断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

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「いいですか、ヴォルグ様。今日は温泉建設に協力してくれている領民たちへの『陣中見舞い』ですわ。練習した通りの『慈愛に満ちた表情』、忘れないでくださいね?」

私は領主館の馬車を降りる直前、隣に座るヴォルグ様に念を押した。

「……分かっている。筋肉を緩め、目尻を下げる。そして、腹の底から優しく声をかける、だったな」

ヴォルグ様は、処刑台に向かう騎士のような悲壮な決意を固めて頷いた。

馬車の扉が開くと、そこには極寒の中、温泉の配管作業を行っていた屈強な領民たちが集まっていた。

「お、おい、辺境伯様がいらっしゃったぞ……」

「なんだ? 今日はいつにも増して、空気がピリついてねえか?」

領民たちが緊張で身を硬くする中、ヴォルグ様が一歩前に踏み出した。

(さあ、ヴォルグ様! いまこそ特訓の成果を!)

私は背後から、グッと親指を立てて合図を送った。

ヴォルグ様は深く息を吸い込み、顔中の筋肉を激しく震わせながら……口角を横に引き絞った。

「――お前たち、ご苦労。……お湯加減は、どうだ?」

沈黙。

領民たちの顔から、一気に血の気が引いていくのが分かった。

「……ひ、ひぃっ!!」

「ご、ごめんなさい! 工期は遅れてません! 命だけは、命だけは助けてください!」

一人の若い作業員が、地面に這いつくばってガタガタと震え出した。

「なっ……!? なぜだ、ミュー! 私は教えられた通り、最大限の親愛を込めて笑ったぞ!」

ヴォルグ様が焦って私を振り返る。

「……ヴォルグ様。今の笑顔、鏡で見てませんでしたわね? 笑顔というより、『これから貴様の一族を根絶やしにするが、最後に言い残すことはあるか?』という暗黒騎士の宣告にしか見えませんでしたわ」

「そんなバカな……。これでも必死に、殺気を抑えたというのに」

「抑えきれてません! むしろ凝縮されて、指向性のある破壊兵器になってますわ!」

私は額を押さえて溜息をついた。やはり、数日の特訓で「死神」の呪縛を解くのは無理があったらしい。

だが、ここで引き下がる私ではない。

「皆様、落ち着いてください! 辺境伯様は今、『皆が冷たい水で作業をして、風邪を引かないか心配でたまらない』という慈悲の心を表現されたのですわ!」

私が大声でフォローを入れると、這いつくばっていた作業員が恐る恐る顔を上げた。

「……え? 心配……? 辺境伯様が、俺たちを?」

「そうよ! ほら、見てください、あの震える唇を! 皆を想うあまり、感極まって言葉に詰まっていらっしゃるのよ!」

実際は顔の筋肉の痙攣なのだが、私は強引に押し通した。

「さらに! ヴォルグ様は皆様のために、特製の『身体が燃え上がる激辛ポタージュ』を自ら運んでこられたのです!」

私はアンナに合図を送り、馬車から巨大な寸胴鍋を降ろさせた。

「……俺が、運んできたことになっているのか?」

ヴォルグ様が小声で尋ねる。

「設定が大事なんですわ! さあ、ヴォルグ様、無言でいいですから、その太い腕で皆の器にスープを注いで回ってください! 『不器用な主君』を演じるんです!」

ヴォルグ様は困惑しながらも、大きな柄杓を手に取り、領民一人一人の器に赤々としたスープを注ぎ始めた。

相変わらず顔は険しく、眼光は鋭い。だが、その大きな手が、こぼさないように丁寧にスープを注ぐ様子を、領民たちは息を呑んで見守っていた。

「……ほら、食え。冷めるぞ(残したら承知せんぞ)」

ヴォルグ様の低い声が響く。

「……あ、ありがてえ。いただきます……。……っ!! 旨い!! なんだこれ、腹の底から熱くなってくるぞ!」

「本当だ! 指先の感覚が戻ってきた! 辺境伯様、こんなに旨いものを……」

領民たちの間に、温かな空気が広がり始めた。

「……ふん。……当然だ、ミューが作ったものだからな(もっと感謝して味わえ)」

ヴォルグ様が、不器用に視線を逸らす。

その耳が、ほんのりと赤くなっているのを、最前列の老人たちが見逃さなかった。

「……おい。今の、見たか? 辺境伯様、照れていらっしゃるんじゃねえか?」

「……本当だ。なんだ、死神様って噂だったが、案外お可愛いところがあるじゃねえか」

ざわざわ、と領民たちの間で「死神」の評価が塗り替えられていく。

「見ましたか、ヴォルグ様! これがギャップ萌えの力ですわ!」

私が駆け寄ると、ヴォルグ様は柄杓を握りしめたまま、深く溜息をついた。

「……疲れた。戦争に行くより、筋肉を使う。……だが、悪くない気分だ。スープを飲み干すあいつらの顔は」

「ふふ、でしょ? 美味しいものは、恐怖すら上書きするんですわ」

結局、ヴォルグ様の笑顔は「凶悪な威圧」のままだったが、領民たちはそれを「辺境伯様流の、照れ隠しの愛情表現」として解釈し始めた。

こうして、北の地に新たな伝説が生まれた。

『辺境伯様が笑ったら、それは激旨スープの合図である。ただし、絶対に目を合わせてはいけない。魂を抜かれるから』

「……。ミュー、伝説の内容が少しおかしくないか?」

「いいんですわ。有名税だと思って諦めてください!」

雪降る温泉街の予定地で、私たちは温かなスープの煙に包まれながら、共に笑った。
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