婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

文字の大きさ
28 / 29

28

しおりを挟む
季節は巡り、あれから一年が過ぎた。

かつて「死の荒野」と呼ばれた場所は、今や大陸全土にその名を轟かせる一大観光都市『リゾート・エデン』へと進化を遂げていた。

王都から伸びる街道は整備され、毎日何十台もの馬車が行き交う。

他国の王族や大商人たちも、こぞってこの「地上の楽園」を目指し、予約は三年先まで埋まっているという盛況ぶりだ。

   ◇ ◇ ◇

「いらっしゃいませ! レストラン『グラトニー』へようこそ!」

昼下がりのレストラン。

洗練された身のこなしで客を出迎える、一人の給仕長(メートル・ド・テル)がいた。

元王太子、ジュリアンだ。

「本日のオススメは、荒野育ちの『ロックリザードの石焼きステーキ』でございます。合わせるワインは、こちらの『ロマネ・バルバトス 2026』がいかがでしょう?」

「おお、君の見立てなら間違いあるまい。頼むよ、ジュリアン君」

「かしこまりました。……最高のひとときを」

ジュリアンは完璧な営業スマイルでオーダーを取り、優雅に厨房へと指示を飛ばす。

かつての傲慢さはどこへやら。

今の彼は、客からのチップ獲得数ナンバーワンを誇る、リゾート随一の人気スタッフだ。

「ふっ……。今日もチップだけで銀貨三十枚。……チョロいもんだ」

バックヤードで額の汗を拭いながら、彼は充実感に満ちた顔でコインを数えていた。

「あら、たったの三十枚? まだまだね、ジュリアン」

そこへ、ふかふかのタオルを抱えたメイド長が現れた。

元聖女、ミアだ。

彼女のメイド服は一点の汚れもなく、その立ち振る舞いはベテランの風格すら漂わせている。

「私の『おもてなし指名料』は、今日だけで銀貨五十枚よ。……ふふん、借金完済レース、私の勝ちね」

「な、なんだと!? くそっ、夜の部で挽回してやる!」

二人はバチバチと火花を散らすが、その瞳は生き生きとしている。

王城という鳥籠で着飾っていた頃よりも、泥にまみれて働き、自分の力で稼ぐ今の生活の方が、彼らの性には合っていたのかもしれない。

(ま、借金完済まであと十年はかかるけどね)

