10 / 28
10
しおりを挟む
「……おい。あそこの岩場から、本当にお湯が出てやがるぞ」
「ああ。それもただの水じゃねえ。硫黄の匂いがここまで漂ってきやがる。あんな不毛の地に、まさかお宝が眠っていたとはな」
温泉を掘り当ててから数日。ガラガラ地方の入り口には、噂を聞きつけた周辺の村人や、食い詰めた流れ者たちがゾロゾロと集まり始めていた。
その数、およそ三十人。彼らは皆、痩せ細り、ぎらついた目でこちらを伺っている。
私が造らせた仮設浴槽で、ガンツ親方たちが「極楽だぁ……」と蕩けた顔で湯に浸かっているのを見て、彼らの中の不満が限界に達したようだった。
「おい、そこの女! その水……いや、お湯をこっちにもよこせ! ここは元々、俺たちの土地みたいなもんだ。勝手に掘り当てたからって、独り占めは許さねえぞ!」
ボロ布を纏った大男が、錆びた農具を振り回しながら詰め寄ってきた。
背後の村人たちも「そうだそうだ!」「独り占め反対!」と、野太い声を上げている。
「お嬢様、下がってください。私が排除します」
バルトが静かに剣の柄に手をかけたが、私はそれを手で制した。
「待ちなさい、バルト。不必要な暴力は、将来的な労働力の毀損に繋がりますわ。……ここは私の『対話術』で解決いたします」
私は手元の書類束から、一枚の羊皮紙を抜き取ると、優雅な足取りで大男の前へと進み出た。
「そこのあなた。今、『自分たちの土地』と仰いましたわね? その主張を裏付ける公的な権利書、あるいは登記簿の写しを所持していらっしゃいますか?」
「はあ!? 権利書だぁ? そんなもん、あるわけねえだろうが! ずっと誰もいなかったんだ、早い者勝ちに決まってんだろ!」
大男が唾を飛ばして吠える。私は扇子を広げ、冷ややかな微笑を浮かべた。
「残念ながら、この土地は昨日付で、私が王家(の無能な役人)から正式に『永久無償貸与』の契約を取り付けております。これがその契約書、および領地経営許可証の写しです。つまり、ここから一歩でも無断で踏み込めば、それは王法における『領地侵犯』および『国家資産横領未遂』に該当しますわ」
私は書類を彼らの鼻先に突きつけた。もちろん、追放される際にエリック殿下にサインさせたあの「国外追放命令書」の裏面に、私が勝手に「付帯条項」として書き加えた(そして殿下が気づかずに判を押した)特約事項だ。
「な、何をごちゃごちゃと……! そんな紙切れ一枚で俺たちが引くと思ってんのか! 力ずくでも奪ってやる!」
大男が殴りかかろうとした瞬間、私は手に持っていた「重厚な装丁の帳簿(厚さ十センチ)」で、彼の顎を正確にカチ上げた。
ガッ、という鈍い音が響き、大男が白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
「……あら、失礼。手が滑りましたわ。これが私の言う『物理を伴う対話』です。どなたか、続きを希望される方は?」
周囲が、一瞬で静まり返った。
バルトが背後で「……対話(物理)の意味が、僕の知っている辞書と違う」と呟いたが、無視だ。
「いいですか、皆さん。私は慈善事業家ではありませんが、無能な経営者でもありません。あなたたちは飢えている。そして私は、圧倒的に労働力が足りない。……どうかしら、私の下で働かない? 一日の労働時間は八時間。三食昼寝付き、そして仕事終わりには、あの温泉への入浴許可を差し上げますわ」
「……三食、だと?」
「お湯に……入れるのか?」
村人たちの目の色が変わった。私は追い討ちをかけるように、ゼスト様から預かっていた干し肉の袋を一つ、彼らの前に放り投げた。
「これは契約金の一部よ。今の私に必要なのは、不毛の地を楽園に変えるという『野心』と、私の命令を寸分違わず遂行する『忍耐』です。……不当な略奪でその場しのぎの空腹を満たすか、私の下で安定した資産を築くか。今すぐここで決断しなさい。……あ、ちなみに逃げ出そうとしても無駄ですよ? 皆さんの顔写真……いえ、特徴はすべてこの帳簿に記録しましたから、指名手配も容易ですわ」
村人たちは顔を見合わせ、そして一斉に膝をついた。
「……旦那……いや、CEO! 俺たちを雇ってくれ! 何でもする、石でも何でも運んでやる!」
「いい返事ですわ。では、そこに並んで。バルト、彼らの健康診断と適性検査を開始してちょうだい。体力が余っている者は土木部へ、手先が器用な者は加工部へ、声が大きい者は広報部へ配属します!」
私はペンを耳に挟み、満足げに頷いた。
「……カタール、君は本当に恐ろしい女性(ひと)だね」
いつの間にか横に立っていたゼスト様が、呆れたように、しかし賞賛の眼差しを向けていた。
