断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

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王宮の夜会を飛び出し、馬車に揺られること数十分。

私は、膝の上に鎮座するトレイから、一切れのローストビーフを口に運んだ。

(……美味しい。やっぱりこの店の肉は、脂の乗り方が違うわ)

もぐもぐと咀嚼しながら、私は窓の外を眺める。

追放だの、不品行だの、殿下は随分と威勢よく叫んでいたけれど。

今の私には、この肉の柔らかさと、明日からアラームをかけずに寝られる自由の方が、一億倍価値がある。

やがて馬車が公爵家の屋敷に到着すると、玄関では父であるド・ラ・パン公爵が、血相を変えて待ち構えていた。

「ミュー! 一体何をやらかしたんだ! 今、王宮から使いの者が来て……って、お前、何を食べているんだ!?」

「あ、お父様。こんばんは。これ、夜会のローストビーフです。絶品ですよ、一切れいかがですか?」

「いらんわ! そんなことより、婚約破棄だ! アルフレッド殿下がお怒りだというではないか!」

父は頭を抱え、玄関ホールを右往左往し始めた。

「ええ、その通りです。たった今、円満に……いえ、一方的に破棄されました」

「笑い事ではないぞ! 我が家の名誉はどうなる! お前、ショックで頭がおかしくなったのか?」

父が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

まあ、普通はそう思うだろう。

婚約破棄された公爵令嬢が、肉の塊を持って鼻歌交じりに帰宅するなんて、前代未聞に違いない。

「お父様、安心してください。私はいたって正気です。むしろ、ここ数年で一番、視界がクリアですわ」

「クリアすぎて怖いんだよ! いいか、明日の朝には国王陛下から正式な沙汰が下るはずだ。お前は今日から、部屋で大人しく反省のポーズを取っていなさい」

「反省……。あ、じゃあ、お肉を食べながら反省してもいいですか?」

「肉はもういい! 捨てなさい!」

「ええっ!? そんな殺生な!」

私が肉を死守しようと抱え込むと、父は深いため息をついて書斎へと消えていった。

そして翌朝。

父の予言通り、王宮から豪華な装飾が施された封筒が届いた。

中身は、国王による「婚約解消の正式な承認」と「ミューに対する処罰」の内容だった。

父は震える手でその手紙を読み上げ、やがて絶望したようにソファに崩れ落ちた。

「……終わった。ミュー、お前は『王都からの追放』と『北の辺境地への永住』を命じられたぞ」

「北の辺境地? それって、もしかして……」

「ヴォルグ辺境伯が治める、あの死神の地だ。冬は雪に閉ざされ、魔物も出ると聞く。お前のような令嬢が行けば、三日も持たん……!」

父がハンカチで目頭を押さえる横で、私は自分の部屋から持ち出してきた地図を広げた。

(北の辺境……。あ、ここね。特産品は、大粒のホタテに、濃厚なカニ。それに、極上のジビエ肉!)

私は地図を指でなぞりながら、よだれが出そうになるのを必死に堪えた。

「なんてことだ。殿下もリリィ男爵令嬢も、そこまでお前を追い詰めたいのか……。ミュー、今からでも殿下に泣いて謝れば、あるいは……」

「お父様、お言葉ですが、私は今、猛烈に感動しております」

「……は?」

「泣いて謝るなんて、とんでもない! 国王陛下、なんて粋な計らいをしてくださるのかしら!」

私は立ち上がり、拳を握りしめた。

「北の地と言えば、天然の冷蔵庫! あそこなら、美味しい食材が腐る心配もありません。それに、殿下のナルシストな顔を拝まなくて済むなんて、まさにパラダイスではありませんか!」

「お前……本当に、大丈夫か?」

「大丈夫どころか、絶好調です。お父様、さっそく準備に取り掛かりますわ。追放は明日でしたっけ?」

「いや、一週間の猶予があるが……」

「一週間も! そんなに待てません! 今すぐ荷物をまとめて、明日の早朝には出発します!」

「待て待て! もう少し悲しめ! せめて、家を追い出される娘としての哀愁を見せろ!」

父の制止も聞かず、私は侍女たちを呼び寄せた。

「みんな! 私の華麗なる追放劇の始まりよ! まずは、このタンスの中にある窮屈なドレスを全部売り払いましょう! 代わりに、最高級の防寒着と、煮炊きができる丈夫な鍋を買い込んでちょうだい!」

「……お嬢様、本当にいいんですか? 王子の婚約者の座ですよ?」

侍女の一人が、不安そうに尋ねる。

「あんな座、ただの岩盤浴の岩より硬くて苦痛だったわ。これからは、自分の好きなものを食べて、好きな時間に起きるの。リリィ様には、『どうぞどうぞ、お幸せに!』って、お祝いのメッセージでも送っておいて」

「ミュー……お前というやつは……」

父が呆れ果てた顔で私を見ている。

だが、私は知っている。

ここで「可哀想な被害者」として王都に残れば、一生「婚約破棄された哀れな女」というレッテルを貼られて過ごすことになるのだ。

それなら、誰も自分を知らない遠い土地で、美味しいものを食べ尽くす方が、何万倍も健康的ではないか。

(待っててね、北の地! そして、死神とかいう辺境伯様!)

私は窓の外に広がる青空を見上げ、不敵な笑みを浮かべた。

(あなたの屋敷の冷蔵庫……じゃなくて、食料事情、私が美味しく改革して差し上げますわ!)

こうして、私の「幸せな追放生活」へのカウントダウンが始まった。
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