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王都の空気は、今日も今日とて虚飾に満ちていた。
豪華絢爛な王宮の一角で、アルフレッド王子はリリィの手を引きながら、優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいる。
「ふふ、アルフレッド様。北の地からはもう、ミュー様に関する報告は届いているのかしら?」
リリィがわざとらしく、小首を傾げて尋ねる。
「ああ。便りがないのが、何よりの苦しみの証拠だろう。今頃は凍える風に吹かれながら、硬いパンの欠片を啜って泣いているに違いない」
「まあ、お可哀想に……。でも、あれほど傲慢だったのですもの。少しは身の程を知る良い機会かもしれませんわね」
二人は顔を見合わせ、満足げに笑い声を上げた。王都の人々の間でも「ミュー・ド・ラ・パンは、死神の地で地獄を見ている」というのが共通の認識となっていた。
――一方、その頃。北の最果て、ヴォルグ辺境伯領。
「そこよ! もっと右を掘って! 土の色が変わってきたわ、絶対にこの下に『お宝』が眠っているはずよ!」
私は、氷点下の屋外であるにもかかわらず、防寒着の袖を捲り上げて叫んでいた。
手には、騎士から借りた頑丈なシャベル。私の背後には、これまた「拠点防衛の訓練だ」と言い含められた屈強な騎士たちが、必死に地面を掘り返している。
「お、お嬢様……。本当にこんなところに『お宝』なんてあるんですか? 私、寒さで鼻水がダイヤモンドになりそうです……」
アンナが毛布にくるまり、震えながらスコップを動かしている。
「アンナ、甘いわよ。鼻水が凍るくらいの寒さだからこそ、価値があるんじゃない。見て、あそこ! うっすらと湯気が立ち上っているでしょう?」
「湯気? ……あ、本当だ。でも、雪の下から湯気なんて、火事でも起きているんじゃ……」
「違うわ、これは火の属性を持つ大地の息吹……つまり、温泉よ!」
私が確信を持ってシャベルを突き立てた瞬間。
ドシュッ!!
鈍い音と共に、地面から熱い水飛沫が勢いよく噴き出した。
「うわっ!? 熱っ、熱いですよこれ!」
「やったわ! ビンゴよ! 見てアンナ、この硫黄の香り! 少し泥が混じっているけれど、これは間違いなく極上の温泉だわ!」
私は噴き出すお湯を素手で掬い、その温度を確かめて歓喜の声を上げた。
そこへ、またしても騒ぎを聞きつけたヴォルグ様が、愛馬を駆って現れた。
「ミュー! 貴様、今度は領地の地面を破壊しているのか!? 何だ、この水の柱は!」
「ヴォルグ様、絶好のタイミングですわ! 見てください、これ! あなたの領地には、地獄の業火ではなく、天国の恵みが眠っていたんです!」
「……温かい水? いや、熱いな。これがどうしたというんだ。作物が育つわけでもあるまい」
ヴォルグ様は不思議そうに、噴き出すお湯を眺めている。
「作物が育たなくても、人間が育ちます! いいですかヴォルグ様、この極寒の地で、雪景色を眺めながら熱いお湯に浸かる……。これがどれほど贅沢で、どれほど心身を癒すか分かりますか!?」
「お湯に……浸かる? そんな習慣、この辺境にはない。体は布で拭けば十分だ」
「だからこの地の男たちは、みんな肌がカサカサして、性格までトゲトゲしているんですわ! ヴォルグ様、すぐに工事の許可をください。ここを石で囲って、屋根を半分だけつけた『露天風呂』にするんです!」
「ろてんぶろ……?」
ヴォルグ様は聞き慣れない単語に首を傾げたが、私のあまりの熱量に、いつものように毒気を抜かれた顔になった。
「……。好きにしろ。だが、工事に兵を使うのはほどほどにしろよ」
「ありがとうございます! さあ、騎士様たち! ここを掘り下げて、大きな浴槽を作るわよ! 完成したら、一番風呂と最高級の『風呂上がりステーキ』を約束するわ!」
「おおおっ!! やるぞ、野郎ども!!」
現金な騎士たちは、ステーキの言葉に反応して、先ほどまでの倍の速度で穴を掘り始めた。
「ねえ、アンナ。王都の連中は、ここを『地獄』だと思っているみたいだけど、大間違いね」
私は、熱い源泉で温まった手を頬に当て、満足げに微笑んだ。
「美味しい食材があって、天然の冷蔵庫があって、さらに最高のスパイスと温泉まで見つかった。ここは地獄どころか、世界で一番贅沢な『避暑地』……いえ、『避寒地』だわ!」
空からは相変わらず雪が降り続いていたが、私の心と、掘り起こされた大地は、春よりも熱く燃え上がっていた。
「さあ、お風呂が完成したら、次は湯治客をターゲットにした新しい名物料理を考えなくちゃ! ヴォルグ様、あなたも楽しみにしていてくださいね!」
