婚約破棄で自由になった悪役令嬢カタールは、趣味で無双?

ちゅんりー

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「……何かしら、あの騒々しい音は。バルト、我が社の静寂を妨げる不燃ゴミなら、速やかにプレス機にかけて頂戴」

私は完成したばかりの五ツ星ホテル『ロイヤル・ガラガラ・リゾート』の最上階テラスで、アフタヌーンティーを楽しんでいた。

視線の先、黄金色に輝く石畳のメインストリートを、一台の馬車が暴走気味に走ってくる。

紋章は、見覚えのあるアルフレッド王家のもの。だが、装飾は剥げ落ち、馬は今にも膝をつきそうなほど痩せこけている。

「お嬢様。ゴミではなく、エリック殿下ご本人ですね。……どうやら、自らデッドラインを越えに来られたようです」

バルトが冷ややかに報告する。

隣で優雅にスコーンを口に運んでいたゼスト様が、楽しそうに目を細めた。

「へぇ、あの『お花畑王子』がついに自分でお出ましかな。カタール、どうする? 今の君なら、入国拒否のサイン一つで追い返せるけど」

「いいえ。無能が自ら『回収』されに来たのです。経営者として、最後通牒を突きつけるコストくらいは支払って差し上げますわ」

私は冷めかけた紅茶を飲み干し、一階のメインエントランスへと降りた。

馬車から転がり落ちるように出てきたのは、かつての私の婚約者、エリック殿下だった。

髪は乱れ、目の下には深い隈。かつての華やかな衣装は薄汚れ、足元もおぼつかない。

「ハァ……ハァ……! ここか、ここがカタールのいる場所か! なんだこの街は……! 王都よりも豪華ではないか! 不毛の地ではなかったのか!」

エリック殿下は、整然と並ぶ石造りの建物や、楽しげに温泉へ向かう観光客たちを見て、呆然と立ち尽くした。

そこに、私はゆっくりと歩み寄った。

「あら、エリック殿下。当街の『視察』でしたら、事前に予約を頂かないと困りますわ。……あ、ちなみに現在の宿泊料は一泊で王都の平均月収三ヶ月分ですが、お支払いいただけます?」

「カ、カタール……! 生きていたか! ……ふん、まあいい。貴様の今の暮らしぶりは認めてやろう。どうやら私のいないところで、少しは知恵を絞ったようだな」

エリック殿下は、震える脚を必死に隠しながら、不遜な笑みを浮かべて胸を張った。

「感謝するがいい、カタール。私は決めたぞ。貴様のこれまでの無礼を全て『許してやる』! そして、特別に貴様を再び私の『婚約者』として迎え入れ、王宮へ戻る権利を授けてやろう! さあ、今すぐ荷物をまとめて私に従え!」

周囲が、一瞬で凍りついた。

背後のバルトが剣の柄を握り、隣のゼスト様の瞳から光が消える。

しかし、私は——。

「……ふふっ。ふふふ、あはははは!」

私は、お腹を抱えて高らかに笑い声を上げた。

「……何が、おかしい! 私は慈悲をかけてやっているのだぞ!」

「いいえ、殿下。あまりの『投資効率の悪さ』に、私の笑いの沸点が限界を突破しただけですわ。……バルト、あの請求書(・・・)を持ってきて」

私は、バルトから手渡された分厚い束を、エリック殿下の鼻先に突きつけた。

「殿下。『戻してやる』という言葉を吐く前に、まずこちらの数字を精査して頂けますかしら?」

「……な、なんだ、この紙の山は」

「私が婚約者時代に、あなたの代わりにこなした『公務の代行手数料』、および『深夜残業代』、さらには『精神的苦痛への慰謝料』の精算書ですわ。……これまでの十年分、一秒単位で計算してあります。利息は法定利息の三倍……あ、これは隣国のシリウス殿下も承認済みの正当な請求額です」

エリック殿下が、震える手で一番下の合計額を見た瞬間、顔色が土色に変わった。

「……な、なんだこの桁は!? 王都の予算五十年分だと!? こんなもの、払えるわけがないだろう!」

「ええ、分かっておりますわ。今の王都が、ミルフイユ様のお菓子代で破産寸前なのは把握済みですもの。……殿下、笑顔で申し上げますが、私、今、猛烈に『ブチギレて』おりますのよ?」

私は一歩、殿下に詰め寄った。

「私が、この地を不毛から黄金に変えるためにどれだけの『知略』と『資本』を投じたと思っているのです? それを、何の対価もなしに『戻してやる』の一言で回収できるとお思いかしら?」

「ひっ……!」

「あなたの今の市場価値は、当街の温泉から出る廃水以下ですわ。……戻る? 冗談。私は今、ここで世界一の利益を上げているのです。泥舟に乗り換えるほど、私の脳細胞は劣化しておりませんわ!」

私はエリック殿下の胸倉を掴む勢いで、冷徹な瞳を向けた。

「どうしても戻ってほしいのであれば、まずはその請求額を耳を揃えて支払い、さらに全裸で王都を一周して『私は無能な穀潰しです』と宣伝してくださいな。……それが、私の提示する最低限の『契約条件』ですわ」

「き、貴様……っ! そこまで私を侮辱するか!」

「侮辱ではありません。『客観的な査定』です。……バルト、この不法侵入者を今すぐ街の外へ排除して。あ、馬車は資材として没収。殿下は徒歩で王都へお帰りください。……歩くことは無料の有酸素運動ですわよ、感謝して頂戴!」

「な……カタール! 待て! うわああああ!」

バルトによって文字通り「つまみ出される」エリック殿下の絶叫が、賑わう街に響き渡った。

「……ふぅ。不必要な感情的コストを消費しましたわ。ゼスト様、口直しに最高級のブドウジュースを一杯、経費で頂けますかしら?」

「……はは、最高だよカタール。君の『笑顔のキレ』、今の取引でまた価値が上がったね」

私は、ゴミを片付けた後のような清々しい気分で、再びテラスへと戻った。

(見ていなさい、エリック殿下。あなたが徒歩で帰り着く頃、私はあなたの国の『経済的な息の根』を完全に止めて差し上げますわよ!)

私の怒りは、さらなる増収増益へと繋がる燃料に過ぎない。

次なる一手は、王都の「全権委任」をかけた、冷徹な市場買収。いよいよ、物語はクライマックスの「王都買収編」へと突入する。
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