断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

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温泉の掘削作業が順調に進み、城の裏手には立派な石造りの浴槽が姿を現し始めていた。


私は現場の指揮を執りながら、湯上がりに提供する「キンキンに冷えた果実水」の試作に勤しんでいたのだが。


ふと見ると、工事の様子を遠巻きに眺めていたヴォルグ様が、これまでにないほど深い溜息をついた。


「……はぁ。やはり、無駄なことかもしれん」


「あら、ヴォルグ様。珍しく弱気じゃありませんか。もしかして、ステーキの焼き加減が気に入らなかった?」


私が小走りで駆け寄ると、彼は鋭い眼光をさらに曇らせて、自身の大きな手を見つめた。


「……いや、飯は最高だ。だが、温泉が完成したところで、この地を訪れる者などいないだろう。俺がいる限りな」


「どういうことです? こんなに素晴らしいお湯があるんですもの、みんな喜んで入りに来ますわよ」


「ミュー、貴様は感覚が麻痺しているんだ。俺は『死神』だぞ? 領民ですら、俺が街を歩けば道を開け、子供は母親の背後に隠れる。そんな男が管理する風呂に、誰が裸を晒しに来るというんだ」


ヴォルグ様は自嘲気味に笑った。その顔は、寂しげというよりは、指名手配犯が自首を諦めた時のような凄絶な迫力があった。


「なるほど。つまりヴォルグ様は、ご自身の『顔が怖すぎる問題』を真剣に悩んでいらっしゃるのね?」


「……直球すぎて、逆に清々しいな」


「いいですか、ヴォルグ様。恐怖と敬意は紙一重ですわ。今のあなたは、ただの『近寄りがたい強面』。これを『頼りがいのある守護神』に変換すればいいだけのことですわ!」


「簡単に言うな。俺だって、努力はしたんだ。市場で子供に笑いかけようとしたこともある」


「それで、どうなったんですか?」


「……誘拐犯だと思われて、守備隊が飛んできた」


「ぶっ! ……あ、失礼、吹き出しちゃった。でも大丈夫ですわ、ヴォルグ様。私にお任せください。プロの悪役令嬢として、イメージ戦略のいろはを叩き込んで差し上げます!」


私はヴォルグ様の手を引き、近くの大きな鏡の前まで連行した。


「さあ、まずは基本の『営業スマイル』の練習ですわ。口角を上げて、目は優しく細める。はい、やってみて!」


「……こうか?」


ヴォルグ様が、顔中の筋肉を震わせながら、ぎこちなく唇を吊り上げた。


「…………」


「…………どうだ?」


「……ヴォルグ様。正直に言ってもいいかしら?」


「ああ」


「今すぐその顔をしまってください。今この瞬間、私が暗殺されるのかと思って心臓が止まるかと思いましたわ。それは笑顔じゃなくて『獲物を仕留める直前の肉食獣の歓喜』です」


「……やはり無理ではないか。俺の顔は、呪われているんだ」


ヴォルグ様がガックリと肩を落とし、鏡の前で膝をついた。


「諦めるのは早いですわ! 笑顔がダメなら、別のルートがあります。ヴォルグ様、あなたは無理に笑わなくていいんです。むしろ、その『威圧感』を正しく活用するのよ!」


「威圧感を活用……? 一体どうやって」


「ギャップ萌え、ですわ!」


「ぎゃっぷもえ?」


「そう! 死神のように怖い男が、実は誰よりも領民の健康を気遣い、温泉の温度調整に一喜一憂している……。そんな姿を見せるんです。あと、甘いものが好きっていう設定も付け加えましょうか。ギャップの定番ですもの」


「……事実だ。俺は、貴様が作るあのベリーのタルトが、実は楽しみで仕方がない」


ヴォルグ様がボソリと呟き、耳の裏を赤くした。


(……あら。何この死神様、意外と可愛いところがあるじゃない)


「決まりましたわ! ヴォルグ様、これからは『不器用だけど情に厚い、北の頑固親父』路線で行きましょう。私があなたの広報担当になって、温泉とあなたの魅力をセットで売り込んで差し上げます!」


「……。貴様に任せて、本当に大丈夫なのか? さらに『死神』の二つ名が『魔王』に格上げされる予感しかしないのだが」


「失礼ね! 私を誰だと思っているんですか? 王都で一番の『嫌われ者』だった私ですよ? 悪評をどう扱うかなんて、お茶の子さいさいですわ!」


私は高らかに笑い、ヴォルグ様の背中をバンバンと力強く叩いた。


ヴォルグ様は、私の勢いに押されながらも、どこか吹っ切れたような、それでいて非常に不安そうな顔で、立ち上る温泉の煙を見つめていた。


「さあ、特訓開始よ! まずは、威圧感を出しながら『お湯加減はどうだ?』と優しく聞く練習から始めましょう!」


「……『お湯加減はどうだ(貴様の命の期限を聞いている)』……こうか?」


「全然違いますわよ! やり直し!」


北の地の寒い空気に、私のダメ出しとヴォルグ様の低い声が、夜遅くまで響き続けていた。
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