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「お嬢様、国境付近の監視網より緊急連絡です。隣国『ゼーラント王国』の第一王子、シリウス殿下が直々に視察に訪れるとのこと。既にこちらの領地境界線を越えております」
バルトが執務室に駆け込んできたとき、私はちょうど新作の「温泉泥パック(高級岩塩入り)」の原価計算を終えたところだった。
「ゼーラント王国のシリウス殿下……。ゼスト様の母国の第一王子ではありませんか。わざわざこんな辺境まで、何の御用かしら」
「辺境? お嬢様、今やここは『大陸一の保養地候補』ですよ。シリウス殿下は潔癖症で知られ、外交においても非常に厳しい方です。もし機嫌を損ねれば、ゼスト様の商会との取引にも影響が出かねません」
バルトの言葉に、私は万年筆を置いてゆっくりと立ち上がった。
「潔癖症で厳しい……。素晴らしいわ! それはつまり、『清潔で管理の行き届いた高品質なサービス』に対して、正当な対価を支払う準備がある優良顧客だということですわね」
「お嬢様……。外交を『高級サービスの押し売り』みたいに考えないでください」
私はバルトの呆れ声を無視して、隣の部屋で居眠り……いえ、市場調査をしていたゼスト様を叩き起こした。
「ゼスト様! あなたの国の第一王子がお見えですわ。最高級の『外交パッケージ(特盛)』を準備いたしますので、あなたは彼の趣味嗜好をリストアップしてください。一分以内で!」
数時間後、ガラガラ地方の入り口には、白銀の甲冑に身を包んだ騎士団と、一分の隙もない美貌を誇るシリウス王子が到着していた。
彼は馬を降りるなり、手袋をした手で鼻を押さえ、険しい表情で周囲を見渡した。
「……ここが噂のガラガラ地方か。硫黄の臭いと、立ち込める湯煙。野蛮な開拓地だと聞いていたが、この整然とした石畳の道はどういうことだ? 我が国の王都よりも塵一つ落ちていないではないか」
私は完璧なカーテシーを披露し、最高の営業用スマイルで彼を迎え入れた。
「ようこそ、シリウス殿下。ガラガラ地方最高経営責任者のカタール・ド・オシエルですわ。当街の清掃基準は『手術室レベル』を目標としております。まずは長旅の埃を落とすため、特別に貸し切った『最高級薬湯・シリウス専用の間』へご案内いたします」
「……ふん。私は不潔な場所での入浴など好まん。それに、隣国の追放令嬢と組んで商売をしているというゼストの真意も確かめに来たのだ」
シリウス殿下は冷淡に言い放ったが、私は動じない。
「あら。真意を確かめるには、脳の血流を良くするのが一番ですわ。殿下、そのお疲れの目元……慢性的な眼精疲労とお見受けします。当街の温泉は、視神経の緊張を緩和する成分が豊富に含まれておりますの。……もしご満足いただけなければ、本日の滞在費は全て『アルフレッド王国の無能な王子』への請求に回しますわ」
「……面白い。そこまで豪語するなら、その『薬湯』とやらを試してやろう」
一時間後。
シリウス殿下は、湯上がりの真っ白なバスローブを纏い、まるで別人のように柔和な表情でラウンジのソファに沈み込んでいた。
「……信じられん。首の凝りが完全に消えた。肌のキメも、王宮の専属医師の施術より整っている。カタールと言ったか、このお湯は一体何だ」
「温泉という名の『天然の投資資源』ですわ、殿下。……さて、お体が整ったところで、外交のお話を。ゼーラント王国は現在、国境付近の鉱山利権で我がアルフレッド王国(の無能な役人)と揉めていらっしゃいますわね?」
私はシリウス殿下の前に、キンキンに冷えた岩塩入りのスポーツドリンク(自作)を置いた。
「ああ、そうだ。あの無能なエリック王子は、根拠のない所有権を主張してきて話にならん。我が国としては、武力行使も視野に入れている」
