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「二次会スタートォォッ! 今日は無礼講だ! 飲めや歌えや!」
「うおおおおッ! 公爵閣下、バンザイ!」
「オーナー、一生ついていきます!」
リゾートの大宴会場は、カオスと化していた。
先代辺境伯ロダンと国王陛下が肩を組んでダンスを踊り、魔物たちが給仕として走り回り、騎士と兵士が腕相撲大会を始めている。
その熱気の中、私はウェディングドレスの裾をたくし上げ、テーブルの間を縫うように歩いていた。
「はい、そこのオークション! 新郎新婦が座った『聖なる椅子』、現在の最高額は金貨十枚! 他にいませんかー!」
「十五枚だ!」
「二十枚!」
「ありがとうございます! 落札! ……次は、ウェディングケーキ入刀に使った『愛のサーベル』、スタート価格は……」
「……シスイ」
背後から、低い声とともにガシッと手首を掴まれた。
振り返ると、少し酔いが回ったのか、頬を赤らめたリュカが立っていた。
「か、閣下? どうしました? 今、書き入れ時で……」
「いい加減にしろ。……今日は俺たちの結婚式だぞ。なぜ主役が競り人(オークショニア)をやっているんだ」
「え? だって、この熱狂を利用しない手は……」
「もう十分稼いだだろう。……これからは、俺の時間だ」
リュカは問答無用で私を横抱きにした。
「きゃっ!?」
会場から「ヒューヒュー!」「お熱いねぇ!」と冷やかしの声が上がる。
「略奪だ! 新郎が新婦を連れ去ったぞー!」
「行け行けー! 朝まで帰ってくんなー!」
ロダンと国王がジョッキを掲げて囃し立てる。
リュカは彼らを無視し、スタスタと会場の出口へと向かった。
「ちょ、ちょっとリュカ様! まだ『新婦の涙のハンカチ(使用済み)』の競りが残って……!」
「そんなもん売るな! 行くぞ!」
◇ ◇ ◇
一方、宴会場の裏手。
厨房の片隅で、二つの影が体育座りをしていた。
ジュリアンとミアだ。
彼らの目の前には、披露宴で余った豪華な料理の残りが積まれている。
「……うまい。なんだこのローストビーフ……冷めてても絶品だ……」
ジュリアンが涙を流しながら肉を頬張る。
「こっちのテリーヌも……最高ですわ。ああ、労働の後のご飯って、こんなに美味しいのね……」
ミアも夢中でフォークを動かしている。
一日中クッキーを売り続け、声を枯らし、足は棒のようだ。
かつての彼らなら「残飯なんて食べられるか!」と激怒していただろう。
だが、今の彼らにとって、これは自分たちの汗と涙の結晶(の対価)だった。
「……なあ、ミア」
「なんですの、殿下……いえ、ジュリアン様」
「俺たち、今まで何をしていたんだろうな。……こんなに飯が美味いと感じたのは、生まれて初めてだ」
「……ええ。私も、誰かに『ありがとう』って言われてお金をもらったの、初めてでしたわ」
二人は顔を見合わせ、薄汚れた顔でへらりと笑い合った。
「明日も……頑張るか。借金、まだ四千枚近くあるしな」
「そうですわね。……ふふ、次はもっと上手にクッキーを焼いてみせますわ」
リゾートの片隅で、かつての愚か者たちは、人間としての小さな一歩を踏み出していた。
◇ ◇ ◇
最上階のスイートルーム。
喧騒は遥か下に遠ざかり、部屋の中は静寂に包まれていた。
リュカが私をベッドに下ろす。
「……ふぅ。やっと二人になれたな」
彼はネクタイを緩め、大きく息を吐いた。
「強引すぎますよ。まだ在庫整理が……」
私が文句を言おうとすると、リュカが人差し指を私の唇に当てた。
「シッ。……今夜はもう、仕事の話は禁止だ」
「……」
「シスイ」
リュカがベッドの端に座り、私を見つめる。
その瞳は、酔いのせいか、それとも別の熱のせいか、とろりと潤んでいた。
「今日は、綺麗だった」
