6 / 28
6
しおりを挟む
馬車が止まったのは、大きな岩の影に隠れるようにして建てられた、今にも崩れそうな数軒の石造りの小屋の前だった。
そこには、ボロ布のような服を纏い、伸び放題の髭を蓄えた老人たちが数人、地面に座り込んで力なく虚空を眺めていた。いわゆる「不毛の地の隠者」たちだ。
彼らは馬車の音に気づくと、深い皺の刻まれた顔を上げ、ひどく億劫そうにこちらを睨みつけてきた。
「……なんだ、余所者か。ここには食い物も金もねえ。あるのは乾いた風と、夜になれば暴れ回る魔物だけだ。命が惜しければ、日が暮れる前にさっさと失せな」
リーダー格と思しき老人が、しっしっと手を振って追い払おうとする。
普通のお嬢様なら、その威圧感と不潔さに顔を顰めて逃げ出すところだろう。だが、私の計算脳は、彼らの「手の平」と「体格」から別の情報を読み取っていた。
「失礼ね。私はここを追い払われに来たのではなく、ここを買い取りに来たのですわ。……おじいさま、その立派な前腕の筋肉と、指のタコ。あなた、元はかなりの腕利きを抱えていた石工(いしく)の親方とお見受けしますけれど?」
老人の眉が、ぴくりと跳ねた。
「……何の話だ。俺はただの、死に損ないの隠者だ」
「隠者が、そんなに丁寧に手入れされたノミを腰に下げているはずがありませんわ。それに、そちらの寡黙な方は元農夫、あちらの足の速そうな方は元猟師でしょう? これほどバランスの取れた『初期ユニット』が揃っているなんて、神に感謝したくなりますわね」
私は馬車から降りると、埃を気にする素振りも見せず、老人たちの中心へと歩み寄った。
「な、なんだこの女は……。正気か?」
「正気も正気、大真面目ですわ。……おじいさま、あなたたちはここで、魔物の影に怯えながら、質の悪い野草を食べて余生を終えるつもり? それとも、私の下で『伝説の都市の建国メンバー』として、美味い酒とふかふかのベッドを手に入れたい?」
私は懐から、馬車の中で書き上げた「雇用契約書(初期メンバー限定・特別賞与付き)」を取り出し、老人の目の前に突きつけた。
「これは……なんだ? 契約書だと?」
「ええ。第1条、私はあなたたちに、一日三食の温かい食事と、清潔な住居、そして魔物から身を守る安全を保障します。その代わり、あなたたちはその熟練の技術を私の事業に提供すること。……あ、ちなみに今夜のメニューは、王都直送の最高級干し肉と、ゼスト様が持っていたヴィンテージワインにしようと思っているのですけれど」
背後で、ゼストが「おい、勝手に僕の私物を報酬に混ぜるな」と突っ込んできたが、私は無視した。
老人たちの喉が、ごくりと鳴る。
「……安全だと? この地で魔物からどうやって身を守るつもりだ。夜になれば、岩トカゲや影狼が群れをなして襲ってくるんだぞ」
「あら、そんなの簡単ですわ。バルト、出番よ」
私が合図を送ると、護衛騎士のバルトが重い腰を上げた。彼は無言で近くの巨大な岩に歩み寄ると、腰の長剣を一閃させた。
凄まじい衝撃音と共に、大岩が真っ二つに割れる。
「……彼は王宮騎士団でも上位の腕前ですの。それに、ゼスト様が連れてきた護衛たちも精鋭揃い。物理的な防壁ができるまでは、彼らが24時間体制であなたたちをガードしますわ。これ以上の安全資産がどこにあります?」
老人たちは、割れた岩とバルトの剣を交互に見て、次に私の顔を凝視した。
「……あんた、本当にただの追放された令嬢なのか?」
「いいえ。私は今日から、このガラガラ地方の最高経営責任者(CEO)ですわ」
私は優雅に微笑み、ペンを差し出した。
「さあ、サインを。今なら『創業記念株』……いえ、『生涯年金受給権』をお付けしますわよ。この不毛の地を、一年以内に黄金の温泉郷に変えてみせますから、信じて投資してみる価値はあると思いません?」
老人は、しばらく沈黙した後、震える手でペンを受け取った。
「……フン。どうせこのまま野垂れ死ぬだけだ。あんたの言う『ほら話』、最後まで付き合ってやるよ。……俺はガンツだ。石のことなら、この辺りで俺の右に出る奴はいねえ」
「いい返事ですわ、ガンツ親方! ではさっそく、明日の朝一番で、温泉の掘削地点の選定と、仮設住宅の設計に入りますわよ。……あ、寝る前にこの『経営理念』を百回唱和してくださいね。第一唱、『無駄は罪、利益は正義』!」