「……。俺は、貴様がこれ以上何を掘り当てるのかの方が怖いわ」
ヴォルグ様は呆れたように呟いたが、その口元は、微かに綻んでいた。
豪華絢爛な王宮の一角で、アルフレッド王子はリリィの手を引きながら、優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいる。
「ふふ、アルフレッド様。北の地からはもう、ミュー様に関する報告は届いているのかしら?」
リリィがわざとらしく、小首を傾げて尋ねる。
「ああ。便りがないのが、何よりの苦しみの証拠だろう。今頃は凍える風に吹かれながら、硬いパンの欠片を啜って泣いているに違いない」
「まあ、お可哀想に……。でも、あれほど傲慢だったのですもの。少しは身の程を知る良い機会かもしれませんわね」
二人は顔を見合わせ、満足げに笑い声を上げた。王都の人々の間でも「ミュー・ド・ラ・パンは、死神の地で地獄を見ている」というのが共通の認識となっていた。
――一方、その頃。北の最果て、ヴォルグ辺境伯領。
「そこよ! もっと右を掘って! 土の色が変わってきたわ、絶対にこの下に『お宝』が眠っているはずよ!」
私は、氷点下の屋外であるにもかかわらず、防寒着の袖を捲り上げて叫んでいた。
手には、騎士から借りた頑丈なシャベル。私の背後には、これまた「拠点防衛の訓練だ」と言い含められた屈強な騎士たちが、必死に地面を掘り返している。
「お、お嬢様……。本当にこんなところに『お宝』なんてあるんですか? 私、寒さで鼻水がダイヤモンドになりそうです……」
アンナが毛布にくるまり、震えながらスコップを動かしている。
「アンナ、甘いわよ。鼻水が凍るくらいの寒さだからこそ、価値があるんじゃない。見て、あそこ! うっすらと湯気が立ち上っているでしょう?」
「湯気? ……あ、本当だ。でも、雪の下から湯気なんて、火事でも起きているんじゃ……」
「違うわ、これは火の属性を持つ大地の息吹……つまり、温泉よ!」
私が確信を持ってシャベルを突き立てた瞬間。
ドシュッ!!
鈍い音と共に、地面から熱い水飛沫が勢いよく噴き出した。
「うわっ!? 熱っ、熱いですよこれ!」
「やったわ! ビンゴよ! 見てアンナ、この硫黄の香り! 少し泥が混じっているけれど、これは間違いなく極上の温泉だわ!」
私は噴き出すお湯を素手で掬い、その温度を確かめて歓喜の声を上げた。
そこへ、またしても騒ぎを聞きつけたヴォルグ様が、愛馬を駆って現れた。
「ミュー! 貴様、今度は領地の地面を破壊しているのか!? 何だ、この水の柱は!」
「ヴォルグ様、絶好のタイミングですわ! 見てください、これ! あなたの領地には、地獄の業火ではなく、天国の恵みが眠っていたんです!」
「……温かい水? いや、熱いな。これがどうしたというんだ。作物が育つわけでもあるまい」
ヴォルグ様は不思議そうに、噴き出すお湯を眺めている。
「作物が育たなくても、人間が育ちます! いいですかヴォルグ様、この極寒の地で、雪景色を眺めながら熱いお湯に浸かる……。これがどれほど贅沢で、どれほど心身を癒すか分かりますか!?」
「お湯に……浸かる? そんな習慣、この辺境にはない。体は布で拭けば十分だ」
「だからこの地の男たちは、みんな肌がカサカサして、性格までトゲトゲしているんですわ! ヴォルグ様、すぐに工事の許可をください。ここを石で囲って、屋根を半分だけつけた『露天風呂』にするんです!」
「ろてんぶろ……?」
ヴォルグ様は聞き慣れない単語に首を傾げたが、私のあまりの熱量に、いつものように毒気を抜かれた顔になった。
「……。好きにしろ。だが、工事に兵を使うのはほどほどにしろよ」
「ありがとうございます! さあ、騎士様たち! ここを掘り下げて、大きな浴槽を作るわよ! 完成したら、一番風呂と最高級の『風呂上がりステーキ』を約束するわ!」
「おおおっ!! やるぞ、野郎ども!!」
現金な騎士たちは、ステーキの言葉に反応して、先ほどまでの倍の速度で穴を掘り始めた。
「ねえ、アンナ。王都の連中は、ここを『地獄』だと思っているみたいだけど、大間違いね」
私は、熱い源泉で温まった手を頬に当て、満足げに微笑んだ。
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空からは相変わらず雪が降り続いていたが、私の心と、掘り起こされた大地は、春よりも熱く燃え上がっていた。
「さあ、お風呂が完成したら、次は湯治客をターゲットにした新しい名物料理を考えなくちゃ! ヴォルグ様、あなたも楽しみにしていてくださいね!」
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