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「……カタール、君は一体いつまで書き続けるつもりだい? 国境を出てからもう五時間は経つよ」
向かい合わせに座るゼストが、呆れたような、それでいてどこか感心したような声を出した。
揺れる馬車の中、私は膝の上に特注の製図板を置き、一心不乱にペンを走らせていた。傍らには、すでに書き終えた羊皮紙の束が、地層のように積み重なっている。
「何を仰るんですか、ゼスト様。移動時間は、現代のビジネスマン……いえ、有能な経営者にとって最大の『空白資産』ですわ。ここを活用しないでいつ活用すると言うのです?」
「空白資産ね……。君の言うことはいちいち理論武装されていて隙がないな。それで、その百枚は下らないであろう紙の束には何が書いてあるんだ?」
ゼストが身を乗り出して、一番上にあった一枚を手に取った。
そこには、ガラガラ地方の起伏を活かした「立体型・温泉熱利用ビニールハウス群」の予想図が描かれていた。
「これは……ただの温泉街を作る計画じゃないのか?」
「当然ですわ。温泉はあくまで集客のフックに過ぎません。真の狙いは、その排熱を利用した通年農業、および魔物の素材を用いた高付加価値製品の加工工場設立です。不毛の地と言われる理由は『寒暖差』と『痩せた土地』でしょう? なら、熱源を確保して土壌を入れ替えれば、そこは最高の温室になる。違いますか?」
私はペンを止め、ゼストの目を真っ直ぐに見つめた。
ゼストは数秒間、図面と私を交互に見て、ふっと短く笑った。
「参ったな。君は追放された令嬢の皮を被った、稀代の略奪者だよ。その土地にあるものをすべて利益に変えようとしている」
「略奪だなんて人聞きが悪いですわ。私は『眠っている価値を目覚めさせている』だけです。……あ、ゼスト様。その図面の三ページ目に、あなたの商会に依頼したい『資材調達リスト』をまとめておきました。相場の二割引きで卸していただけますわよね?」
「……二割!? おいおい、初仕事でいきなり僕の利益を削りにくるのか?」
ゼストが顔を引きつらせる。私はさらに畳み掛けた。
「いいえ、これは『先行投資』です。このプロジェクトが成功すれば、あなたはガラガラ地方における独占的販売権を得る。その将来的な期待収益(NPV)を考えれば、今の二割引きなんて微々たる誤差ですわ。それとも、私の計算が間違っているとお思いで?」
私は計算尺をチャキリと鳴らした。
ゼストは天を仰ぎ、大げさに肩をすくめて見せた。
「分かった、分かったよ! 君の勝ちだ。その代わり、僕の商会のロゴを現地の主要施設に刻ませてもらうよ。広告宣伝費として相殺だ」
「交渉成立ですわ。話のわかるパートナーで助かります」
私たちは馬車の中で、固い(商売上の)握手を交わした。
そのやり取りを御者台の小窓から覗いていたバルトが、深いため息を漏らす。
「……お嬢様。もうじき目的地が見えてきますが、一つだけ言わせてください」
「なあに、バルト?」
「あそこは本当に、何もない岩場です。お嬢様が書いたその百枚の紙を実現するには、まず『岩を砕く』ところから始めなきゃいけないんですよ。夢を見るのは勝手ですが、現実を見て絶望しないでくださいね」
バルトの言葉は、ある意味で正確だった。
馬車が丘を越えた瞬間、視界に飛び込んできたのは、赤茶けた大地と、牙のように突き出した岩々がどこまでも続く荒涼とした景色だった。
草一本生えていない。生命の気配すら希薄な、文字通りの死の地。
並の人間なら、ここで膝を突いて泣き崩れるだろう。
「……素晴らしいわ」
私の口から漏れたのは、歓喜の悲鳴だった。
「見て、バルト! ゼスト様! あの岩の露出具合、間違いなく高品質な石灰石と硫黄が含まれていますわ! 建材も肥料も現地調達できるなんて、なんてコストパフォーマンスの良い土地なのかしら!」
「……ダメだ、この人。本当に病気だ(褒め言葉)」
ゼストが額を押さえて笑い転げる。
私は馬車のドアを開け放ち、乾燥した風を全身に浴びた。
「さあ、始めましょう! ここを世界で一番、お金の回る楽園にするんですわ!」
こうして、公爵令嬢カタールの「ガチ勢領地経営」が、最初の一歩を踏み出した。
まずは、この不毛の地に住むという「数人の隠者」を、最強の社員へとスカウトすることから始めなければならない。