「……パレードの時も言いましたよ」
「何度でも言う。……お前が俺の妻になったなんて、まだ夢のようだ」
彼は私の髪を梳き、愛おしそうに頬を撫でた。
その手の温もりに、私の張り詰めていた「経営者」としての神経が、ぷつりと切れた。
計算高い思考が溶けていく。
代わりに、胸の奥から甘い感情が溢れ出してくる。
「……夢じゃありませんよ。契約書(婚姻届)にもサインしましたし」
「ああ。……終身契約だな」
リュカが顔を近づけてくる。
心臓が早鐘を打つ。
「リュカ様……」
「名前で呼んでくれ。……敬語もなしだ」
「……リュカ」
「ん」
唇が重なる。
昼間の儀式的なキスとは違う、深く、熱いキス。
頭の中が真っ白になる。
損益分岐点も、集客率も、在庫管理も、すべて吹き飛んでいく。
(ああ……これは計算できない)
彼の体温、匂い、息遣い。
それら全てが、私の思考を奪っていく。
リュカがゆっくりと私を押し倒す。
ドレスの背中の紐が解かれる感触。
「……シスイ。俺は、お前に何も返せていないかもしれない」
耳元で、彼が囁く。
「お前は俺に、金も、自信も、未来もくれた。……俺がお前に与えられるのは、この身一つと、愛だけだ」
「……十分よ」
私は彼の首に腕を回した。
「あなたの愛は……私の計算では『測定不能(プライスレス)』の価値があるわ。……だから、もっと頂戴」
「……強欲な妻だ」
リュカが嬉しそうに笑い、再び唇を塞いだ。
窓の外では、まだ宴の賑わいが続いている。
でも、この部屋の中だけは、世界で一番静かで、熱い夜が流れていた。
私は目を閉じた。
悪役令嬢として婚約破棄され、荒野に追放されたあの日。
まさかこんなにも幸せな夜を迎えるなんて、どんな優秀な計算機でも予測できなかっただろう。
(明日の朝は、寝坊決定ね……。マーサに起こさないように言っておかなくちゃ)
そんな最後の理性が、彼の熱い口づけに溶かされて消えた。
こうして、私たちの長い長い一日は、甘い夜の闇へと溶けていった。
「うおおおおッ! 公爵閣下、バンザイ!」
「オーナー、一生ついていきます!」
リゾートの大宴会場は、カオスと化していた。
先代辺境伯ロダンと国王陛下が肩を組んでダンスを踊り、魔物たちが給仕として走り回り、騎士と兵士が腕相撲大会を始めている。
その熱気の中、私はウェディングドレスの裾をたくし上げ、テーブルの間を縫うように歩いていた。
「はい、そこのオークション! 新郎新婦が座った『聖なる椅子』、現在の最高額は金貨十枚! 他にいませんかー!」
「十五枚だ!」
「二十枚!」
「ありがとうございます! 落札! ……次は、ウェディングケーキ入刀に使った『愛のサーベル』、スタート価格は……」
「……シスイ」
背後から、低い声とともにガシッと手首を掴まれた。
振り返ると、少し酔いが回ったのか、頬を赤らめたリュカが立っていた。
「か、閣下? どうしました? 今、書き入れ時で……」
「いい加減にしろ。……今日は俺たちの結婚式だぞ。なぜ主役が競り人(オークショニア)をやっているんだ」
「え? だって、この熱狂を利用しない手は……」
「もう十分稼いだだろう。……これからは、俺の時間だ」
リュカは問答無用で私を横抱きにした。
「きゃっ!?」
会場から「ヒューヒュー!」「お熱いねぇ!」と冷やかしの声が上がる。
「略奪だ! 新郎が新婦を連れ去ったぞー!」
「行け行けー! 朝まで帰ってくんなー!」
ロダンと国王がジョッキを掲げて囃し立てる。
リュカは彼らを無視し、スタスタと会場の出口へと向かった。
「ちょ、ちょっとリュカ様! まだ『新婦の涙のハンカチ(使用済み)』の競りが残って……!」
「そんなもん売るな! 行くぞ!」
◇ ◇ ◇
一方、宴会場の裏手。
厨房の片隅で、二つの影が体育座りをしていた。