「……お嬢様、彼らが宗教の勧誘だと勘違いして逃げ出さないうちに、食事の準備をしましょうか」
バルトの呆れ声が響く中、不毛の地に初めて、活気ある(そして異様な)笑い声がこだました。
ゼストはそんな私を見つめながら、独り言のように呟いた。
「……参ったな。これは、僕も本気で帳簿を付け直さないといけないらしい」
こうして、私の「ガラガラ・コーポレーション」は、最初の従業員五名を確保することに成功したのである。
そこには、ボロ布のような服を纏い、伸び放題の髭を蓄えた老人たちが数人、地面に座り込んで力なく虚空を眺めていた。いわゆる「不毛の地の隠者」たちだ。
彼らは馬車の音に気づくと、深い皺の刻まれた顔を上げ、ひどく億劫そうにこちらを睨みつけてきた。
「……なんだ、余所者か。ここには食い物も金もねえ。あるのは乾いた風と、夜になれば暴れ回る魔物だけだ。命が惜しければ、日が暮れる前にさっさと失せな」
リーダー格と思しき老人が、しっしっと手を振って追い払おうとする。
普通のお嬢様なら、その威圧感と不潔さに顔を顰めて逃げ出すところだろう。だが、私の計算脳は、彼らの「手の平」と「体格」から別の情報を読み取っていた。
「失礼ね。私はここを追い払われに来たのではなく、ここを買い取りに来たのですわ。……おじいさま、その立派な前腕の筋肉と、指のタコ。あなた、元はかなりの腕利きを抱えていた石工(いしく)の親方とお見受けしますけれど?」
老人の眉が、ぴくりと跳ねた。
「……何の話だ。俺はただの、死に損ないの隠者だ」
「隠者が、そんなに丁寧に手入れされたノミを腰に下げているはずがありませんわ。それに、そちらの寡黙な方は元農夫、あちらの足の速そうな方は元猟師でしょう? これほどバランスの取れた『初期ユニット』が揃っているなんて、神に感謝したくなりますわね」
私は馬車から降りると、埃を気にする素振りも見せず、老人たちの中心へと歩み寄った。
「な、なんだこの女は……。正気か?」
「正気も正気、大真面目ですわ。……おじいさま、あなたたちはここで、魔物の影に怯えながら、質の悪い野草を食べて余生を終えるつもり? それとも、私の下で『伝説の都市の建国メンバー』として、美味い酒とふかふかのベッドを手に入れたい?」
私は懐から、馬車の中で書き上げた「雇用契約書(初期メンバー限定・特別賞与付き)」を取り出し、老人の目の前に突きつけた。
「これは……なんだ? 契約書だと?」
「ええ。第1条、私はあなたたちに、一日三食の温かい食事と、清潔な住居、そして魔物から身を守る安全を保障します。その代わり、あなたたちはその熟練の技術を私の事業に提供すること。……あ、ちなみに今夜のメニューは、王都直送の最高級干し肉と、ゼスト様が持っていたヴィンテージワインにしようと思っているのですけれど」
背後で、ゼストが「おい、勝手に僕の私物を報酬に混ぜるな」と突っ込んできたが、私は無視した。
老人たちの喉が、ごくりと鳴る。
「……安全だと? この地で魔物からどうやって身を守るつもりだ。夜になれば、岩トカゲや影狼が群れをなして襲ってくるんだぞ」
「あら、そんなの簡単ですわ。バルト、出番よ」
私が合図を送ると、護衛騎士のバルトが重い腰を上げた。彼は無言で近くの巨大な岩に歩み寄ると、腰の長剣を一閃させた。
凄まじい衝撃音と共に、大岩が真っ二つに割れる。
「……彼は王宮騎士団でも上位の腕前ですの。それに、ゼスト様が連れてきた護衛たちも精鋭揃い。物理的な防壁ができるまでは、彼らが24時間体制であなたたちをガードしますわ。これ以上の安全資産がどこにあります?」
老人たちは、割れた岩とバルトの剣を交互に見て、次に私の顔を凝視した。
「……あんた、本当にただの追放された令嬢なのか?」
「いいえ。私は今日から、このガラガラ地方の最高経営責任者(CEO)ですわ」
私は優雅に微笑み、ペンを差し出した。
「さあ、サインを。今なら『創業記念株』……いえ、『生涯年金受給権』をお付けしますわよ。この不毛の地を、一年以内に黄金の温泉郷に変えてみせますから、信じて投資してみる価値はあると思いません?」
老人は、しばらく沈黙した後、震える手でペンを受け取った。
「……フン。どうせこのまま野垂れ死ぬだけだ。あんたの言う『ほら話』、最後まで付き合ってやるよ。……俺はガンツだ。石のことなら、この辺りで俺の右に出る奴はいねえ」