向かい合わせに座るゼストが、呆れたような、それでいてどこか感心したような声を出した。
揺れる馬車の中、私は膝の上に特注の製図板を置き、一心不乱にペンを走らせていた。傍らには、すでに書き終えた羊皮紙の束が、地層のように積み重なっている。
「何を仰るんですか、ゼスト様。移動時間は、現代のビジネスマン……いえ、有能な経営者にとって最大の『空白資産』ですわ。ここを活用しないでいつ活用すると言うのです?」
「空白資産ね……。君の言うことはいちいち理論武装されていて隙がないな。それで、その百枚は下らないであろう紙の束には何が書いてあるんだ?」
ゼストが身を乗り出して、一番上にあった一枚を手に取った。
そこには、ガラガラ地方の起伏を活かした「立体型・温泉熱利用ビニールハウス群」の予想図が描かれていた。
「これは……ただの温泉街を作る計画じゃないのか?」
「当然ですわ。温泉はあくまで集客のフックに過ぎません。真の狙いは、その排熱を利用した通年農業、および魔物の素材を用いた高付加価値製品の加工工場設立です。不毛の地と言われる理由は『寒暖差』と『痩せた土地』でしょう? なら、熱源を確保して土壌を入れ替えれば、そこは最高の温室になる。違いますか?」
私はペンを止め、ゼストの目を真っ直ぐに見つめた。
ゼストは数秒間、図面と私を交互に見て、ふっと短く笑った。
「参ったな。君は追放された令嬢の皮を被った、稀代の略奪者だよ。その土地にあるものをすべて利益に変えようとしている」
「略奪だなんて人聞きが悪いですわ。私は『眠っている価値を目覚めさせている』だけです。……あ、ゼスト様。その図面の三ページ目に、あなたの商会に依頼したい『資材調達リスト』をまとめておきました。相場の二割引きで卸していただけますわよね?」
「……二割!? おいおい、初仕事でいきなり僕の利益を削りにくるのか?」
ゼストが顔を引きつらせる。私はさらに畳み掛けた。
「いいえ、これは『先行投資』です。このプロジェクトが成功すれば、あなたはガラガラ地方における独占的販売権を得る。その将来的な期待収益(NPV)を考えれば、今の二割引きなんて微々たる誤差ですわ。それとも、私の計算が間違っているとお思いで?」
私は計算尺をチャキリと鳴らした。
ゼストは天を仰ぎ、大げさに肩をすくめて見せた。
「分かった、分かったよ! 君の勝ちだ。その代わり、僕の商会のロゴを現地の主要施設に刻ませてもらうよ。広告宣伝費として相殺だ」
「交渉成立ですわ。話のわかるパートナーで助かります」
私たちは馬車の中で、固い(商売上の)握手を交わした。
そのやり取りを御者台の小窓から覗いていたバルトが、深いため息を漏らす。
「……お嬢様。もうじき目的地が見えてきますが、一つだけ言わせてください」
「なあに、バルト?」
「あそこは本当に、何もない岩場です。お嬢様が書いたその百枚の紙を実現するには、まず『岩を砕く』ところから始めなきゃいけないんですよ。夢を見るのは勝手ですが、現実を見て絶望しないでくださいね」
バルトの言葉は、ある意味で正確だった。
馬車が丘を越えた瞬間、視界に飛び込んできたのは、赤茶けた大地と、牙のように突き出した岩々がどこまでも続く荒涼とした景色だった。
草一本生えていない。生命の気配すら希薄な、文字通りの死の地。
並の人間なら、ここで膝を突いて泣き崩れるだろう。
「……素晴らしいわ」
私の口から漏れたのは、歓喜の悲鳴だった。
「見て、バルト! ゼスト様! あの岩の露出具合、間違いなく高品質な石灰石と硫黄が含まれていますわ! 建材も肥料も現地調達できるなんて、なんてコストパフォーマンスの良い土地なのかしら!」
「……ダメだ、この人。本当に病気だ(褒め言葉)」
ゼストが額を押さえて笑い転げる。
私は馬車のドアを開け放ち、乾燥した風を全身に浴びた。
「さあ、始めましょう! ここを世界で一番、お金の回る楽園にするんですわ!」
こうして、公爵令嬢カタールの「ガチ勢領地経営」が、最初の一歩を踏み出した。
まずは、この不毛の地に住むという「数人の隠者」を、最強の社員へとスカウトすることから始めなければならない。
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