元王子が外でクッキーを売っているのが皮肉だが)。

「緊張? まさか」

私は深呼吸をし、完璧なメイクが崩れていないか手鏡で確認した。

「私が武者震いしているのは、このパレードの『宣伝効果』に対してです。沿道の観客数、推定三万人。彼らが落とすお金を計算すると……ゾクゾクします」

「……お前らしいな」

リュカが苦笑し、私のベールをそっと直してくれた。

「だが、今日くらいは計算機を置いていけよ。……俺だけを見ていてほしい」

「……善処します」

ファンファーレが鳴り響いた。

「さあ、行きましょう。世界一のショータイムの始まりです!」

扉が開き、私たちはオープンカー(魔導式)へと乗り込んだ。

「キャーーーーッ!!」

「シスイ様ーーッ! 綺麗ーーッ!!」

「公爵様ーーッ! こっち向いてーーッ!」

割れんばかりの大歓声。

花びらが雨のように降り注ぐ。

私は沿道に向かって、皇族のようなお手振りを披露した。

「ありがとうございます。皆様、売店のご利用も忘れずに!」

「シスイ、営業はやめろ」

リュカが小声で窘(たしな)めるが、顔は緩んでいる。

パレードの先導を務めるのは、蝶ネクタイをしたトンカツたち魔物部隊だ。

彼らもまた、背中に『リゾート・エデン』のロゴが入った旗を掲げ、誇らしげに行進している。

「ブヒィッ!(俺たちのボスだぞ!)」

「ギュウゥ!(すごいだろう!)」

人と魔物、貴族と平民が一体となって祝う。

かつて「死の荒野」と呼ばれた場所が、今、国で一番幸せな場所になっている。

その光景を見て、私は不覚にも目頭が熱くなった。

(いけない、泣いたらメイクが……つけまつげが……)

必死に涙を堪えていると、リュカがそっと肩を抱いてくれた。

「……いい景色だ。お前が作ったんだぞ、シスイ」

「……いいえ。私たちが、です」

パレードは中央広場の大聖堂(先週完成したばかり)へと到着した。

そこには、主賓である国王陛下と、筋肉ムキムキの神父衣装を着た先代ロダンが待っていた。

「待っておったぞ! さあ、式を始める!」

ロダンが聖書(に見せかけた筋トレ教本)を開く。

「新郎リュカ・バルバトス。汝、健やかなる時も、病める時も、妻を愛し、共に筋肉を鍛え、領地を守ることを誓うか?」

「……筋肉は余計だが、誓う」

「新婦シスイ・ランカスター。汝、富める時も、貧しき時も(まあ貧しくはならんだろうが)、夫を愛し、共に稼ぎ、共に笑うことを誓うか?」

ロダンがニヤリと笑う。

私はリュカを見上げた。

太陽の光を浴びて、彼の青い瞳が宝石のように輝いている。

計算なんて、もういらない。

私の答えは、最初から決まっていた。

「はい。……誓います。たとえ世界が滅んでも、あなたとこのリゾートだけは黒字にしてみせます」

「ぶはは! いい誓いだ!」

ロダンが豪快に笑い、国王陛下も満足げに頷いている。

「では、誓いのキスを!」

リュカがベールを上げる。

至近距離で見つめ合う。

「……愛している、シスイ」

「……私もです、あなた」

唇が重なる。

その瞬間。

ヒュルルルル……ドォォォォンッ!!

背後で一万発の花火が一斉に打ち上がった。

青空に咲く大輪の花。

観客たちの歓声が最高潮に達する。

「おめでとうーーッ!!」

「お幸せにーーッ!!」

リュカは私を離さず、そのまま強く抱きしめた。

「……派手だな」

「ええ。……追加料金なしの、私からのプレゼントです」

私は彼の腕の中で、幸せに包まれていた。

ふと、群衆の端を見ると、クッキーを売り切ったジュリアンとミアが、放心状態でこちらを見ているのが見えた。

彼らの顔には、嫉妬や憎しみはなく、ただ圧倒されたような、憑き物が落ちたような表情が浮かんでいた。

(見ていなさい、元婚約者殿。これが、あなたが捨てた女の『最高値』よ)

私は心の中で勝利宣言をし、夫となったリュカに向かって最高の笑顔を向けた。

「さあ閣下。式は終わりましたが、ここからが本番ですよ」

「まだあるのか?」

「もちろんです。披露宴(パーティー)、二次会、そして……初夜が待っていますから」

私が耳元で囁くと、リュカの顔が花火よりも赤く染まった。

「……お前、本当に……」

「覚悟してくださいね、旦那様♡」

ウェディング・ベルが高らかに鳴り響く。

それは、私たちの新しい人生の、そしてこのリゾートのさらなる繁栄を告げる、開幕のベルだった。
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