婚約破棄、喜びのあまり側転してもよろしいでしょうか?

ちゅんりー

文字の大きさ
3 / 28

3

しおりを挟む
「ちょっと待ってくださいな。まだ行けませんわ!」


馬車の扉を閉めようとした衛兵の手を、私は力強く掴み返した。
せっかくの「千秋楽」なのだ。
アンコール……ではないけれど、やり残したことが多すぎる。


「な、なんですかなベルベット嬢。殿下からは速やかに立ち去れと……」


「速やかに、なんてそんな無粋な。皆様、今の私の演技はどうでしたの? 客観的な意見が聞きたいわ!」


私は衛兵たちの手を振り切り、ひらりと馬車から飛び降りた。
困惑する衛兵たちを尻目に、私は再び大広間の入り口へと引き返す。
背後で「ベルベット様!?」「戻ってはなりませぬ!」という焦った声が響くが、今の私を止められる者はいない。


大広間の重厚な扉を再び勢いよく開けると、そこにはまだ解散できずにいた貴族たちと、放心状態のセドリック様がいた。


「……貴様、なぜ戻ってきた」


セドリック様が、引きつった顔で私を凝視する。
私はドレスの裾を優雅にさばき、彼の目の前まで歩み寄った。


「セドリック様。先ほどの断罪、一点だけ修正をお願いしたい箇所がありますの」


「修正……だと?」


「ええ。先ほど貴方は『教科書を隠した』とおっしゃいましたけれど、あれは正確には『より効率的な暗記法を記した付箋を全ページに貼って、元の文字を見えなくした』のですわ。隠したわけではありません。親切心です」


私は人差し指を立てて、ビシッと指摘した。
悪役令嬢たるもの、事実誤認に基づいた罪状で断罪されるのは、プロ意識に反する。
正しく、私の「意地悪(という名の過剰な世話焼き)」を評価していただかなければ。


「……付箋? あれは嫌がらせではなく、補習のつもりだったというのか?」


「嫌がらせですわよ。あんな大量の付箋、剥がすだけで一苦労でしょう? さあ、今の私の『言い訳』に対して、もっと厳しい罵倒をくださいませ! 先ほどの北の海の魔物レベルのやつを!」


私は期待に胸を膨らませ、セドリック様をじっと見つめた。
セドリック様は、まるで未知の生物を見るような目で私を見つめ、やがて顔を覆って天を仰いだ。


「キース……。この女を、今すぐ私の視界から消せ。物理的にだ」


「御意」


控えていたキース様が、一歩前に出る。
彼は私の腕を掴むのではなく、そっと背中に手を添えるようにして出口へ促した。


「ベルベット嬢、延長戦は終了です。貴女の演技は、観客の許容量を超えています」


「なんですって? キース様、貴方まで私の芸術を否定するのですか? 今の私の表情、絶望と狂気が入り混じった最高の出来でしたわよ?」


「ええ、確かに。狂気に関しては、百点満点中、五万点くらいでした。ですから、もう帰りましょう」


キース様の口調は淡々としているが、どこか宥めるような優しさがある。
私は渋々、彼に従って歩き出した。


すると、今まで黙って見ていたカトレア様が、スカートを翻して駆け寄ってきた。


「ベルベット様! あ、あのっ!」


「あら、カトレア様。私に何か呪いの言葉でも残っているかしら?」


私がニヤリと笑うと、カトレア様は頬を紅潮させ、私の両手をぎゅっと握りしめた。


「凄いです! 戻ってきてまでダメ出しをするなんて! その、圧倒的な……『我が道を行く感』! 私、感動して言葉になりません!」


「……は?」


「私、今日からベルベット様のことを『師匠』と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか!?」


「お断りしますわ」


私は即答した。
なぜヒロインが、悪役令嬢に弟子入り志願をしているのか。
これでは台無しではないか。


「カトレア嬢、落ち着け。君は彼女の毒気に当てられただけだ。さあ、離れるんだ」


セドリック様が慌ててカトレア様を引き離そうとするが、彼女は私の手を離さない。
むしろ、より強く握りしめてくる。


「いいえ、殿下! 私は、ベルベット様のような強くて美しい女性になりたいのです! たとえ世界中を敵に回しても、自分の美学を貫く……そんな悪役令嬢に、私はなりたい!」


「……カトレア、君はヒロインなんだぞ? 守られる側の清楚な可憐な……」


「そんなの退屈ですわ! 私はベルベット様のように、高笑いしながら去っていきたいんです!」


会場は再び、異様な熱気に包まれた。
貴族たちのヒソヒソ声が、いつの間にか「……ベルベット様、実はかっこいいのでは?」「あの折れない心、見習いたいわね」という好意的なものに変わりつつある。


(マズいわ……。これじゃ『悪役』じゃなくて『カリスマ』になってしまう!)


私の計画が、音を立てて崩れていく。
私が望んでいたのは、冷ややかな視線を浴びながら孤独に去る、美しい悪の華だったはずだ。


「キース様! 早く、早く私を馬車に放り込んでくださいませ! 今すぐに!」


私はキース様の腕を掴み、必死に訴えた。


「……今度は自分から帰りたがるとは。貴女は本当に、忙しい方だ」


キース様はわずかに口角を上げると、今度こそ私の肩を抱き寄せ、足早に会場を連れ出した。


扉が閉まる直前、セドリック様の「待て、まだ話は終わっていない!」という絶叫と、カトレア様の「師匠ー! 明日お屋敷に伺いますー!」という元気な声が聞こえてきた。


馬車に押し込まれた私は、ふかふかの座席に倒れ込んだ。


「……なんなの。なんなのよ、もう」


扇子をバタバタと仰ぎながら、私は大きく息を吐いた。
完璧な千秋楽のはずが、なんだか奇妙なアンコールになってしまった。


馬車の窓から外を見ると、キース様がまだそこに立っていた。
彼は私の視線に気づくと、小さく頷いた。


「お疲れ様でした、ベルベット嬢。貴女の『舞台』は、多くの人の心に深く刻まれたようですよ」


「……皮肉かしら?」


「いいえ。本心です」


馬車がゆっくりと動き出す。
遠ざかっていく王宮の明かりを眺めながら、私は嫌な予感に襲われていた。


(……明日、カトレア様が本当に来たらどうしましょう)


自由を手に入れたはずなのに、なんだか前よりも賑やかな未来が待っているような気がして。
私はそっと、自分の顔を両手で覆った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

処理中です...