婚約破棄、喜びのあまり側転してもよろしいでしょうか?

ちゅんりー

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「認めん! 認めんぞ、キース! 貴様、私の側近でありながら、主君の元婚約者に求婚するなど、騎士道精神の欠片もないのか!」


バルコニーの静寂をぶち破り、セドリック様が地団駄を踏みながら叫んでいる。
その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、王族としての威厳はどこか別の次元へ放り出してきたようだ。


私はゆっくりと扇子を閉じ、首を傾げて見せた。


「あら……失礼ですが、どちら様でしょうか? 本日の夜会には、随分と個性的な『喜劇役者』の方も招待されていたのですのね」


「ベルベット! 私だ、セドリックだ! 忘れたとは言わせんぞ!」


「セドリック……? ああ、第一話のプロローグで私を華麗に婚約破棄してくださった、あの『踏み台役』の方でしたかしら。失礼いたしましたわ、あまりに情けないお姿だったので、てっきり道化師の付き人か何かかと」


私はわざとらしく眉を寄せ、キース様の方を振り返った。


「キース様。このエキストラの方、台本にない乱入をしておりますけれど、警備担当としてはいかがなものですの?」


「申し訳ありません、ベルベット嬢。どうやら管理不足で、檻から一匹逃げ出してしまったようです。すぐに処分……いえ、元の場所へお戻ししますので」


キース様が冷ややかな手つきで、セドリック様の襟首を掴もうとする。


「離せ、キース! ベルベット、貴様もだ! なんだその『どの役の方ですか?』みたいな目は! 私は君の婚約者だった男だぞ!」


「『だった』。過去形ですわね。素晴らしいわ、セドリック様! ようやく時制の使い分けができるようになられたのね。成長を感じますわ!」


私はパチパチと拍手を送って差し上げた。
セドリック様は、さらに顔を真っ赤にして叫ぶ。


「嫌味を言うな! とにかく、キースとの婚約など許さん! 貴様にはもっと、こう、反省とか……後悔とか……私を追いかけて泣きつくとか、そういう展開があるべきだろう!」


「あら、そんな古臭い王道ストーリー、今の流行りではありませんわよ? 今のトレンドは『突き抜けた悪役令嬢が、自分を一番理解してくれる最強のイレギュラーと手を組む』、これですわ」


私はキース様の腕に、あえて自分から手を絡めた。
キース様が驚いたように目を見開くが、すぐに口角を上げて私を引き寄せる。


「……だそうだ、殿下。貴方の出番はもう終わったのです。これからは私の『共演者』として、彼女を支えていく所存ですので」


「キ、キース……! お前、いつの間にそんなに図々しく……!」


「ベルベット嬢に鍛えられましたから」


キース様が平然と言い放つ。
セドリック様は、まるで裏切られた子供のような顔をして、今度は私に縋り付こうとしてきた。


「ベルベット! 考え直せ! キースは冷徹で、面白みのない男だぞ! 私の方が、よっぽど君の『悪役』を引き立てられるじゃないか!」


「セドリック様。貴方は一つ、大きな勘違いをしていらっしゃいますわ」


私は一歩前に出ると、冷たい夜風を纏うように、最高に傲慢な笑みを浮かべた。


「悪役令嬢を引き立てるのに、無能なヒーローは不要なのです。必要なのは、私の毒を飲み干し、それを蜜だと笑ってくれる狂ったパートナー……。キース様は、合格点に達していらっしゃいますの」


「……毒を、蜜だと?」


セドリック様が呆然と呟く。


「ええ。貴方には、私の毒は強すぎたのでしょう? お花畑でカトレア様と追いかけっこをしていた方が、お似合いですわよ」


「そのカトレアも、君のせいで今や魔王のようになっているではないか! さっきもダンス中に『殿下、足腰が弱すぎますわよ! そんなことでは私の悪意を支えきれませんわ!』と怒鳴られたのだぞ!」


「オホホホ! 彼女、立派に育ちましたわね。誇らしいですわ!」


私は心から満足して、高笑いを上げた。
夜のバルコニーに、私の声とセドリック様の嘆きが交錯する。


「さあ、殿下。もう戻りましょう。カトレア嬢が、貴方を探して新しい扇子の開閉音を響かせていますよ。見つかったら、今度はスクワット百回の刑だそうです」


キース様が、無慈悲に宣告した。


「ひ、百回……。嫌だ、私は帰りたくない! ここにいる! ベルベット、助けてくれ!」


「お断りしますわ。私はこれから、キース様と密談の続きをしなければなりませんもの」


私はシッシッと手で追い払う仕草をした。
セドリック様はキース様に引きずられるようにして、絶望の表情で会場へと戻されていった。


「……お疲れ様でした、ベルベット嬢。邪魔者は消えましたが、密談の続き……してくれますか?」


キース様が、再び私の腰を抱き寄せる。
その瞳は、先ほどよりもずっと真剣で、逃がしてくれそうにない。


「……気が向いたら、と考えておきますわ。まずは、あの方が本当にスクワットを完遂するか、確認しに行かなくてはなりませんし」


私は顔を赤くしながらも、最後まで不敵な笑みを崩さなかった。
悪役令嬢の夜は、まだまだ終わらない。
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