断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

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王都の空は、今日も抜けるような青空だった。


だが、第一王子アルフレッドの執務室に流れる空気は、それとは対照的にどんよりと重く沈んでいた。


「……おい、財務補佐官。この数字はどういうことだ? 昨年度の王宮維持費が、たった三ヶ月で底を突きかけているとは、何の冗談だ」


アルフレッドは、目の前に積まれた書類の山を指差し、不機嫌そうに声を荒らげた。


財務補佐官は、額に大量の汗を浮かべながら、震える手で眼鏡を直した。


「……そ、それが、殿下。リリィ様が新調された『聖女の慈愛ドレス』百着分の代金に加え、彼女が主催された『平和を願う真昼の晩餐会』の費用が……」


「リリィが? だが彼女は、慎ましさが美徳の清純な女性だろう? 多少の出費は必要経費ではないか」


「それが……その晩餐会では、隣国から取り寄せた最高級のクリスタルに、一つ金貨十枚もするイチゴを千個も使用されておりまして……。以前のミュー様であれば、こうした予算の無駄は、鋭い目付きで……いえ、的確な指摘ですべて却下されていたのですが」


アルフレッドの手が、ピタリと止まった。


「……ミューが?」


「はい。ミュー様は、殿下が判を押そうとする書類の隅々まで目を光らせ、『このイチゴに金を払うくらいなら、私は自分で畑を耕しますわ』と仰って、業者の不正を暴き、経費を半分に削っておられました」


アルフレッドは、かつての婚約者が眉間に皺を寄せて計算書を睨んでいた姿を思い出した。


当時はそれを「守銭奴で可愛げのない女だ」と吐き捨てていたが、いざ彼女がいなくなってみると、自分の財布にどれほど巨大な穴が開いていたのかを痛感せざるを得ない。


そこへ、扉が勢いよく開かれ、リリィがひらひらとしたフリルに包まれて入ってきた。


「アルフレッド様ぁ! 大変なんですぅ! 昨日のパーティーで、わたくしの肌が少し荒れてしまったんです。これはきっと、お部屋の加湿に使う魔法石のランクが低いせいですわ!」


リリィは潤んだ瞳でアルフレッドに縋り付いた。


「リリィ、今は少し仕事が……。それに魔法石なら、最高級のものを使っているはずだろう?」


「嫌ですわ、あれは昨年の流行品ですもの! 今は『光の妖精が宿る魔法石』でないと、わたくしの繊細な肌は守れませんわ。ねえ、今すぐ買い換えてくださるわね?」


「……光の……なんだって? それ、一つで小さな家が建つほどの値段ではなかったか?」


「あらぁ、アルフレッド様。わたくしの美しさは、国民の希望でしょう? 希望を維持するのに、お金を渋るなんて……ミュー様みたいなことを仰るのね」


「ミュー様」という名が出た瞬間、アルフレッドの眉がピクリと跳ねた。


「……。分かった、検討しておこう」


「検討じゃなくて、即断ですわ! さあ、ここにサインを!」


強引に書類を差し出され、アルフレッドは溜息をつきながらペンを走らせた。


リリィが満足げに部屋を去った後、今度は内政官が青い顔をして飛び込んできた。


「殿下! 街道の整備計画が完全にストップしております! ミュー様が現地の方々と取り決めていた『工事車両の通行許可』が、彼女の追放と共に白紙撤回されました!」


「なんだと? そんなもの、代わりの者を立てれば済むだろう!」


「それが、ミュー様は自ら工事現場の炊き出しに参加し、『私の肉を食べたければ、期限内に道を完成させなさい!』と現場を掌握されていたそうで……。彼女がいなくなった途端、労働者たちの士気がガタ落ちでございます!」


アルフレッドは、椅子に深く背をもたれさせた。


(……なぜだ。あの女がいなくなれば、王宮はもっと清らかで、美しく、平和な場所になるはずではなかったのか)


現実はどうだ。


予算は底を突き、事務仕事は滞り、領民たちの不満は高まるばかり。


何より、リリィの「清純」な言動が、最近はただの「無計画な我が儘」にしか聞こえなくなってきている。


「……。北の地はどうなっている。ミューの様子は」


「はっ。報告によりますと……。雪に閉ざされた辺境で、毎日泣き叫んでいるとのことです」


「そうか……。まあ、当然だろうな。あんな何もない土地で、彼女の傲慢さが通用するはずもない」


アルフレッドは、少しだけ溜飲が下がる思いがした。


だが、彼が受け取っているその「報告」は、ミューの機転で買収された伝令が、適当に書いた偽造文書であることに、彼はまだ気づいていなかった。


「ふん、自業自得だ。僕は選ばれし王子。リリィという最高の花嫁と共に、この難局を乗り越えてみせるさ」


アルフレッドは自分に言い聞かせるように呟き、再び膨大な書類の山に向き合った。


その山は、昨日よりもさらに高くなっているように見えた。


「……。なあ、この計算、誰か代わりにやってくれないか?」


返ってくるのは、沈黙と、財務補佐官の力ない溜息だけだった。


王宮の華やかな日常の裏で、着実に崩壊の足音が近づいていることに、王子はまだ、気づくことができない。
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