ジュリアンとミアだ。
彼らの目の前には、披露宴で余った豪華な料理の残りが積まれている。
「……うまい。なんだこのローストビーフ……冷めてても絶品だ……」
ジュリアンが涙を流しながら肉を頬張る。
「こっちのテリーヌも……最高ですわ。ああ、労働の後のご飯って、こんなに美味しいのね……」
ミアも夢中でフォークを動かしている。
一日中クッキーを売り続け、声を枯らし、足は棒のようだ。
かつての彼らなら「残飯なんて食べられるか!」と激怒していただろう。
だが、今の彼らにとって、これは自分たちの汗と涙の結晶(の対価)だった。
「……なあ、ミア」
「なんですの、殿下……いえ、ジュリアン様」
「俺たち、今まで何をしていたんだろうな。……こんなに飯が美味いと感じたのは、生まれて初めてだ」
「……ええ。私も、誰かに『ありがとう』って言われてお金をもらったの、初めてでしたわ」
二人は顔を見合わせ、薄汚れた顔でへらりと笑い合った。
「明日も……頑張るか。借金、まだ四千枚近くあるしな」
「そうですわね。……ふふ、次はもっと上手にクッキーを焼いてみせますわ」
リゾートの片隅で、かつての愚か者たちは、人間としての小さな一歩を踏み出していた。
◇ ◇ ◇
最上階のスイートルーム。
喧騒は遥か下に遠ざかり、部屋の中は静寂に包まれていた。
リュカが私をベッドに下ろす。
「……ふぅ。やっと二人になれたな」
彼はネクタイを緩め、大きく息を吐いた。
「強引すぎますよ。まだ在庫整理が……」
私が文句を言おうとすると、リュカが人差し指を私の唇に当てた。
「シッ。……今夜はもう、仕事の話は禁止だ」
「……」
「シスイ」
リュカがベッドの端に座り、私を見つめる。
その瞳は、酔いのせいか、それとも別の熱のせいか、とろりと潤んでいた。
「今日は、綺麗だった」
「……パレードの時も言いましたよ」
「何度でも言う。……お前が俺の妻になったなんて、まだ夢のようだ」
彼は私の髪を梳き、愛おしそうに頬を撫でた。
その手の温もりに、私の張り詰めていた「経営者」としての神経が、ぷつりと切れた。
計算高い思考が溶けていく。
代わりに、胸の奥から甘い感情が溢れ出してくる。
「……夢じゃありませんよ。契約書(婚姻届)にもサインしましたし」
「ああ。……終身契約だな」
リュカが顔を近づけてくる。
心臓が早鐘を打つ。
「リュカ様……」
「名前で呼んでくれ。……敬語もなしだ」
「……リュカ」
「ん」
唇が重なる。
昼間の儀式的なキスとは違う、深く、熱いキス。
頭の中が真っ白になる。
損益分岐点も、集客率も、在庫管理も、すべて吹き飛んでいく。
(ああ……これは計算できない)
彼の体温、匂い、息遣い。
それら全てが、私の思考を奪っていく。
リュカがゆっくりと私を押し倒す。
ドレスの背中の紐が解かれる感触。
「……シスイ。俺は、お前に何も返せていないかもしれない」
耳元で、彼が囁く。
「お前は俺に、金も、自信も、未来もくれた。……俺がお前に与えられるのは、この身一つと、愛だけだ」
「……十分よ」
私は彼の首に腕を回した。
「あなたの愛は……私の計算では『測定不能(プライスレス)』の価値があるわ。……だから、もっと頂戴」
「……強欲な妻だ」
リュカが嬉しそうに笑い、再び唇を塞いだ。
窓の外では、まだ宴の賑わいが続いている。
でも、この部屋の中だけは、世界で一番静かで、熱い夜が流れていた。
私は目を閉じた。
悪役令嬢として婚約破棄され、荒野に追放されたあの日。
まさかこんなにも幸せな夜を迎えるなんて、どんな優秀な計算機でも予測できなかっただろう。
(明日の朝は、寝坊決定ね……。マーサに起こさないように言っておかなくちゃ)
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