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「……ちょっと、キース様! どこまで引っ張っていくおつもり?」
ダンスが終わるやいなや、キース様は私の手首を掴み、人目の多いダンスホールから裏庭へと続くバルコニーへと連れ出した。
夜風が火照った肌に心地よいけれど、淑女をこんなに強引に連れ出すなんて、騎士としてのマナー違反ではなくて?
「ここまで来れば、殿下の絶叫もカトレア嬢の高笑いも届かないでしょう。……少し、静寂が必要だと思いまして」
キース様は私の手を離すと、手すりに背を預けて大きく息を吐いた。
月明かりに照らされた彼の銀髪が、冷たく、けれど美しく輝いている。
「静寂? あら、私の辞書にそんな言葉は載っていなくてよ。悪役令嬢たるもの、常に騒乱の中心にいてこそ華というものですわ」
私は扇子をバサリと広げ、顔の半分を隠して彼を睨んだ。
けれど、心臓の鼓動がさっきのダンスのせいだけではない速さで刻んでいるのを、必死に隠す。
「貴女の辞書は、随分と偏った内容のようですね。……ベルベット嬢、一つ聞いていいですか」
キース様がふと、真剣な眼差しで私を見つめた。
「なんですの。私のドレスの着こなしに対する、追加の賛辞かしら?」
「貴女は、自由を手に入れて幸せですか?」
唐突な質問に、私は一瞬言葉を失った。
自由。
王妃教育から解放され、堅苦しい婚約者の座を降り、好きなだけ「悪役」として振る舞える今。
「……愚問ですわね。幸せに決まっているでしょう? 毎日が楽しくて仕方がありませんわ。カトレア様を教育するのも、貴方とこうして言葉を交わすのも、すべて私の『娯楽』ですもの」
「娯楽、ですか。……では、その娯楽の中に、私はどの程度含まれているのでしょうか」
キース様が一歩、距離を詰めてきた。
彼の影が私を覆い、逃げ場を塞ぐ。
いつもは冷静な彼の瞳に、今は隠しきれない熱が宿っている。
「……貴方は、私の舞台をかき乱す一番のイレギュラーだと申し上げたはずよ」
「イレギュラー、ね。……なら、いっそその舞台の主役に書き換えていただけませんか?」
「は……?」
主役? この私が主役を務める舞台で、彼がヒーローを演じるというの?
それは、悪役令嬢としての私の美学が許さない。
「お断りしますわ。私の舞台にヒーローは不要です。私は一人で高笑いしながら、破滅……ではなく、自由へと突き進むのですから!」
「一人で、ですか。……それは少し、寂しいとは思いませんか?」
キース様の手が、そっと私の頬に触れた。
指先の冷たさが、逆に熱を帯びているように感じる。
「ベルベット嬢。貴女の『悪役』としての矜持も、その裏にある優しさも、私はすべて愛おしいと思っている。……冗談半分で聞いていただいて構いませんが」
彼は一度言葉を切ると、悪戯っぽく、けれど真っ直ぐに私を見つめて言った。
「……俺の婚約者に、なりませんか?」
「…………はい?」
あまりの衝撃に、喉の奥から変な声が出た。
婚約破棄されたばかりの女に、その元婚約者の側近が求婚する?
スキャンダルという言葉では生ぬるい、国家を揺るがすレベルのハチャメチャですわよ。
「もちろん、今の貴女の自由を奪うつもりはありません。むしろ、公爵家と騎士団が手を組めば、貴女は今よりもっと自由に、もっと派手に立ち回れるはずだ」
「そ、それは……確かに、政略的には面白いかもしれませんけれど……」
「政略的な話だけではありません。私は、貴女の隣でその高笑いを聞いていたい。……どうでしょうか、ベルベット嬢。新しい『契約』を結ぶ気はありませんか?」
キース様の顔が近づく。
唇が触れそうな距離。
私は混乱した。
悪役令嬢として、ここで彼を冷たく突き放すべき?
それとも、この「面白い展開」に乗っかるべき?
「……貴方、本当に、頭がどうかしていらっしゃるわ」
私は震える手で、彼の胸元を押し返した。
けれど、その力は自分でも驚くほど弱かった。
「悪役令嬢と騎士の婚約なんて、台本がめちゃくちゃですわ。……でも」
「でも?」
「……悪くないかもしれませんわね。世界中を驚かせる、最高の『どんでん返し』になりそうですもの」
私が不敵に微笑み返そうとした、その瞬間。
「――認めん! 認めんぞ、そんな不潔な密談は!!」
バルコニーの扉が、凄まじい勢いで蹴破られた。
そこには、涙目で鼻水を垂らしながら、絶叫するセドリック様の姿があった。
「セ、セドリック様!? いつからそこに……!」
「最初からだ! カトレアのダンスから逃げ出してきたら、まさかこんな……! キース、貴様! 親の顔が見たいぞ!」
感動的な(?)告白シーンは、一瞬にして爆笑コメディへと塗り替えられた。
私は天を仰ぎ、本日何度目か分からない深い溜息をついた。
「……やれやれ。私の自由への道は、どうやらまだ前途多難のようですわね」
私は扇子を握り直し、邪魔者を排除するために、最高に邪悪な笑みを浮かべて振り返った。
ダンスが終わるやいなや、キース様は私の手首を掴み、人目の多いダンスホールから裏庭へと続くバルコニーへと連れ出した。
夜風が火照った肌に心地よいけれど、淑女をこんなに強引に連れ出すなんて、騎士としてのマナー違反ではなくて?
「ここまで来れば、殿下の絶叫もカトレア嬢の高笑いも届かないでしょう。……少し、静寂が必要だと思いまして」
キース様は私の手を離すと、手すりに背を預けて大きく息を吐いた。
月明かりに照らされた彼の銀髪が、冷たく、けれど美しく輝いている。
「静寂? あら、私の辞書にそんな言葉は載っていなくてよ。悪役令嬢たるもの、常に騒乱の中心にいてこそ華というものですわ」
私は扇子をバサリと広げ、顔の半分を隠して彼を睨んだ。
けれど、心臓の鼓動がさっきのダンスのせいだけではない速さで刻んでいるのを、必死に隠す。
「貴女の辞書は、随分と偏った内容のようですね。……ベルベット嬢、一つ聞いていいですか」
キース様がふと、真剣な眼差しで私を見つめた。
「なんですの。私のドレスの着こなしに対する、追加の賛辞かしら?」
「貴女は、自由を手に入れて幸せですか?」
唐突な質問に、私は一瞬言葉を失った。
自由。
王妃教育から解放され、堅苦しい婚約者の座を降り、好きなだけ「悪役」として振る舞える今。
「……愚問ですわね。幸せに決まっているでしょう? 毎日が楽しくて仕方がありませんわ。カトレア様を教育するのも、貴方とこうして言葉を交わすのも、すべて私の『娯楽』ですもの」
「娯楽、ですか。……では、その娯楽の中に、私はどの程度含まれているのでしょうか」
キース様が一歩、距離を詰めてきた。
彼の影が私を覆い、逃げ場を塞ぐ。
いつもは冷静な彼の瞳に、今は隠しきれない熱が宿っている。
「……貴方は、私の舞台をかき乱す一番のイレギュラーだと申し上げたはずよ」
「イレギュラー、ね。……なら、いっそその舞台の主役に書き換えていただけませんか?」
「は……?」
主役? この私が主役を務める舞台で、彼がヒーローを演じるというの?
それは、悪役令嬢としての私の美学が許さない。
「お断りしますわ。私の舞台にヒーローは不要です。私は一人で高笑いしながら、破滅……ではなく、自由へと突き進むのですから!」
「一人で、ですか。……それは少し、寂しいとは思いませんか?」
キース様の手が、そっと私の頬に触れた。
指先の冷たさが、逆に熱を帯びているように感じる。
「ベルベット嬢。貴女の『悪役』としての矜持も、その裏にある優しさも、私はすべて愛おしいと思っている。……冗談半分で聞いていただいて構いませんが」
彼は一度言葉を切ると、悪戯っぽく、けれど真っ直ぐに私を見つめて言った。
「……俺の婚約者に、なりませんか?」
「…………はい?」
あまりの衝撃に、喉の奥から変な声が出た。
婚約破棄されたばかりの女に、その元婚約者の側近が求婚する?
スキャンダルという言葉では生ぬるい、国家を揺るがすレベルのハチャメチャですわよ。
「もちろん、今の貴女の自由を奪うつもりはありません。むしろ、公爵家と騎士団が手を組めば、貴女は今よりもっと自由に、もっと派手に立ち回れるはずだ」
「そ、それは……確かに、政略的には面白いかもしれませんけれど……」
「政略的な話だけではありません。私は、貴女の隣でその高笑いを聞いていたい。……どうでしょうか、ベルベット嬢。新しい『契約』を結ぶ気はありませんか?」
キース様の顔が近づく。
唇が触れそうな距離。
私は混乱した。
悪役令嬢として、ここで彼を冷たく突き放すべき?
それとも、この「面白い展開」に乗っかるべき?
「……貴方、本当に、頭がどうかしていらっしゃるわ」
私は震える手で、彼の胸元を押し返した。
けれど、その力は自分でも驚くほど弱かった。
「悪役令嬢と騎士の婚約なんて、台本がめちゃくちゃですわ。……でも」
「でも?」
「……悪くないかもしれませんわね。世界中を驚かせる、最高の『どんでん返し』になりそうですもの」
私が不敵に微笑み返そうとした、その瞬間。
「――認めん! 認めんぞ、そんな不潔な密談は!!」
バルコニーの扉が、凄まじい勢いで蹴破られた。
そこには、涙目で鼻水を垂らしながら、絶叫するセドリック様の姿があった。
「セ、セドリック様!? いつからそこに……!」
「最初からだ! カトレアのダンスから逃げ出してきたら、まさかこんな……! キース、貴様! 親の顔が見たいぞ!」
感動的な(?)告白シーンは、一瞬にして爆笑コメディへと塗り替えられた。
私は天を仰ぎ、本日何度目か分からない深い溜息をついた。
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