「いい返事ですわ、ガンツ親方! ではさっそく、明日の朝一番で、温泉の掘削地点の選定と、仮設住宅の設計に入りますわよ。……あ、寝る前にこの『経営理念』を百回唱和してくださいね。第一唱、『無駄は罪、利益は正義』!」
「……お嬢様、彼らが宗教の勧誘だと勘違いして逃げ出さないうちに、食事の準備をしましょうか」
バルトの呆れ声が響く中、不毛の地に初めて、活気ある(そして異様な)笑い声がこだました。
ゼストはそんな私を見つめながら、独り言のように呟いた。
「……参ったな。これは、僕も本気で帳簿を付け直さないといけないらしい」
こうして、私の「ガラガラ・コーポレーション」は、最初の従業員五名を確保することに成功したのである。
10
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
公爵令嬢、学校をつくる。 ―学院のない世界に学院を作りますわ!―
鷹 綾
恋愛
男が学び、女は飾るだけ——
そんな世界に、ひとりの公爵令嬢が問いを投げた。
レクチャラー・トレイルブレイザー。
名門公爵家に生まれた彼女は、幼い頃に父から“学院”という御伽話を聞く。徒弟でも修道院でもない、講師を集め、制度として人を育てる場所。
この世界には、まだその言葉すら存在しなかった。
「講師を一か所に集めますわ」
家庭ごとに高額な家庭教師を雇う非効率。
才能があっても機会を得られない現実。
身分と財力だけが教育を決める社会構造。
彼女は合理性を武器に、貴族子弟のための“学院”を創設する。
複数の生徒から月謝を集めることで、家庭教師より安価に。
講師にはより高額な報酬を。
制度として成立する形で、教育を再設計する。
やがて学院は成果を出し、“学院出身”は優秀の証となる。
その基盤の上で、彼女は次の一歩を踏み出す。
——貴族女子学院。
「美しさと知性と教養を兼ね備えた令嬢。婚約先は、よりどりみどりですわ」
表向きは婚約戦略。
だが本当の狙いは、女性の地位向上。
男尊女卑が当然の世界で、女が学ぶことは前例なき挑戦。
保守派の反発、王太子からの婚約打診。
それでも彼女は揺れない。
「婚約は家同士の契約です。決定権は父にあります」
父を盾にしながら、順序を守り、世界を壊さず、底から上げる。
恋より制度。
革命ではなく積み重ね。
学院のない世界に、学院を。
これは、静かに世界を変えようとする公爵令嬢の物語。
下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。
やすぴこ
恋愛
「ジョセフィーヌ!! 貴様を断罪する!!」
王立学園で行われたプロムナード開催式の場で、公爵令嬢ジョセフィーヌは婚約者から婚約破棄と共に数々の罪を断罪される。
愛していた者からの慈悲無き宣告、親しかった者からの嫌悪、信じていた者からの侮蔑。
弁解の機会も与えられず、その場で悪名高い国外れの修道院送りが決定した。
このお話はそんな事情で王都を追放された悪役令嬢の素性を知らぬまま、修道院まで護送する下級兵士の恋物語である。
この度なろう、アルファ、カクヨムで同時完結しました。
(なろう版だけ諸事情で18話と19話が一本となっておりますが、内容は同じです)
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!ー新たなる王室編ー
愚者 (フール)
恋愛
無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!
幼女編、こちらの続編となります。
家族の罪により王から臣下に下った代わりに、他国に暮らしていた母の違う兄がに入れ替わり玉座に座る。
新たな王族たちが、この国エテルネルにやって来た。
その後に、もと王族と荒れ地へ行った家族はどうなるのか?
離れて暮らすプリムローズとは、どんな関係になるのかー。
そんな彼女の成長過程を、ゆっくりお楽しみ下さい。
☆この小説だけでも、十分に理解できる様にしております。
全75話
全容を知りたい方は、先に書かれた小説をお読み下さると有り難いです。
前編は幼女編、全91話になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる