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「ミュー・ド・ラ・パン! 貴様のような醜悪な女との婚約は、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」
煌びやかなシャンデリアが輝く夜会の中心で、第一王子アルフレッドの声が響き渡った。
バイオリンの調べがピタリと止まり、着飾った貴族たちが一斉にこちらを振り返る。
(……え? 今、なんて言った?)
扇を手に立ち尽くす私は、思考をフル回転させた。
婚約破棄?
あの、毎日「王妃教育だ」「マナーがなっていない」と口うるさく説教され、大好きなステーキの脂身すら残すよう強要された、あの地獄のような契約が?
(終わるの? 今日で? 本当に?)
私の沈黙を、ショックによる絶望だと勘違いしたらしいアルフレッド王子は、鼻で笑いながら隣にいる小柄な令嬢を抱き寄せた。
「ふん、今さら後悔しても遅い。僕の隣に相応しいのは、お前のような心まで冷徹な女ではない。この、花のように可憐で清らかなリリィだ!」
王子の腕に抱かれたリリィ男爵令嬢が、潤んだ瞳で私を見上げてくる。
「……ミュー様、ごめんなさい。わたくしたち、真実の愛で結ばれてしまったの。どうか、わたくしを恨まないで……」
恨む?
とんでもない。感謝状を贈りたいくらいだ。
「おい、ミュー。何か言い残すことはあるか? お前がリリィに対して行ってきた数々の嫌がらせ、すべて証拠は揃っているのだぞ!」
王子が勝ち誇った顔で、懐から巻物を取り出した。
「嫌がらせ……ですか?」
私はようやく声を絞り出した。感情を抑えるのに必死だったのだ。
笑い出しそうな口角を、扇で必死に隠しながら。
「しらばっくれるな! まずはこれだ。先月、中庭でリリィに対して『そんな汚いもの、今すぐ私の前から消して』と言い放っただろう!」
「ああ……あれは」
(リリィ様が持っていた、半分腐りかけの生ゴミ……じゃなくて、あれは彼女が手作りしたとかいう『独創的なお菓子』のことだったかしら)
「否定はさせんぞ! さらにこれだ! リリィが丹精込めて育てていた花壇を、お前は『目障りだ』と言ってすべてなぎ倒したそうではないか!」
「それは……」
(花壇じゃなくて、あそこに生えていたのは猛毒のトリカブトだったから、親切心で引っこ抜いて差し上げただけなんだけれど)
「黙れ! 極めつけは、昨日の晩餐会だ! リリィのメインディッシュを、お前は目を血走らせながら強引に奪い取って食べたそうだな! なんという卑劣な真似を!」
「……あれは、その」
(毒味よ。というか、彼女が『ダイエット中だからいらない』って言ったから、もったいないと思って頂いただけで……)
私の沈黙を「罪の認容」と受け取った周囲の貴族たちが、ヒソヒソと陰口を叩き始める。
「なんて恐ろしい……。食べ物まで奪うなんて、まさに悪役令嬢ね」
「あんなに鋭い目つきで見られたら、蛇に睨まれた蛙の気分だわ。リリィ様がかわいそう」
私の目は生まれつき少し吊り上がっているだけだし、血走っていたのは単に寝不足だったからだ。
だが、今はそんな誤解はどうでもいい。
「……アルフレッド殿下、確認ですが。その婚約破棄は、公式なものでよろしいですね?」
私はあえて、沈痛な面持ちを装って尋ねた。
「当然だ! 父上にもすでに話は通してある。お前のような毒婦を王家に迎えるわけにはいかん!」
「……そうですか。左様でございますか」
私は深々と頭を下げた。
そして、顔を上げた瞬間。
私は、我慢できずに満面の笑みを浮かべてしまった。
「――っっしゃあああああ! 自由だ! 完全フリーダムだわ!」
私は扇を放り投げ、天高く拳を突き上げた。
「……は?」
王子の口が、アホのようにポカンと開く。
「ありがとうございます殿下! こんな素敵なプレゼントをいただけるなんて思ってもみませんでした! あー、せいせいした! これで明日から早起きして、面白くもない歴史の講義を受けなくていいんですね!?」
「な、何を言って……」
「リリィ様も、本当にありがとうございます! こんなナルシストでマザコン気味な王子、どうぞ喜んで差し上げますわ! 末永く、泥沼のような……あ、失礼、お花畑のような生活を楽しんでくださいね!」
私は驚愕に固まる二人の横を、軽やかなステップで通り抜けた。
「あ、そうだ。最後に一つだけ」
私は足を止め、立食パーティーのテーブルに並んでいる巨大なローストビーフを指差した。
「これ、私が個人的に注文しておいた特注品なんですけど。婚約破棄されたお祝いに、丸ごといただいて帰りますね。もう王妃教育の食事制限も関係ありませんし!」
私は給仕からトレイをひったくると、肉の塊を抱えて出口へと走り出した。
「ま、待て! ミュー! まだ話は終わって――」
「お元気でー! 二度と会うことはないでしょうけど!」
王子の叫び声を背中で受け流し、私は夜会の会場を飛び出した。
夜風が冷たい。けれど、心はこれまでにないほど熱く燃えていた。
(さて、これからどうしようかしら? とりあえず実家に帰って、この肉を全部食べてから考えましょう!)
悪役令嬢として追放される? 地獄へ落ちろ?
望むところだ。
私の人生、ここからが最高のメインディッシュなんだから。
煌びやかなシャンデリアが輝く夜会の中心で、第一王子アルフレッドの声が響き渡った。
バイオリンの調べがピタリと止まり、着飾った貴族たちが一斉にこちらを振り返る。
(……え? 今、なんて言った?)
扇を手に立ち尽くす私は、思考をフル回転させた。
婚約破棄?
あの、毎日「王妃教育だ」「マナーがなっていない」と口うるさく説教され、大好きなステーキの脂身すら残すよう強要された、あの地獄のような契約が?
(終わるの? 今日で? 本当に?)
私の沈黙を、ショックによる絶望だと勘違いしたらしいアルフレッド王子は、鼻で笑いながら隣にいる小柄な令嬢を抱き寄せた。
「ふん、今さら後悔しても遅い。僕の隣に相応しいのは、お前のような心まで冷徹な女ではない。この、花のように可憐で清らかなリリィだ!」
王子の腕に抱かれたリリィ男爵令嬢が、潤んだ瞳で私を見上げてくる。
「……ミュー様、ごめんなさい。わたくしたち、真実の愛で結ばれてしまったの。どうか、わたくしを恨まないで……」
恨む?
とんでもない。感謝状を贈りたいくらいだ。
「おい、ミュー。何か言い残すことはあるか? お前がリリィに対して行ってきた数々の嫌がらせ、すべて証拠は揃っているのだぞ!」
王子が勝ち誇った顔で、懐から巻物を取り出した。
「嫌がらせ……ですか?」
私はようやく声を絞り出した。感情を抑えるのに必死だったのだ。
笑い出しそうな口角を、扇で必死に隠しながら。
「しらばっくれるな! まずはこれだ。先月、中庭でリリィに対して『そんな汚いもの、今すぐ私の前から消して』と言い放っただろう!」
「ああ……あれは」
(リリィ様が持っていた、半分腐りかけの生ゴミ……じゃなくて、あれは彼女が手作りしたとかいう『独創的なお菓子』のことだったかしら)
「否定はさせんぞ! さらにこれだ! リリィが丹精込めて育てていた花壇を、お前は『目障りだ』と言ってすべてなぎ倒したそうではないか!」
「それは……」
(花壇じゃなくて、あそこに生えていたのは猛毒のトリカブトだったから、親切心で引っこ抜いて差し上げただけなんだけれど)
「黙れ! 極めつけは、昨日の晩餐会だ! リリィのメインディッシュを、お前は目を血走らせながら強引に奪い取って食べたそうだな! なんという卑劣な真似を!」
「……あれは、その」
(毒味よ。というか、彼女が『ダイエット中だからいらない』って言ったから、もったいないと思って頂いただけで……)
私の沈黙を「罪の認容」と受け取った周囲の貴族たちが、ヒソヒソと陰口を叩き始める。
「なんて恐ろしい……。食べ物まで奪うなんて、まさに悪役令嬢ね」
「あんなに鋭い目つきで見られたら、蛇に睨まれた蛙の気分だわ。リリィ様がかわいそう」
私の目は生まれつき少し吊り上がっているだけだし、血走っていたのは単に寝不足だったからだ。
だが、今はそんな誤解はどうでもいい。
「……アルフレッド殿下、確認ですが。その婚約破棄は、公式なものでよろしいですね?」
私はあえて、沈痛な面持ちを装って尋ねた。
「当然だ! 父上にもすでに話は通してある。お前のような毒婦を王家に迎えるわけにはいかん!」
「……そうですか。左様でございますか」
私は深々と頭を下げた。
そして、顔を上げた瞬間。
私は、我慢できずに満面の笑みを浮かべてしまった。
「――っっしゃあああああ! 自由だ! 完全フリーダムだわ!」
私は扇を放り投げ、天高く拳を突き上げた。
「……は?」
王子の口が、アホのようにポカンと開く。
「ありがとうございます殿下! こんな素敵なプレゼントをいただけるなんて思ってもみませんでした! あー、せいせいした! これで明日から早起きして、面白くもない歴史の講義を受けなくていいんですね!?」
「な、何を言って……」
「リリィ様も、本当にありがとうございます! こんなナルシストでマザコン気味な王子、どうぞ喜んで差し上げますわ! 末永く、泥沼のような……あ、失礼、お花畑のような生活を楽しんでくださいね!」
私は驚愕に固まる二人の横を、軽やかなステップで通り抜けた。
「あ、そうだ。最後に一つだけ」
私は足を止め、立食パーティーのテーブルに並んでいる巨大なローストビーフを指差した。
「これ、私が個人的に注文しておいた特注品なんですけど。婚約破棄されたお祝いに、丸ごといただいて帰りますね。もう王妃教育の食事制限も関係ありませんし!」
私は給仕からトレイをひったくると、肉の塊を抱えて出口へと走り出した。
「ま、待て! ミュー! まだ話は終わって――」
「お元気でー! 二度と会うことはないでしょうけど!」
王子の叫び声を背中で受け流し、私は夜会の会場を飛び出した。
夜風が冷たい。けれど、心はこれまでにないほど熱く燃えていた。
(さて、これからどうしようかしら? とりあえず実家に帰って、この肉を全部食べてから考えましょう!)
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