「暴力ではなく利益と恐怖で人を操る。商人の基本だが、君のやり方はあまりに合理的すぎて、逆に清々しいよ」
「あら、ゼスト様。最高の商材(温泉)があるのですから、最高の営業(勧誘)をするのは当然ではありませんか。……さて、これで従業員は四十人を超えました。次は、彼らのための『社宅』の建設と、温泉街のメインストリートの設計に入りますわよ!」
不毛の地に、新たな活気が爆発した。
私、カタール・ド・オシエル。追放からわずか一週間で、私は自分の「王国」の国民を、物理的な対話によって手に入れたのである。
「ああ。それもただの水じゃねえ。硫黄の匂いがここまで漂ってきやがる。あんな不毛の地に、まさかお宝が眠っていたとはな」
温泉を掘り当ててから数日。ガラガラ地方の入り口には、噂を聞きつけた周辺の村人や、食い詰めた流れ者たちがゾロゾロと集まり始めていた。
その数、およそ三十人。彼らは皆、痩せ細り、ぎらついた目でこちらを伺っている。
私が造らせた仮設浴槽で、ガンツ親方たちが「極楽だぁ……」と蕩けた顔で湯に浸かっているのを見て、彼らの中の不満が限界に達したようだった。
「おい、そこの女! その水……いや、お湯をこっちにもよこせ! ここは元々、俺たちの土地みたいなもんだ。勝手に掘り当てたからって、独り占めは許さねえぞ!」
ボロ布を纏った大男が、錆びた農具を振り回しながら詰め寄ってきた。
背後の村人たちも「そうだそうだ!」「独り占め反対!」と、野太い声を上げている。
「お嬢様、下がってください。私が排除します」
バルトが静かに剣の柄に手をかけたが、私はそれを手で制した。
「待ちなさい、バルト。不必要な暴力は、将来的な労働力の毀損に繋がりますわ。……ここは私の『対話術』で解決いたします」
私は手元の書類束から、一枚の羊皮紙を抜き取ると、優雅な足取りで大男の前へと進み出た。
「そこのあなた。今、『自分たちの土地』と仰いましたわね? その主張を裏付ける公的な権利書、あるいは登記簿の写しを所持していらっしゃいますか?」
「はあ!? 権利書だぁ? そんなもん、あるわけねえだろうが! ずっと誰もいなかったんだ、早い者勝ちに決まってんだろ!」
大男が唾を飛ばして吠える。私は扇子を広げ、冷ややかな微笑を浮かべた。
「残念ながら、この土地は昨日付で、私が王家(の無能な役人)から正式に『永久無償貸与』の契約を取り付けております。これがその契約書、および領地経営許可証の写しです。つまり、ここから一歩でも無断で踏み込めば、それは王法における『領地侵犯』および『国家資産横領未遂』に該当しますわ」
私は書類を彼らの鼻先に突きつけた。もちろん、追放される際にエリック殿下にサインさせたあの「国外追放命令書」の裏面に、私が勝手に「付帯条項」として書き加えた(そして殿下が気づかずに判を押した)特約事項だ。
「な、何をごちゃごちゃと……! そんな紙切れ一枚で俺たちが引くと思ってんのか! 力ずくでも奪ってやる!」
大男が殴りかかろうとした瞬間、私は手に持っていた「重厚な装丁の帳簿(厚さ十センチ)」で、彼の顎を正確にカチ上げた。
ガッ、という鈍い音が響き、大男が白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
「……あら、失礼。手が滑りましたわ。これが私の言う『物理を伴う対話』です。どなたか、続きを希望される方は?」
周囲が、一瞬で静まり返った。
バルトが背後で「……対話(物理)の意味が、僕の知っている辞書と違う」と呟いたが、無視だ。
「いいですか、皆さん。私は慈善事業家ではありませんが、無能な経営者でもありません。あなたたちは飢えている。そして私は、圧倒的に労働力が足りない。……どうかしら、私の下で働かない? 一日の労働時間は八時間。三食昼寝付き、そして仕事終わりには、あの温泉への入浴許可を差し上げますわ」
「……三食、だと?」
「お湯に……入れるのか?」
村人たちの目の色が変わった。私は追い討ちをかけるように、ゼスト様から預かっていた干し肉の袋を一つ、彼らの前に放り投げた。
「これは契約金の一部よ。今の私に必要なのは、不毛の地を楽園に変えるという『野心』と、私の命令を寸分違わず遂行する『忍耐』です。……不当な略奪でその場しのぎの空腹を満たすか、私の下で安定した資産を築くか。今すぐここで決断しなさい。……あ、ちなみに逃げ出そうとしても無駄ですよ? 皆さんの顔写真……いえ、特徴はすべてこの帳簿に記録しましたから、指名手配も容易ですわ」
村人たちは顔を見合わせ、そして一斉に膝をついた。