「あら、武力はコストの無駄ですわ。……殿下、提案です。その鉱山利権を『ガラガラ地方の自治領』に移譲していただけませんか? その代わり、ゼーラント王国の王族および上級貴族には、この温泉郷の『永久VIPパス』と、特産岩塩の優先供給権を差し上げますわ」
シリウス殿下は、ドリンクを飲む手を止めて私を凝視した。
「……移譲だと? それは我が国に何のメリットがある」
「長期的な医療費の削減と、外交上の優位性ですわ。我が街が緩衝地帯となることで、両国の軍事維持費は三割カットできます。浮いた予算で、殿下が愛してやまない『最高級の洗剤』を隣国から輸入するのも良いでしょう。……何より、ここが我が国の王都ではなく『私の領地』になることで、殿下はいつでもこの素晴らしい温泉に、エリック殿下の顔を見ずに浸かれるのです。これ以上の利益(ベネフィット)がございますか?」
シリウス殿下はしばらく沈黙した後、盛大に吹き出した。
「……くっ、ふははは! ゼストが惚れ込むわけだ。君は、土地の権利を『入浴券』と等価交換しようというのか。……だが、悪くない。あの腐りかけの王都と交渉するより、君という合理的な投資家と握手する方が、遥かに衛生的だ」
シリウス殿下は、私の差し出した契約書(事前にバルトに作らせていたもの)に、躊躇なくサインをした。
「……外交問題、解決いたしましたわね」
私は隣で口を半開きにしているゼスト様に向き直り、パチンとウィンクした。
「……カタール。君は本当に、温泉一つで戦争の火種を消して、代わりに多額のVIP会費を隣国の王子から毟り取ったのか……」
「毟り取ったのではありませんわ、ゼスト様。『平和と健康』を販売しただけです。……さあバルト、次は殿下のために、汚れを完璧に落とす『魔法銀の洗濯機』のデモンストレーションの準備よ!」
こうして、ガラガラ地方は隣国の強力な後ろ盾を得ることとなった。
(エリック殿下、見ていらっしゃいますか? あなたが軍を動かそうとしていた問題、私は『裸の付き合い』で解決して差し上げましたわよ!)
私はシリウス殿下に追加の「角質除去エステ」を売り込みながら、次なる大規模建築の予算案を練り始めた。
バルトが執務室に駆け込んできたとき、私はちょうど新作の「温泉泥パック(高級岩塩入り)」の原価計算を終えたところだった。
「ゼーラント王国のシリウス殿下……。ゼスト様の母国の第一王子ではありませんか。わざわざこんな辺境まで、何の御用かしら」
「辺境? お嬢様、今やここは『大陸一の保養地候補』ですよ。シリウス殿下は潔癖症で知られ、外交においても非常に厳しい方です。もし機嫌を損ねれば、ゼスト様の商会との取引にも影響が出かねません」
バルトの言葉に、私は万年筆を置いてゆっくりと立ち上がった。
「潔癖症で厳しい……。素晴らしいわ! それはつまり、『清潔で管理の行き届いた高品質なサービス』に対して、正当な対価を支払う準備がある優良顧客だということですわね」
「お嬢様……。外交を『高級サービスの押し売り』みたいに考えないでください」
私はバルトの呆れ声を無視して、隣の部屋で居眠り……いえ、市場調査をしていたゼスト様を叩き起こした。
「ゼスト様! あなたの国の第一王子がお見えですわ。最高級の『外交パッケージ(特盛)』を準備いたしますので、あなたは彼の趣味嗜好をリストアップしてください。一分以内で!」
数時間後、ガラガラ地方の入り口には、白銀の甲冑に身を包んだ騎士団と、一分の隙もない美貌を誇るシリウス王子が到着していた。
彼は馬を降りるなり、手袋をした手で鼻を押さえ、険しい表情で周囲を見渡した。
「……ここが噂のガラガラ地方か。硫黄の臭いと、立ち込める湯煙。野蛮な開拓地だと聞いていたが、この整然とした石畳の道はどういうことだ? 我が国の王都よりも塵一つ落ちていないではないか」
私は完璧なカーテシーを披露し、最高の営業用スマイルで彼を迎え入れた。
「ようこそ、シリウス殿下。ガラガラ地方最高経営責任者のカタール・ド・オシエルですわ。当街の清掃基準は『手術室レベル』を目標としております。まずは長旅の埃を落とすため、特別に貸し切った『最高級薬湯・シリウス専用の間』へご案内いたします」
「……ふん。私は不潔な場所での入浴など好まん。それに、隣国の追放令嬢と組んで商売をしているというゼストの真意も確かめに来たのだ」
シリウス殿下は冷淡に言い放ったが、私は動じない。
「あら。真意を確かめるには、脳の血流を良くするのが一番ですわ。殿下、そのお疲れの目元……慢性的な眼精疲労とお見受けします。当街の温泉は、視神経の緊張を緩和する成分が豊富に含まれておりますの。……もしご満足いただけなければ、本日の滞在費は全て『アルフレッド王国の無能な王子』への請求に回しますわ」
「……面白い。そこまで豪語するなら、その『薬湯』とやらを試してやろう」
一時間後。
シリウス殿下は、湯上がりの真っ白なバスローブを纏い、まるで別人のように柔和な表情でラウンジのソファに沈み込んでいた。
「……信じられん。首の凝りが完全に消えた。肌のキメも、王宮の専属医師の施術より整っている。カタールと言ったか、このお湯は一体何だ」
「温泉という名の『天然の投資資源』ですわ、殿下。……さて、お体が整ったところで、外交のお話を。ゼーラント王国は現在、国境付近の鉱山利権で我がアルフレッド王国(の無能な役人)と揉めていらっしゃいますわね?」
私はシリウス殿下の前に、キンキンに冷えた岩塩入りのスポーツドリンク(自作)を置いた。
「ああ、そうだ。あの無能なエリック王子は、根拠のない所有権を主張してきて話にならん。我が国としては、武力行使も視野に入れている」
「あら、武力はコストの無駄ですわ。……殿下、提案です。その鉱山利権を『ガラガラ地方の自治領』に移譲していただけませんか? その代わり、ゼーラント王国の王族および上級貴族には、この温泉郷の『永久VIPパス』と、特産岩塩の優先供給権を差し上げますわ」
シリウス殿下は、ドリンクを飲む手を止めて私を凝視した。
「……移譲だと? それは我が国に何のメリットがある」
「長期的な医療費の削減と、外交上の優位性ですわ。我が街が緩衝地帯となることで、両国の軍事維持費は三割カットできます。浮いた予算で、殿下が愛してやまない『最高級の洗剤』を隣国から輸入するのも良いでしょう。……何より、ここが我が国の王都ではなく『私の領地』になることで、殿下はいつでもこの素晴らしい温泉に、エリック殿下の顔を見ずに浸かれるのです。これ以上の利益(ベネフィット)がございますか?」
シリウス殿下はしばらく沈黙した後、盛大に吹き出した。
「……くっ、ふははは! ゼストが惚れ込むわけだ。君は、土地の権利を『入浴券』と等価交換しようというのか。……だが、悪くない。あの腐りかけの王都と交渉するより、君という合理的な投資家と握手する方が、遥かに衛生的だ」
シリウス殿下は、私の差し出した契約書(事前にバルトに作らせていたもの)に、躊躇なくサインをした。
「……外交問題、解決いたしましたわね」
私は隣で口を半開きにしているゼスト様に向き直り、パチンとウィンクした。
「……カタール。君は本当に、温泉一つで戦争の火種を消して、代わりに多額のVIP会費を隣国の王子から毟り取ったのか……」
「毟り取ったのではありませんわ、ゼスト様。『平和と健康』を販売しただけです。……さあバルト、次は殿下のために、汚れを完璧に落とす『魔法銀の洗濯機』のデモンストレーションの準備よ!」
こうして、ガラガラ地方は隣国の強力な後ろ盾を得ることとなった。
(エリック殿下、見ていらっしゃいますか? あなたが軍を動かそうとしていた問題、私は『裸の付き合い』で解決して差し上げましたわよ!)
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