婚約破棄、喜びのあまり側転してもよろしいでしょうか?

ちゅんりー

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馬車がローズウッド公爵家の重厚な門を潜り抜けた瞬間、私は窓から身を乗り出した。


「ああ、懐かしの我が家! この成金趣味ギリギリの豪華な装飾、落ち着きますわ!」


王宮の洗練された美しさも悪くはないけれど、やはり実家の「これでもか」と金をかけた派手な造りの方が、私の性分には合っている。
馬車が玄関前に止まると、そこには整列した使用人たちと、そして……。


「おお! 帰ってきたか、我が愛娘よ!」


仁王立ちで私を待ち構えていたのは、現公爵にして私の父、バルガス・ローズウッドだ。
彼は筋骨隆々の体に派手な刺繍の入ったガウンを羽織り、満面の笑みで両腕を広げた。


私は馬車のステップを軽やかに飛び降り、父の胸に飛び込んだ……と見せかけて、その手前で華麗にカーテシーを決めた。


「お父様、ただいま戻りましたわ。ご報告の通り、セドリック様より婚約破棄を言い渡されました。ローズウッド公爵家の泥を塗り、王室を冒涜した毒婦として、追放されてまいりましたわ!」


私はあえて、悲劇のヒロインを演じるように俯いてみせた。
普通なら、ここで父は絶叫し、私を勘当するか、あるいは絶望して倒れるはずだ。


「ガハハハハ! 聞いたぞ、聞いたぞベルベット! 卒業パーティーでのあの立ち振る舞い、実に素晴らしかったそうじゃないか!」


父は私の肩を強く叩き、腹の底から笑い声を上げた。
……おや?


「お父様? 聞こえませんでしたの? 私は『婚約破棄』されたのですわよ? 公爵家の名誉はボロボロ、私は社交界の爪弾きですわ」


「何を言う! あの堅物で面白みのないセドリック王子から解放されたんだ、これ以上の慶事があるか! 今日は祭りだ! 牛を三頭潰せ! 最高級のワインを領民にも振る舞え!」


父の指示に、使用人たちが「承知いたしました!」と一斉に動き出す。
誰も悲しんでいない。誰も私を責めていない。
それどころか、執事のセバスチャンに至っては、涙を拭いながら私に歩み寄ってきた。


「お嬢様、よくぞご無事で。あのような退屈な王宮で三年間も『お淑やかな令嬢』のフリをさせられるなど、拷問に等しい所業……。さぞかしお疲れでございましょう」


「セバスチャン……貴方まで何を言っているの? 私はフリではなく、完璧に演じていたはずですわよ?」


「ええ、ええ。お嬢様の演技力は王国一でございます。ですが、我々家族は知っております。お嬢様が夜な夜な部屋で『もっと派手な高笑いはないものか』と悩んでいたことも、王子の前で地味なドレスを着るたびに、裏でハンカチを噛み締めていたことも……」


私は絶句した。
バレていた。
私の「悪役令嬢」としてのストイックな努力は、家族には筒抜けだったのだ。


「ベルベット。お前が『悪女』を演じ始めた時、私は確信した。お前こそがローズウッドの血を最も濃く継ぐ者だと!」


父が私の両肩を掴み、熱い視線を送ってくる。


「いいか。我が家系は元々、戦場を荒らしまくった荒くれ騎士の末裔だ。品行方正なんて退屈な真似、我らには似合わん。お前が王子を煽り、断罪を笑って受け流したと聞いた時、私は誇らしさで震えたぞ!」


「お、お父様……」


「さあ、中へ入れ! お前の帰還を祝って、母さんも兄貴たちも待っている。今夜は朝まで語り明かそうじゃないか。お前がどんな風に王子を罵ったのか、詳しくな!」


私は父に背中を押され、屋敷の中へと足を踏み入れた。
そこには、私の「悪役令嬢引退」を祝うための巨大な横断幕が掲げられていた。
『祝・自由の身! おかえりベルベット!』という文字が、やけに眩しい。


食堂へ入ると、母様が優雅にティーカップを置いて立ち上がった。


「ベルベット、お疲れ様。貴女が王宮から送ってくる手紙、いつも面白かったわよ。『今日は王子の靴の中に、こっそり健康に良いけれど臭いハーブを入れてやりました』とか」


「お母様、それは私のささやかな嫌がらせ(健康管理)の報告ですわ……」


「いいのよ、そんな小さなことは。それより、あの子爵令嬢……カトレアさんだったかしら? 彼女への対応、もっと徹底的にやっても良かったのよ? 例えば、彼女の誕生日にあえて『激辛の特製ケーキ』を贈るとか」


母様、それは嫌がらせというより、ただの私の好みの押し付けです。


「いやあ、ベルベット。お前が帰ってくると家が明るくなるな!」


そう言って現れたのは、二人の兄様たちだった。
長兄は軍部で、次兄は魔導省で働いているエリートのはずだが、二人ともなぜか「悪の組織の幹部」のような不敵な笑みを浮かべている。


「王家との繋がりが切れた今、お前を縛るものは何もない。これからは好きなだけ高笑いし、好きなだけ派手なドレスを着るがいい」


「そうだよ。もし誰かがお前を馬鹿にするようなら、僕たちが全力で『悪の公爵家』として圧力をかけてあげるからね」


私は、目頭が熱くなるのを感じた。
世間からは後ろ指を指され、石を投げられる覚悟で帰ってきたというのに。
この家の人々は、私の「悪役」としての生き様を認め、愛してくれている。


「……お父様、お母様、お兄様たち。わたくし、決めたわ」


私は椅子から立ち上がり、腰に手を当てて、これ以上ないほど傲慢に顎を上げた。


「わたくし、普通の令嬢に戻るなんて辞めます! これからはローズウッド公爵家のベルベットとして、誰にも遠慮せず、世界一『人生を楽しんでいる悪役令嬢』として生きていきますわ!」


「ガハハハ! それでこそ我が娘だ!」


「素晴らしいわ、ベルベット。まずはその地味なドレスを燃やしてしまいましょうか?」


「いいですね! ついでに、王宮に『今後一切、我が家への出入りを禁ずる』という果たし状……じゃなくて通知を出しておきましょう!」


こうして、私の実家生活は、予想もしなかったほどの熱狂と共に幕を開けた。
断罪されたはずの私は、なぜか家族の中では「英雄」のような扱いだ。


しかし、私はこの時、まだ気づいていなかった。
私が王宮で放った「悪役令嬢」としてのカリスマ性が、家族だけでなく、予想外の場所にも飛び火していることを。


「……お嬢様。失礼いたします」


セバスチャンが、銀盆に乗せた一通の手紙を運んできた。


「王宮のキース・ナイトレイ様より、お嬢様宛に親書が届いております」


「えっ、キース様から?」


私は、さっきまでの威勢をどこへやら、少しだけ心臓が跳ねるのを感じながら、その手紙を受け取った。
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