婚約破棄、喜びのあまり側転してもよろしいでしょうか?

ちゅんりー

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「待て! 待てと言っているだろう、ベルベット!」


校舎へ向かって駆け出そうとした私の背中に、セドリック様の怒声が突き刺さった。
おや、まだ何か御用かしら?
私は優雅に(そして心底面倒くさそうに)足を止め、振り返った。


「あら、セドリック様。まだ私に何か、愛の言葉でも残っていましたの?」


「貴様……ッ。これを見ろ! まだ罪状の読み上げは終わっていないのだぞ!」


セドリック様は、先ほど床にぶちまけた紙束の続きを拾い上げ、顔を真っ赤にして叫んだ。
どうやら彼は、この断罪劇を完璧に完遂させないと気が済まないらしい。
意外と真面目な方なんですのね。


「よろしいでしょう。そこまで仰るなら、最後の一文字まで拝聴して差し上げますわ」


私は大広間の入り口付近で、わざとらしく壁に寄りかかり、腕を組んだ。
さあ、続きをどうぞ。
私の輝かしい(捏造された)悪行の数々を。


「……コホン! まずはこれだ! 貴様は一ヶ月前、カトレア嬢が大切に育てていた中庭の花壇を、執拗に踏み荒らしたな!」


「ええ、踏みましたわ。あそこには珍しい毒草の種が混じっていたようですから、芽が出る前に処理して差し上げたのです。おかげで靴が一足ダメになりましたけれど?」


「毒草だと? 出任せを言うな! あれはカトレア嬢が故郷から取り寄せた、純朴なマーガレットだ!」


「マーガレット(猛毒)ですわね。分かりますわ」


私は鼻で笑った。
実際は、あれは本当にただの花だったのだけれど、当時の私は「悪役令嬢なら花壇くらい踏むべきよね!」という謎の使命感に燃えていたのだ。
後でこっそり、より高級な花の苗を匿名で寄付しておいたのは秘密である。


「さらに! 貴様はカトレア嬢のドレスにわざとお茶をこぼし、『安物の布は水分をよく吸うわね』と嘲笑ったな!」


「まあ、よく覚えていらして! あの時のお茶の温度、八十度。茶葉はダージリンのセカンドフラッシュ。シミ抜きが大変そうでしたわね」


「貴様……自分が何を言っているか分かっているのか!?」


「ええ、もちろん。私の語彙力の高さを褒めていらっしゃるのでしょう?」


私は扇子を広げ、口元を隠してクスクスと笑った。
セドリック様の怒号が響くたび、私の心はダンスを踊る。
だって、彼が並べる罪状のひとつひとつが、私の「悪役令嬢」としてのキャリアを肯定してくれているように聞こえるのだもの。


(素晴らしいわ、セドリック様! 『毒婦』の次は『傲慢な女帝』かしら? もっと、もっと激しい言葉をちょうだい!)


「貴様はまるで、凍てついた北の海に潜む魔物のようだ! その心には慈悲のかけらもなく、ただ他者を踏みにじることのみを愉悦としている!」


「……まあっ!」


私は思わず、両手で頬を抑えて声を上げた。


「なんですの、今の表現! 『凍てついた北の海に潜む魔物』……なんて詩的で素晴らしい比喩かしら! セドリック様、貴方にそんな文才があったなんて、わたくし見直してしまいましたわ!」


「は……? 文才……?」


「ええ! その語彙、その言い回し! 悪役を罵る言葉としては満点、いえ、百二十点ですわ! 今のセリフ、メモを取ってもよろしいかしら?」


私はドレスの隠しポケットから、常に持ち歩いている「悪役令嬢の研究ノート」を取り出そうとした。
会場が再び、凍りついたような静寂に包まれる。


セドリック様は口をパクパクとさせ、投げ捨てようとしていた紙束を握りしめたまま固まった。
隣にいるカトレア様に至っては、今にも「ブラボー!」と叫び出しそうなほど瞳を輝かせている。


(ベルベット様……っ。罵倒を賞賛で返すなんて、なんて高度なテクニックなの……! 一生ついていきますわ!)


カトレア様の心の声が漏れ聞こえてきそうな勢いだ。
いや、貴女は守られるヒロイン役でしょう。そんな熱い視線で私を見ないで。


「ベルベット……貴様、正気か? 私は今、貴様を侮辱しているのだぞ?」


「知っておりますわ。でも、美しい言葉はたとえ罵倒であっても美しいものです。セドリック様、今のフレーズは今後、私の座右の銘にさせていただきますわね」


「……もういい。もうたくさんだ! 衛兵! この狂った女をさっさと屋敷へ連行しろ!」


セドリック様が力なく手を振ると、ようやく数人の衛兵が私を囲むようにして歩み寄ってきた。
ようやくお開きかしら。


「お手を触れないで。自分で歩けますわ」


私は衛兵の手を冷たく振り払い、背筋を伸ばした。
そして、最後にセドリック様の背後に立つキース様に視線を投げた。


彼は相変わらずの鉄面皮だが、その瞳には明らかな「戸惑い」が浮かんでいる。
冷静沈着なキース様をここまで困惑させるなんて、今日の私は絶好調ね。


「キース様。殿下のお世話、大変でしょうけれど頑張ってくださいませ。あの語彙力、大切に育てて差し上げてね?」


「……承知いたしました、ベルベット嬢。貴女も……その、お元気で」


キース様がわずかに頭を下げた。
あら、あんなに冷たく接していた私に、意外と優しい言葉をかけてくれるのね。


「それでは皆様。今度こそ、ごきげんよう!」


私は衛兵たちを従え(まるで自分が彼らを率いているかのような堂々とした足取りで)、大広間を後にした。


馬車に乗り込むまでの間、夜空には満天の星が広がっていた。
明日からはもう、公爵令嬢としての仮面を脱ぎ捨てて、一人の「ベルベット」として生きていける。


「……ふふ、あはははは!」


馬車の中に一人になった瞬間、私はこらえきれずに笑い声を漏らした。
冤罪、結構じゃない。
悪評、上等だわ。


その評判のおかげで、私は自由を買い取ったのだから。
窓の外を流れる夜の景色を眺めながら、私はこれからの楽しい計画を練り始めた。


まずは実家に帰って、お父様に「大成功でしたわ!」と報告しなければ。
それから、カトレア様に送るはずだった「毒のない」お祝いの花束の手配もしなくてはね。


しかし、馬車の揺れに身を任せながら、私はふと思い出した。
カトレア様の、あの異常に熱を帯びた眼差しを。


(……気のせいよね。彼女はただ、恐怖で理性を失っていただけだわ。うん、きっとそうに違いないわ)


自分の都合の悪いことは、驚異的なポジティブさで塗りつぶす。
それが私、ベルベット・ローズウッドの長所なのだから。
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