私は二階のテラス席からその様子を見下ろし、満足げに紅茶を飲んだ。

「……優秀な従業員に育ったものだわ」

「お前の『教育』の賜物だな」

向かいの席で、リュカが書類に目を通しながら苦笑する。

彼もまた、この一年で随分と変わった。

「氷の公爵」と呼ばれた冷徹さは、威厳と包容力へと変わり、今や領民だけでなく、世界中の賓客から尊敬を集める領主となっている。

「ところでシスイ。先ほどの会議の件だが」

「ああ、第二リゾート計画ですね? 隣国の『魔の樹海』を買収して、ツリーハウス型のホテルを作る件ですか?」

「いや、そっちじゃない。……もっと重要な、長期プロジェクトの話だ」

リュカが書類を置き、真剣な眼差しで私を見た。

「……そろそろ、跡継ぎについて考えないか?」

「っ……!」

不意打ちに、私は紅茶を吹き出しそうになった。

「あ、跡継ぎ……ですか?」

「親父もうるさいんだ。『孫はまだか、孫を抱いてダンベル代わりにするのが夢なんだ』と毎日手紙が来る」

「それは阻止しなければなりませんが……」

私はカップを置き、もじもじと指を絡ませた。

「……実は、そのプロジェクトについては、すでに『着手』しておりまして」

「……え?」

リュカが固まった。

「私の計算によりますと……来年の春頃には、新規スタッフ(赤ちゃん)が一名、増える予定です」

「……!!」

リュカがガタッと椅子を倒して立ち上がった。

「ほ、本当か!? シスイ、お前……!」

「はい。まだ確定診断ではありませんが、私の体調管理データがそう告げています」

「シスイッ!!」

リュカがテーブルを回り込み、私を強く、しかし慎重に抱きしめた。

「ありがとう……! ありがとう、シスイ! 俺の人生で、最高に嬉しいニュースだ!」

「も、もう。苦しいですよ、閣下」

「すまん。……ああ、夢みたいだ」

彼の震える声に、私も胸が熱くなる。

「……育児コストの計算をしておかないといけませんね。教育費に、服代に……」

「そんなもの、俺がいくらでも稼いでやる! 世界一幸せな子にするぞ!」

リュカは私のお腹にそっと手を当て、子供のように破顔した。

その笑顔を見て、私は確信した。

このプロジェクトもまた、絶対に「黒字(大成功)」になると。

   ◇ ◇ ◇

夕暮れ時。

私たちは二人で、いつもの「夕日の丘」に登った。

眼下には、黄金色に輝くリゾート・エデンが広がっている。

湯気が立ち上り、人々の笑い声が風に乗って聞こえてくる。

「……綺麗だな」

「ええ。私たちの国です」

私は風に吹かれながら、かつての自分を思い出した。

婚約破棄され、悪役令嬢と罵られ、全てを失ったあの日。

でも、あのどん底があったからこそ、私はこの場所に辿り着けた。

「ねえ、リュカ」

「ん?」

「私、悪役令嬢でよかったわ」

「……どうしてだ?」

「だって、『イイコ』のままだったら、こんな破天荒な幸せ(利益)は掴めなかったもの」

私はリュカを見上げ、ニカっと笑った。

「常識を疑い、逆境を利用し、自分の価値を自分で決める。……それが、私の流儀(ビジネス)ですから」

リュカは優しく微笑み、私の肩を抱いた。

「ああ。お前は最高の悪役令嬢で……最高の妻だ」

二つの影が重なる。

その向こうで、トンカツやモグオたちが、新しい家族の誕生を祝うように遠吠えを上げた。

これからも、私の人生は続いていく。

トラブルも、困難も、予期せぬ赤字もあるだろう。

でも、隣にこのパートナーがいれば、どんなマイナスもプラスに変えていける。

「さあ、帰りましょう閣下。……明日の仕込みが待っていますよ」

「ああ。……一緒に帰ろう、シスイ」

私たちは手を繋ぎ、光溢れる我が家(リゾート)へと歩き出した。

私の物語は、これにてハッピーエンド。

……いいえ。

ここからが、さらに愛と利益に満ちた、新しい「黒字経営」の始まりなのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺愛令嬢の学生生活はとことん甘やかされてます。

しろねこ。
恋愛
体の弱いミューズは小さい頃は別邸にて療養していた。 気候が穏やかで自然豊かな場所。 辺境地より少し街よりなだけの田舎町で過ごしていた。 走ったり遊んだりすることができない分ベッドにて本を読んで過ごす事が多かった。 そんな時に家族ぐるみで気さくに付き合うようになった人達が出来た。 夏の暑い時期だけ、こちらで過ごすようになったそうだ。 特に仲良くなったのが、ミューズと同い年のティタン。 藤色の髪をした体の大きな男の子だった。 彼はとても活発で運動大好き。 ミューズと一緒に遊べる訳では無いが、お話はしたい。 ティタンは何かと理由をつけて話をしてるうちに、次第に心惹かれ……。 幼馴染という設定で、書き始めました。 ハピエンと甘々で書いてます。 同名キャラで複数の作品を執筆していますが、アナザーワールド的にお楽しみ頂ければと思います。 設定被ってるところもありますが、少々差異もあります。 お好みの作品が一つでもあれば、幸いです(*´ω`*) ※カクヨムさんでも投稿中

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

婚約破棄されて自由になったので、辺境で薬師になったら最強騎士に溺愛されました

有賀冬馬
恋愛
「愛想がないから妹と結婚する」と言われ、理不尽に婚約破棄されたクラリス。 貴族のしがらみも愛想笑いもこりごりです! 失意どころか自由を手にした彼女は、辺境の地で薬師として新たな人生を始めます。 辺境で薬師として働く中で出会ったのは、強くて優しい無骨な騎士・オリヴァー。誠実で不器用な彼にどんどん惹かれていき…… 「お前が笑ってくれるなら、それだけでいい」 不器用なふたりの、やさしくて甘い恋が始まります。 彼とのあたたかい結婚生活が始まった頃、没落した元婚約者と妹が涙目で擦り寄ってきて―― 「お断りします。今さら、遅いわよ」

下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ
恋愛
「ジョセフィーヌ!! 貴様を断罪する!!」  王立学園で行われたプロムナード開催式の場で、公爵令嬢ジョセフィーヌは婚約者から婚約破棄と共に数々の罪を断罪される。  愛していた者からの慈悲無き宣告、親しかった者からの嫌悪、信じていた者からの侮蔑。  弁解の機会も与えられず、その場で悪名高い国外れの修道院送りが決定した。  このお話はそんな事情で王都を追放された悪役令嬢の素性を知らぬまま、修道院まで護送する下級兵士の恋物語である。 この度なろう、アルファ、カクヨムで同時完結しました。 (なろう版だけ諸事情で18話と19話が一本となっておりますが、内容は同じです)

悪魔憑きと呼ばれる嫌われ公爵家の御令嬢になりましたので、汚名返上させて頂きます

獅月@体調不良
恋愛
フィッダ•リュナ•イブリース公爵家。 冷酷な北領土主である、 悪魔憑きと呼ばれる一族。 彼等は皆、色素の薄い白髪に血のような赤い瞳を持ち、 死者の如く青白い肌をしている。 先祖が悪魔と契約した事で、人離れした魔力を待ち、 魔法に優れた彼等は… 森深くの屋敷で暮らしていた。 …なんて、噂されていますけど。 悪魔憑きでは無く、悪魔と言うか吸血鬼ですし、 冷酷と言われますが家族愛が重い程の、 優しい人達ばかりですの。 そんな彼等を知らないなんて、 勿体無いお人間さん達ですこと。 フィッダ•リュナ•イブリース公爵家の 御令嬢として、汚名返上させて頂きますわ!! 表紙•挿絵 AIイラスト ニジジャーニー エブリスタにも公開してます

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

【完結】ケーキの為にと頑張っていたらこうなりました

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 前世持ちのファビアは、ちょっと変わった子爵令嬢に育っていた。その彼女の望みは、一生ケーキを食べて暮らす事! その為に彼女は魔法学園に通う事にした。  継母の策略を蹴散らし、非常識な義妹に振り回されつつも、ケーキの為に頑張ります!

【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!ー新たなる王室編ー

愚者 (フール)
恋愛
無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! 幼女編、こちらの続編となります。 家族の罪により王から臣下に下った代わりに、他国に暮らしていた母の違う兄がに入れ替わり玉座に座る。 新たな王族たちが、この国エテルネルにやって来た。 その後に、もと王族と荒れ地へ行った家族はどうなるのか? 離れて暮らすプリムローズとは、どんな関係になるのかー。 そんな彼女の成長過程を、ゆっくりお楽しみ下さい。 ☆この小説だけでも、十分に理解できる様にしております。 全75話 全容を知りたい方は、先に書かれた小説をお読み下さると有り難いです。 前編は幼女編、全91話になります。

処理中です...