「……旦那……いや、CEO! 俺たちを雇ってくれ! 何でもする、石でも何でも運んでやる!」
「いい返事ですわ。では、そこに並んで。バルト、彼らの健康診断と適性検査を開始してちょうだい。体力が余っている者は土木部へ、手先が器用な者は加工部へ、声が大きい者は広報部へ配属します!」
私はペンを耳に挟み、満足げに頷いた。
「……カタール、君は本当に恐ろしい女性(ひと)だね」
いつの間にか横に立っていたゼスト様が、呆れたように、しかし賞賛の眼差しを向けていた。
「暴力ではなく利益と恐怖で人を操る。商人の基本だが、君のやり方はあまりに合理的すぎて、逆に清々しいよ」
「あら、ゼスト様。最高の商材(温泉)があるのですから、最高の営業(勧誘)をするのは当然ではありませんか。……さて、これで従業員は四十人を超えました。次は、彼らのための『社宅』の建設と、温泉街のメインストリートの設計に入りますわよ!」
不毛の地に、新たな活気が爆発した。
私、カタール・ド・オシエル。追放からわずか一週間で、私は自分の「王国」の国民を、物理的な対話によって手に入れたのである。
0
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
公爵令嬢、学校をつくる。 ―学院のない世界に学院を作りますわ!―
鷹 綾
恋愛
男が学び、女は飾るだけ——
そんな世界に、ひとりの公爵令嬢が問いを投げた。
レクチャラー・トレイルブレイザー。
名門公爵家に生まれた彼女は、幼い頃に父から“学院”という御伽話を聞く。徒弟でも修道院でもない、講師を集め、制度として人を育てる場所。
この世界には、まだその言葉すら存在しなかった。
「講師を一か所に集めますわ」
家庭ごとに高額な家庭教師を雇う非効率。
才能があっても機会を得られない現実。
身分と財力だけが教育を決める社会構造。
彼女は合理性を武器に、貴族子弟のための“学院”を創設する。
複数の生徒から月謝を集めることで、家庭教師より安価に。
講師にはより高額な報酬を。
制度として成立する形で、教育を再設計する。
やがて学院は成果を出し、“学院出身”は優秀の証となる。
その基盤の上で、彼女は次の一歩を踏み出す。
——貴族女子学院。
「美しさと知性と教養を兼ね備えた令嬢。婚約先は、よりどりみどりですわ」
表向きは婚約戦略。
だが本当の狙いは、女性の地位向上。
男尊女卑が当然の世界で、女が学ぶことは前例なき挑戦。
保守派の反発、王太子からの婚約打診。
それでも彼女は揺れない。
「婚約は家同士の契約です。決定権は父にあります」
父を盾にしながら、順序を守り、世界を壊さず、底から上げる。
恋より制度。
革命ではなく積み重ね。
学院のない世界に、学院を。
これは、静かに世界を変えようとする公爵令嬢の物語。
下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。
やすぴこ
恋愛
「ジョセフィーヌ!! 貴様を断罪する!!」
王立学園で行われたプロムナード開催式の場で、公爵令嬢ジョセフィーヌは婚約者から婚約破棄と共に数々の罪を断罪される。
愛していた者からの慈悲無き宣告、親しかった者からの嫌悪、信じていた者からの侮蔑。
弁解の機会も与えられず、その場で悪名高い国外れの修道院送りが決定した。
このお話はそんな事情で王都を追放された悪役令嬢の素性を知らぬまま、修道院まで護送する下級兵士の恋物語である。
この度なろう、アルファ、カクヨムで同時完結しました。
(なろう版だけ諸事情で18話と19話が一本となっておりますが、内容は同じです)
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!ー新たなる王室編ー
愚者 (フール)
恋愛
無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!
幼女編、こちらの続編となります。
家族の罪により王から臣下に下った代わりに、他国に暮らしていた母の違う兄がに入れ替わり玉座に座る。
新たな王族たちが、この国エテルネルにやって来た。
その後に、もと王族と荒れ地へ行った家族はどうなるのか?
離れて暮らすプリムローズとは、どんな関係になるのかー。
そんな彼女の成長過程を、ゆっくりお楽しみ下さい。
☆この小説だけでも、十分に理解できる様にしております。
全75話
全容を知りたい方は、先に書かれた小説をお読み下さると有り難いです。
前編は幼女編、全91話になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる